143話 衝突
結局、その後ゴウルを一人には出来ないのと聖騎士との戦いによって出来た怪我を癒すため一時的にシュテンとは離れて過ごすつもりであった。
少しして鬼の子を探している聖騎士達がいることを知ったバウラスはそれらを追い払うためにゴウルの前から姿を消し、その最中で命を落としたのである。
ゴウルを助けたのも命を落とし帰れなかったのもシュテンを聖騎士の手から守る為に行った結果であった。
実の父親から事の顛末を聞いたシュテンは酷く狼狽していた。
たとえ人助けをしていたからであろうと実の父親が最期に選択したのは息子である自分との時間ではない事が悔しい思いもある。
だがそれ以上に自分の中にあった気持ちは得体のしれない喪失感であった。
(んなの、ただの言い訳じゃねえか。ずりーだろ)
バウラスの告白を言い訳と思いたかった。
父は自分を鬼だから嫌っていたのだと。だから自分のもとから離れたのだという理由を作っておきたかった。
そうすれば自分は悲しまなくて済むから。全て怒りに変えて楽になれるから。
『シュテン、すまない』
(どうしてお前が謝るんだよ。それじゃまるで、俺が悪いみたい、じゃねえか)
『……いや、そうじゃない。俺にこんな事を言う権利など無いかもしれないが言わせて欲しいから先に謝ったんだ』
そう言うとバウラスはまっすぐにシュテンの瞳を見つめてハッキリとこう告げる。
『お前が俺の息子で良かった。愛している、シュテン』
その瞬間、バウラスの全身が消えてゆく。
死んでもなお息子を見守り続けたバウラスは今世で最期の力を使ってシュテンを永遠の呪縛から解き放ったのである。
(父さん!)
憎んでいる筈の相手の呼び名が咄嗟に口から飛び出してしまう。
心の中ではいつまでも想っていたのである。
でなければ闘技大会に出ようなどとは思わないだろう。
『シュテン、悲しんでる暇はないぜ? 爺さんの置き土産を無駄にすんな』
友が丸まっているシュテンの背中をトンと押す。
その瞬間、深淵に押しつけられていた意識が一気に表層へと上がっていく感覚がした。
そして目の前に広がっていた景色は白髪の少年が今にも世界を滅ぼさんと降り注いでくる力の塊に大鎌を振るう姿であった。
「黒天白牙」
俺の弔い合戦でもしてくれや、そんな友の声が薄らと聞こえたシュテンは次の瞬間、その腕に鬼の焔を纏い目の前に広がる轟音を打ち鳴らしながら地上へと迫る“終焉”へと大いなる拳を振るう。
そして数瞬後、世界は眩い光に包まれると同時に国全体へと影響を及ぼすほどの凄まじい衝撃波を放つのであった。
♢
少し前までクラーク獣王国の王都として機能していた大地には今やその陰すら見当たらぬ荒廃した風景が佇んでいた。
城があったはずの場所には大きくクレーターが出来上がっている。恐らくは人智を超えた力が発揮されたのであろうが、それを目にした者は数少ない。
その数少ない内の一人であるオリベルはそのクレーターのど真ん中で意識を失い、倒れ伏していた。
そしてその隣には獣王国では忌み嫌われていた鬼の少年も倒れている。
「……死にぞこないが。鬼神を食らったか。それをすれば魂がどうなるかも知らずに。愚かな事を」
上空でその様子を眺める一人の、いや、1柱の神が居た。
破壊神スルト。この惨劇を生み出したまさにその張本人である。
あれほどに執着していたスルトであったが、鬼神が消えた途端にその興味の一切を失ったのだろうか。
シュテンを消滅させると分かっていながらもその大いなる力を再度地上へと向ける。
『貴様の好きにはさせん』
そんな言葉が聞こえたかと思えば次の瞬間、スルトの目の前に4枚の翼を生やした存在が現れる。
同じく超常の存在であるソレは鋭い眼光でスルトを睨みつける。
「……クリエラ」
『スルト。貴様、いつ目覚めた?』
「それを答える筋合いはない」
先程まで地上に力を向けていたスルトはその手をゆっくりとクリエラの方へと向ける。
敵意に満ちた視線が交差する。
刹那、クリエラが浮いていた場所が大いなる力によって包まれる。
まさに天変地異のようなその攻撃はかくしてクリエラを捉えきれておらず、気が付けばスルトの眼前にクリエラが迫っていた。
『貴様は世界にとって解き放たれて良い存在ではない』
「それは貴様もだ。クリエラ」
双方が同時に攻撃をする。その激しさはまさに世界を揺るがすほどの衝撃を伴って衝突する。
その余波で荒野が靡き、大地が削れる。
そうしてその攻撃の後に残ったのはスルトのみであった。
「分身体か」
クリエラの分身体を破壊した後、スルトは地上を見下ろす。何の感情も伴わぬその瞳には最早滅ぼそうとする意思は存在しなかった。
「興が削がれた。鬼神が手に入らぬなら最早どうでも良い事である」
それだけ言うとスルトもその場から姿を消すのであった。
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