144話 処刑執行
クラーク獣王国の王都が1日にして滅んだ。
その報せは国を超え、大河を超え、大陸中に伝わっていった。
そしてそれが遠い昔に現れた伝説の存在である鬼神によって引き起こされたとあれば、より多くの人々の関心を惹きつける事となった。
「……とまあ、そういう経緯で鬼神の責任は全てあの獣人に負わされる事になったみたいだ」
「そうですか」
オーディが新聞を読みながらそうオリベルに伝える。
オリベルはというとそれに対してあまり興味を持っていないかのように頷くと、まだ痛む体に鞭を打ってベッドから起き上がる。
幸いにもオーディ達の計らいによってここ数日は久しぶりに良質な宿屋に泊まる事ができていたようである。
それでもまだ旅を始めるには早い。
だというのにオリベルはそそくさと町を出る準備を始める。
「もう行くのか?」
「はい。あまり一つの所に長居するのは良くありませんので」
部屋の中にいるのはオリベルとオーディだけ。
オリベルがもう町から出ると聞いたオーディは真っ先にオーディの部屋へ向かい、とある事を伝えていた。
「例の件は考えてくれるか?」
「……僕に出来るのかは分かりませんが、それがステラの助けになるのならやれる事はやります」
「お前ならできる。任せたぞ。俺はこっちでやることをやっておくからな」
とんとオーディがオリベルの肩を叩く。
それをオリベルも柔らかい表情で応対する。騎士の時とは違い、畏まることもない。
まるで対等であるかのような関係が彼らの間にはあった。
「あー、ちなみに例の獣人はあと数十分後くらいに広場で処刑されるらしい」
「何ですかいきなり」
「いや別に? あ、それとここから出るとこにいる奴等は俺の知り合いだ。俺の頼み事をしっかり伝えてあるから、多分助けになるはずだ。特異な出自の奴もいるみたいだしな」
この人はどれだけ未来が見えているのだとオリベルは嘆息する。
そんな姿をオーディはニヤニヤと笑みを浮かべて眺めている。
それを横目にオリベルは部屋の扉を開ける。
そこには既にここから発つ準備が済んでいるオルカとマザリオの姿があった。
「では殿下。またお会いしましょう。第二部隊の皆にもそうお伝えください」
「おうよ」
そんな言葉が交わされるとともに扉はパタリと閉まるのであった。
♢
クラーク獣王国の元王都。瓦礫などは既に撤去されたが、未だその陰すら見当たらないその広場には珍しく悲壮感以外の感情が起こっていた。
王都崩壊の事件を起こした主犯格とされる1人の獣人の処刑である。
元王都には未だ他の都市に移動できず、苦しんでいる人々がいる。
その者達が真っ先に怒りを向けるのは何の庇護も施してくれない国に対してであろう。
それを防ぐため、獣王は事情を理解していながらも鬼神の依代となったシュテンを処刑する決断をしたのである。
鬼という分かりやすい共通敵を敢えて他の都市にて裁くのではなく、この悲劇の土地で裁く事で人々の怒りや悲しみを和らげようとしたのである。
「これより、王都を襲撃した鬼神、シュテンの刑を執行する!」
高らかにそう告げる兵士達の隣には鎖に繋がれ、目を隠された鬼の少年が立っていた。
その姿を一目見ると獣王はスッと視線を逸らす。
決してシュテンのせいだけではない。寧ろ、シュテンを鬼神へと変化させた存在が居たのはその目で見ていた。
あくまで国のために彼へ生贄になってもらうという何とも王族らしき決断を下し、それについての罪悪感は抱いているのである。
でなければ国民の怒りは獣王へ向き、自身が滅ぼされる危険性があるから。
国が亡ぶのはいつだってこういった大事件の収拾を誤った際に起こりえる現象である。
「鬼が! お父さんを返せ!」
「化け物!」
「お前なんて産まれなきゃよかったんだ! この疫病神が!」
国民たちは平然とシュテンへと罵声を浴びせる。
彼らの行き場のない怒りはすべてシュテンへと集中している。これこそまさに獣王が考えていた構図であった。
次から次へと飛んでくる石に全身を打たれながらもシュテンは無言で歩いていく。
自分が鬼神となって暴れ、王都を滅ぼしたのは紛れもない事実だ。償う気持ちもあるのだろう。
それと既に彼の大切な人物達はすべてこの世界から旅立っているため、最早生にしがみつく必要がないのである。
「おい、お前。腕はあるんだろうな?」
「無論」
「じゃあ早くしろ。苦しいのは勘弁してくれよ?」
「口を慎め。貴様は罪人だ。この場で軽口を叩ける身分ではない」
「かてえな。良いだろ別に。初めて人里に降りてきたと思ったら殺されんだからよ。ほら、不憫じゃないか?」
「それだけの事をしたからだろう。分かったら口を慎み、そこに首を出せ」
「へいへい」
やけに素直に首を差し出すシュテン。
それを見た兵士は目を丸くする。処刑される者は皆、直前まで強がっていようと首を差し出す時には震えているものである。
しかし、シュテンにはその震えなど一切ない。
俄然リラックスした状態で首を差し出しているのである。
「……何だ? さっさとやれよ」
「あ、ああ」
罵声が飛び交う中では二人の会話など民衆に届きはしないだろう。
処刑執行人達と受刑者の会話。二人が後ろからシュテンの体を抑え、一人が剣を天に突きつけ、その時を待つ。
「やれ」
短く発せられた言葉によって剣が落ちる。
振り下ろされた達人の剣は首の骨が当たらない箇所を狙って効率的に軌道をなぞる。
そうして剣がシュテンのうなじに触れようとした次の瞬間、シュテンの首元から聞こえる筈のない金属音が鳴り響く。
「せ、セーフ」
「何がセーフですか。ギリアウトですよ。マザリオ!」
「は、はい!」
シュテンを助けた白髪の少年の隣に立った少女が返事をした次の瞬間、その場にいる者全員が突然泡を吹いてその場で倒れる。
「な、なんだてめえら!?」
「やあまた会ったね。じゃ行こっか」
「いや、会った事ねえってちょ待てって!」
シュテンの制止も聞かずオリベルは体を抱える。
シュテンの大柄な体躯がいとも容易く持ち上げられ、彼は敗北感を抱く。
「すみませんね。ですがどうせ捨てた命でしょう?」
「ふざけんな! 捨てた訳じゃねえ! 償いだ!」
「はて? 何の償いでしょうか? 破壊神とやらの罪をあなたが償うのですか?」
「いや俺だって意識がなかったとはいえ王都を破壊したし」
「もう面倒だから行くよ、そら捕まって!」
「ちょ、おおおおおおいいいいいい!!!!!」
シュテンを持ち上げたオリベルが凄まじい勢いで駆け出し、二人もそれに続く。
マザリオもオルカとの修行でかなり成長したようだ。かなり息を切らしながらも二人に一生懸命についていこうとして、途中でオルカに背負われる。
かくして『国崩し』を行った罪人、シュテンは謎の三人組によってその場から姿を消すのであった。
♢
刑場からシュテンを攫った三人は王都から旅立とうと荷物を積んでいた。
「オリベルさーん、オルカさーん! 準備できましたよ!」
「ありがとう、アーリ。それとご主人、女将さん」
「ふん、気にすんな。どうせ店も潰れちまったし、移動する予定だったんだ」
「ですがまさか馬車にまでご一緒させていただけるだなんてありがたいです」
「気になさらないでくださいよ、オルカさん。こちらとしても護衛の方を雇わずに済んで大助かりなんですから」
そう。オリベル達はキャッツ達が所有する馬車によってここから発つのである。
なんでもオリベルが寝ている間に仲良くなっていたオルカとマザリオがここを発つ話をすると、向こうからそう誘ってきてくれたのだとか。
「それと……この方達はどうすれば?」
「「「ひ、ひい!」」」
アーリによって指された方を見るとそこに居たのはいつぞやにオリベル達と争った賞金稼ぎの三人組であった。
「ふーん、君達だったのか」
「べ、別にあなたに屈した訳じゃないわよ! でもオーディ王太子に頼まれた、ていうか脅されたっていうか。だから!」
「何でもいいさ。君達が僕らに協力してくれるなら、ね。さ、行こうか」
「え、そのまま?」
オリベルの肩には先程まで動きわめいていた鬼の獣人の静かな姿があった。
「流石にこのままじゃないさ。よっと」
おとなしくなったシュテンを馬車の座席に座らせるとオリベル達も乗り込む。
「君達は?」
「私達は乗ってきた馬で付いてくわ」
「そう。じゃあ今度こそ行こうか」
こうしてオリベル達はクラーク獣王国の王都から旅立つのであった。
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