141話 破壊の神
「ネルの姉御。俺っち達ゃ、あんな化け物を相手しようとしてたんですかい?」
すっかり人が居なくなった町の中央部にて鬼の巨人と一人の少年が攻撃を交えている様を眺めている三人組の姿があった。
先程、オルカ達と敵対していた賞金首狩り、ネルガース、ザルムそしてセインである。
「……そうみたいだね。あたし達やっばい奴等に手出しちゃったのかも」
「そんな事は百も承知だったろう? それよりも僕達はとんでもないミスを冒した気がするんだ」
二人がオリベルの力に対して恐怖を見せる中、セインは一人冷静に自身の行動を悔いていた。
「僕達は悪人にしか危害を加えないと結成時に誓ったよね? ただ、今の彼らはどう見ても悪人には見えない。むしろこの国を守ろうとしているように見えないか?」
「でも賞金首って事は悪人なんじゃないのか?」
「そうとも限らないよ。政争なんかに巻き込まれたら善人でも指名手配されるケースだってある」
セインはザルムの意見を一蹴すると、ネルガースの方を見る。
「ネル。どうする?」
「……アタシ達も助太刀に行った方が良いか?」
「その必要はないぜ」
三人が意思を固めようとしていたまさにその時、三人を引き留めるかのように何者かに声を掛けられる。
「誰だよ、アンタ?」
「俺の名はオーディ・フォン・ウォーロット。ウォーロット王国の王太子様だ」
突然の大物の登場に三人の間に緊張感が走る。と同時にこの国に来ているウォーロット騎士団の赤い騎士服を思い浮かべる。
「そうか。第一部隊と対をなす存在の第二部隊は王太子直属の部隊だって聞いたことがある」
「へえ、だからこんな所にいんのか……それで? どうしてあたし達が行こうとするのを止めるんだい?」
「理由は単純。未来が見えたからだ」
そう言うとオーディはニヤリと笑みを浮かべ、三人の下へと歩いていく。
「元々あいつらの近くで戦闘を見ているつもりだったんだがな。ちょいと用事が出来たって言って抜け出してきたんだ」
「その用事ってのがあたし達のことだったのかい?」
「そうさ。お前らとオリベル達にゃ、面白い関係があるそうじゃねえか。今後のあいつらのためにちょいと勧誘でもしとこうかな、なんてさ」
「随分と悠長だな。まるでこの危機を乗り越えられることが分かっているみたいだ」
「ああ。神絡みの未来は俺にも見えない事が多い。でも俺には分かってる。負けるわけがねえんだよ、あいつらはな」
そう言ったオーディの視線の先では白と黒が入り混じった強大な魔力の斬撃が鬼の巨人を切り崩している所であった。
♢
鬼の巨人の体勢が崩れる。それと同時にオリベルの握る大鎌が鬼の巨人へと押し寄せてゆく。
「座標指定」
オルカによって紡がれた圧倒的な魔力が鬼の巨人の全身に行き渡っていく。
「チェイン」
刹那、周囲を吹き飛ばすほどの途轍もない連鎖爆発が鬼の巨人を襲う。それによって魔力障壁が剥がれた鬼の巨人。
その上から爆発によって生じた煙の中を滑空し、神の力を身に纏ったオリベルの大鎌が迫りくる。
「はああああああっ!!!!!」
数瞬遅れて鬼の巨人もその大いなる腕を振るい、薙ぎ払わんとする。両者の攻撃が空中で混じり合った次の瞬間、凄まじい衝撃の波が周囲を襲う。
常人では立つ事が許されないその空間のど真ん中でオリベルと鬼の巨人の攻撃は拮抗していた。
その衝撃の渦に飛び込むのは二人のウォーロット騎士団屈指の矛。
「おいおい、俺達も混ぜてくれよ」
「せっかくの強敵との戦い、興奮するわね!」
更に二つの攻撃が鬼の巨人へとぶつかっていく。熾烈な争いを繰り広げる中、遂に片方の均衡が崩れる。
鬼の巨人が耐え切れずに片膝を地面に付いたのである。
そうして鬼の巨人は遂にその身を衝撃の波に飲み込まれるのであった。
かつてクラーク獣王国を滅亡に追いやったとされる伝説の神といえど、その攻撃には耐えきれなかったのか、攻撃を受け切った鬼の巨人は静かにその場で倒れ伏す。
ズシンと体の芯にも響き渡る衝撃音を立てると、鬼の巨人はその場から動かなくなるのであった。
「……ふー、ようやく倒せたみてぇだな」
「流石の私もちょっと疲れたかも」
攻撃の要にもなっていたリュウゼンとミネルがドカッとその場に座り込む。
「たくっ、お前らどんだけ暴れんだよ。お陰で俺とクローネの仕事が増えちまっただろ」
「あら? 居たのね、ディオス」
「居たよ! てか俺達が居なかったらこの町、衝撃波で半壊してんぞ!」
ディオスとクローネは直接的に戦闘に参加はしていなかったもののディオスの土属性魔法とクローネの魔力を吸収する力によって戦いの余波を抑えていたのである。
彼らも戦闘に加わればもっと早く集結していたであろう。しかし、事足りると判断したリュウゼンが二人にそう指示しておいたのである。
「やれやれ、それにしてもあいつ等。本当に強くなりやがったな」
二人が疲弊して座り込んでいる中、戦闘に最も貢献していた筈のオリベルとオルカはあまり消耗している様子を見せる事なく、鬼の巨人の方に歩いていく。
「……この巨人、どこかで見たことがある様な気がするんだ」
「こんなに大きい人、会ってたら覚えてると思うけれど」
「いや、そうじゃなくて何となく魔力の感じがね。見たことがある気がしたんだけど」
オリベルとオルカがそう話している中、そのすぐ後ろでマザリオが何かに気が付いたようなハッとした顔をする。
「お二人とも! この巨人から声が聞こえます!」
「「声?」」
「はい! 何かはよく聞こえませんが、ずっと同じ言葉を呟いています。『スルト』という言葉と……」
その瞬間であった。突然、オリベルの視界にあったマザリオの死期が急激に変化したのである。
こんな事は今までに起こったことが無かった。目の前で死期が変化することなど起こり得ない筈だった。
「……え?」
「どうしたの?」
オリベルは瞬時の判断でその身を不死神と同化させるとマザリオ、そしてオルカを守るようにして抱き寄せる。
「ほう、妙な力だな。これを耐えるか」
刹那、そんな声と共にオリベルの全身を凄まじい力が襲う。まさに理外の一撃である。何とか不死神に同化し、再生の力を使えるが故に生き残れた。
オリベルでなければ死んでいたであろう。
「だ、誰ですか!?」
突然オリベル達の前に現れた不気味な男。特徴的な緋色の長髪の男。それはオリベルが目にしたことのある人物であった。
突然走った激痛に視界が揺らぎながらも、オリベルは確固たる視線をその男の方に向ける。
「お前は……スルト」
「ふむ? どこかで会ったことがあったか?」
一方で男……スルトの方は覚えが無いようであった。無論、この男にとってはたとえ出場していた大会の一出場者の事など興味がなかったのだろう。
この男に限っては覚えようとして忘れる様なことはあり得ないからである。
「おいおい、お前はあの殺人犯じゃねえか! こんな所に何しに来やがった?」
「何しに来やがった? 少々、口の利き方には気を付けた方が良いぞ」
すると先程までオリベル達の真正面に居た筈であったスルトの姿が消え、一瞬にしてリュウゼンの目の前に現れる。
「少しお灸を据えてやろう」
「マジかよ」
突然の攻撃にリュウゼンは咄嗟に自身の身体を黒い焔で覆うも、真っ赤に染まったスルトの力によってその身を吹き飛ばされる。
音が遅れてリュウゼンの耳に伝わってくる。その威力は人の身では推し量ることの出来ないほどに強大な力である。
「ふむ、魔力を吸収して威力を和らげたか」
「リュウゼン!」
間一髪耐え切ったは良いものの、最早リュウゼンは戦える状態にはないだろう。
ミネルがいち早くリュウゼンの下へと駆けていき、その身を慮る。
それを合図に場にまた更なる緊張感が漂い始める。ただの犯罪者程度であればこれほど警戒することは無いだろう。
しかし、スルトの放つ圧力は明らかに先程の鬼の巨人を超えていた。それこそ、危険度SSなどくだらないほどに強大な力を放っているのである。
「我の名は破壊神スルト。この世界を破壊する神である」
そう呟くとスルトはゆっくりと体を上昇させていく。建物が倒壊した中、スルトに光が差すその様相はまさにその言葉を体現しているかのようである。
「破壊……神?」
「魔獣だったのか」
「魔獣などではない。生まれし頃から我は神である」
生まれし頃から神。それは人間側の認識である『神』とは少し違う認識であった。
神とは魔獣の中でも特に力の強いモノを指す。しかして、スルトは魔獣ではないと言ったのである。
魔獣とは違う存在、正真正銘の神であると。
「さて、ここにはもう用はない。鬼神を回収してこの場に残っている雑魚共を消滅させてしまうか」
そう呟いた瞬間、大地が軋むほどの強大な力がスルトから発せられ始める。一定の周期で空気が振動し、大地は触れてもいないのにひび割れが生じる。
「天落とし」
直後降りそそいできたのはオリベル達の視界を真っ赤に染め上げるほど巨大で想像を絶するほどの力。
明らかに世界に干渉しうるほどのその力を前にして立ち向かえるのは神の力を有する者だけである。
「オルカ、マザリオを頼むよ」
「待ちなさい。死ぬわよ!」
「そんなのやってみなきゃ分かんないさ」
「ちょっと!」
オリベルはそう言うと勢いよく大地を踏みしめ、上空へと飛び上がり、その理外の領域に達している真っ赤な力へと立ち向かってゆく。
『おい! てめえ! 勝手な事すんじゃねえ! てめえが死んだら俺も死ぬんだ!』
力の使い過ぎのせいか、不死神の自我がオリベルの心の中で引き留めようと声を上げる。
魔獣の頂点にも立った不死神ですらそこまで言うのだ。その力は最早人の身ではどうすることも出来ないほどの物なのだろう。
しかしオリベルの頭の中にはここで退くという考えはなかった。
不死神の声を無理やり押さえつけ、更に同化を深める。限界を超えるほどに同化したオリベルの力は急激に増加し、かなり高くまで飛び上がっているというのに地面すれすれにまで棚引くまでになっている。
「君は一回死んでるんだ。もう一回死んでも変わんないだろ?」
『ふざけんな! 俺は死んだんじゃねえ! 封印されたんだ!』
「大体一緒だよ」
オリベルは不死神との同化を深めていく中で、気付いたことがある。それは自身の体に隠された魔力の正体。
真っ白で何物にも染まらないその力は不死神の力に負けず劣らず、むしろそれを飲み込まんばかりに増幅しているのを感じ取っていた。
その魔力が何なのかはオリベルにも分からない。しかし、この力を引き出すことによってオリベルの力は更に増幅していく。
全くの光を通さない漆黒の魔力、それと対照的な何物にも染まらないほどの純白の魔力。
二つの魔力が不死神と同化したオリベルの体に纏われていく。
「黒天白牙」
研ぎ澄まされた感覚がどのようにして鎌を振るえば良いか教えてくれる。時が止まったかのような感覚。
そして紛れもなくオリベルの鎌から放たれた黒と白の三日月のような斬撃はまるで迫りくる天を割るかの如く接近し衝突する。
刹那、周囲を飲み込むほどの轟音が鳴り響くのであった。
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