145話 会議
「彼はまだ見つからないのかい? セキ」
「何をにやにやと。まるで捕まってほしくないみたいな言い草だな。グラゼル」
ウォーロット王国の大きな部屋の一角で『神殺し』ナンバー2の男、グラゼル・シルバーと第一部隊隊長のセキ・ディアーノがそんな言葉を交わす。
部屋の中には第一から第十までの隊長たちが大きな丸い机を囲むように座っている。
そして珍しく『神殺し』の面々も全員が揃っていた。
「もちろん。彼は僕の一番弟子だからね」
「冗談じゃない。私の妹が関わってるんだ。後、私はお前の年上だ」
「へ~。君は妹に興味ないと思ってたけどね」
「……出来が悪いからディアーノ家の名を汚さないか心配なだけだ」
「あぁ? オルカが出来悪い訳ねえだろ? 何ならお前よりも出来良いぜ?」
「だから私はお前の年上だと言っているだろう? リュウゼン」
隣で言い争いを続けている中で、ウォーロットの英雄であるステラはというとオルカの事とは全く別の事を考えていた。
もちろん、オリベルの事である。彼女の頭の中では常にオリベルの目撃情報がぐるぐると回り続けている。
それはもう仕事を投げ出してでも見つけに行きたい気持ちが十二分にある。
しかし、それを許してくれないのが『ウォーロットの英雄』としての宿命なのである。
彼女は国民、ないしは大陸中からの期待を背負う責任がある。英雄とはそれほどまでに今の人類の希望なのだから。
「静粛に」
そんな言葉と共に部屋に集まっていたすべてのウォーロットの騎士達が立ち上がり、首を垂れる。
部屋に入ってきたのは国王、ウェルネス軍務大臣、そしてオーディ王太子の三名であった。
先程まで何やら話していたらしく、一人を除き顔をしかめている。
「おもてを上げよ」
そうして全員が揃ったところで会議が始まる。
議題は『クラーク獣王国の王都陥落』についてである。
「……少し前にはなるがクラーク獣王国では鬼神が暴れ、オーディ王太子と第二部隊が鎮めてくれた。だがその元凶である鬼神と破壊神と名乗る存在は未だ行方不明であるとのこと」
「よろしいでしょうか?」
「うむ。セキ隊長に発言を許可する」
「感謝申し上げます。クラーク獣王国では鬼神と破壊神の話もございましたが、それと同時にあの不死神の適合者も居たと聞き及んでおります。その後の動向などは分かっているのでしょうか?」
「ふむ。其方は妙にその事ばかり気にしておるな」
「はい。妹が一緒に……」
「セキよ」
セキが言葉を続けようとした瞬間、ウェルネスから制止の声が入る。
オルカの事情は隠蔽されている。誰の目から見てもオリベルと共に居ることは明らかなのだが、それを事実とさせないのが軍務大臣の権力もといディアーノ家の影響力なのだ。
「……申し訳ありません。失言でした」
「いや構わぬ。確かに今回の一件にオリベル達の姿もあったと第二部隊から聞き及んでいる。だが、其方も知っての通りウォーロット側は全員王都陥落という大事件の後始末に気を取られていた。故に彼らのその後の足取りは残念ながらまったく掴めておらぬ状況だな」
「では今度こそ私ども第一部隊にお任せください」
セキの進言に今度は王ではなくウェルネスが反応する。
「セキ隊長。確かに最初は君達第一部隊に奴等を捕縛する役目を任せた。だがどうだ? その結果、君達では捕縛するどころか足取りも追えなかったから他の部隊に任せたではないか。君達には偵察は向かない。ならば魔獣との領地争いに集中すべきではないかね?」
「ですが以前、第三部隊の報告では少なくとも第一部隊以上の実力がなければ彼らの捕縛は不可能であると聞いております。いくら偵察が得意であろうと捕縛する実力がないのでは意味がないのではないでしょうか?」
「だからといって君達第一部隊を送る必要はない」
「他に適任がいると?」
「むろん。そうですよね? 陛下」
そう言ってウェルネスは国王の方へ視線を移す。
国王はその視線の意図をすぐさま理解する。つまり、『神殺し』をオリベル達の捕縛に向かわせろというのであろう。
ウェルネスがこのことにひどく固執しているのは何も国を思っての事ではない。
ディアーノ家の顔に泥を塗った存在を早い内に隠蔽したいのである。
「神殺しを向かわせるのは過剰ではないか?」
「過剰ではないと思います。相手はあの不死神の力を持っているのですよ? いつ暴走してどこかの国を亡ぼすか分かりません。奴らの危険度はそこらの罪人程度ではなくもはや神なのですよ」
神を殺すのであれば神殺しが適任だ、と言わんばかりの口調で国王に迫る。
しかしそう言われても国王は酷く困っていた。何故ならばオリベル達を指名手配することに反対している者が神殺しの中に複数名居るため、そのような命令が通るはずもないからである。
現に会議に出席しているグラゼルとステラは酷く機嫌を損ねたかのような表情を浮かべている。
そんな時であった。
一人の男がスッと手をあげる。
「私が向かいましょうか?」
そう進言したのは神殺しナンバー5のゼラス・ファインガードである。
以前オリベルが騎士団から逃げ出そうとした時、神殺しの中で唯一それを許さなかった男である。
茶色い髪に長身の男。その神経質そうな眼差しが眼鏡の奥から伝わってくる。
王国最強の盾と称されるその男はまさに生ける伝説。
ナンバー5と言えど油断はできない。神殺しという名を冠するだけでその力は人智を超えているのだから。
神殺しとそれ以外ではそれほどまでに歴然とした差が存在した。
「おお! 向かってくれるか! ゼラスよ!」
「陛下のご命令であれば。生死は問いますか?」
「そりゃ問うに決まっとる。絶対に殺してはならぬ」
そもそも王は指名手配自体にそこまで納得はしていない。
立場的にそうしなければならないという理由だけが彼の行動要因なのである。
「であればソフィリアも連れていきたいのですがよろしいでしょうか?」
「ちょっと待ってよ! 何で勝手に決められてんの! 行くわけないでしょ! ステラ様に嫌われちゃうし」
「……先の戦いの失態は誰に助けられたのでしたっけ?」
「そ、それは助け合いでしょ!」
「そうですよゼラスさん。それをこの場で持ち出すのは私が許しません。同じ騎士団員なのですから助け合って当然です」
ゼラスのあんまりな物言いにステラが釘を刺す。
「申し訳ありません。ステラ様。仰る通りでございました」
「分かるなら良いです。それとこの話については私からも言いたいことがございます」
そうしてステラは凛とした顔でこう告げる。
「『神殺し』がオリベル達を追うのは私が許しません。これはウォーロットの英雄として、そしてウォーロット騎士団の団長としての意見です」
ステラのその発言は誰が聞いても危うく感じる事だろう。
もしも国王がそのような強気な発言をしてしまえば、どこかで罅が生じ得るようなほどに。
世界で唯一神に対抗できるウォーロットの英雄だからこそできる発言である。
彼女の機嫌を損ない、手放してしまえばウォーロット王国は対外的に強気の姿勢をとれなくなり、地位も危うくなることだろう。
「失礼ですがステラ殿。それは英雄ともあろう方が罪人を見逃す、という事でしょうか?」
「私はオリベル達を罪人として認めてませんよ、ウェルネス殿」
「あなたが認めていなかろうが彼の存在は非常に危ういのです。もしも不死神の力が暴走してしまったらどうするのですか? それもウォーロット王国で封印されていたものとなれば他国に対して我々が責任を取らなければならなくなる可能性があります。一刻も早く我らの監視下に置く必要があると思いますが?」
「まだ暴走すると決まったわけではありません」
「暴走しないとも決まっておりません」
互いの視線が交差する。最早話が通じる相手などではないという事は双方ともに理解しているだろう。
それでもステラには譲れないところがある。ここで退く筈などないのである。
英雄と軍務大臣の対立。軍のトップと騎士団のトップの対立構造は出席者達へ凄まじい緊張感を与える。
そんな中、一人だけ楽し気にその戦況を見守っている者が居た。オーディである。
「お二方とも、ちょっと良いか?」
そうして国王ですらタジタジになっているそんな状況でオーディは余裕綽々に手をあげる。
それもこの場にはあまり相応しくない砕けた口調で話すのだから、より一層周囲の緊張を高める。
「まずステラ。ウェルネス殿が言うように私情を持ち込みすぎだ。あくまで神殺しの指揮系統のトップは父上だ。お前の動向はともかく神殺しの動向までお前が決定するのは無茶だぜ?」
「……」
オーディの言葉に少し気まずそうに視線を逸らすステラ。彼女も少し出過ぎた真似をしてしまったと思ったのだろう。
それは友を想うためであるため責めることはできないが。
「それとウェルネス殿。いくら何でもオリベル達に固執しすぎだ。隠蔽したいこともあるんだろうが、それはそれでアンタも私情を持ち込みすぎだな。ウォーロットは魔獣との戦いにおいて重要な役割を担っている。それに今後始める例の話もあるだろ? そろそろ貴重な戦力を魔獣以外に向けるのは止めてほしい」
「ではオーディ殿下もこの一件は見逃すという方針なのでしょうか?」
「いや、別にそうとも言ってねえよ。ただ構ってられない状況だっていう話をしている。ウォーロットの騎士団の敵はあくまで魔獣だ。罪人に対してはそっち専門の奴らを使えって話をしている。元軍務副大臣が使ったような、な」
「……何を仰っているのか分かりかねますね」
オーディの提案はいわば犯罪行為に等しい。
それをあたかもそのルートを知っているだろうという口振りにウェルネスは一瞬だけ眉を顰めるが、それもすぐ元に戻りそう返す。
「まあ、どんな手を使うにしろこれからオリベルの一件は軍部に一任し、騎士団は魔獣との戦いに専念すべきだ。父上、それでよろしいですか?」
「ああ。お前の決定なら私も異議はない」
その言葉を聞いてオーディは心の中でほくそ笑むこととなる。
神殺しさえオリベルのもとへ派遣されなければ、後はオーディがオリベルへと提案した計画を実行してくれさえすれば思い描く通りのシナリオが出来あがるからであった。
かくして様々な企みが行きかいながらその会議は終結するのであった。
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