139話 観察する者
「まさかこれほどの鬼神が生まれようとは思わなかった」
鬼神と第二部隊が衝突する少し前、スウッと上空から降りてくる一人の男が居た。破壊の神と名乗っていたスルトである。
彼は自身が生み出した鬼神に惚れ惚れとしていた。間違いなく歴代最強であるその鬼神はスルトの想定をはるかに上回っていたのである。
「おい、そこのお前……ってゲッ、あいつじゃねえか」
「やめとけやめとけ。あいつには関わらない方が良いぜ」
スルトの姿を見た獣人達は顔を顰めてそう告げる。スルトは今、悪逆非道な闘技士であるとしてクラーク獣王国では悪い意味でちょっとした有名人になっていた。
理由はやはり闘技大会で最も嫌悪されている闘技士殺しを行ったことである。しかもその相手というのが将来有望であった若き戦士であったことも相まってかなり嫌われている。
しかしスルトにとってそんなことは些細な事であった。それは己が兵士である破壊の使徒達を生み出す事。そしてその先の目的を見据えて行動していたからだ。
しばらくウットリとしながら鬼神を見上げていたスルトはやがて現れる赤い騎士服を纏った強力な戦士たちを見て嘆息する。
「せっかくの力を披露する相手があ奴ら程度なのか……つまらんな」
これならば見ていても史上最強の鬼神を生み出したこと以上の興奮は得られぬだろう。
そう判断した破壊神がもう目的を果たしたと言わんばかりに踵を返そうとしたその時であった。
背筋を撫でられたかのようなゾワリとした感覚がスルトを襲う。
破壊の神であるスルトがそれほどまでの緊張感を抱くなど異常事態である。それこそ目の前に居る鬼神の存在よりも。
何事かとスルトがその気配の先へと視線を向けるも、そこには凡百の兵士と同程度にしか思えないくらいの強さを持った少年の姿しかない。
背負っている大鎌からは得体のしれぬ強大な力を感じ取りはするものの、悪寒の正体は間違いなくその大鎌ではなく少年自身の力に対してなのである。
「……興味深い。我が最高傑作とどちらが強いか。見届けようではないか」
そうしてスルトは暫しの間、クラーク獣王国に滞在することを決めるのであった。
♢
鬼神から少し離れた場所にて、獣王率いる獣王国軍が控えていた。
「獣王陛下。あの怪物を本当に我々で止めることが出来るのでしょうか?」
「出来るかどうかではない。やるしかないのだ」
既に王城は壊滅状態ではあるものの、不穏な気配をいち早く察知しあの場から逃走した獣王は家臣や王族たちを連れて避難していたのである。
もちろん、獣王たるもの国民よりも早く逃げることは許されまい。王城近くの国民になるべく遠くへ避難せよとの号令を発していたからこそ通常よりも国民たちの避難するのが迅速であったのだ。
「陛下。誰かが既に鬼神と戦闘態勢でございます!」
「何ッ!? ……あの赤い騎士服はウォーロットの方々か。そうであった。まだ彼らが居たのだ」
天災とも形容される怪物を前にしてもなお果敢に挑み、見事に戦いを成立させているその姿はまさに最上位の騎士団だから成せる業である。
そして赤い騎士服は特にウォーロットの中でも一、二を争うほど強力な部隊である、第二部隊だ。彼等が勝てなければ人類のほとんどが勝つことはできないだろう。
「陛下、助太刀に参りますか?」
「よせ。彼等の次元ともあれば我らは寧ろ邪魔であろう。諸君らが日々鍛錬に勤しみ、優秀な兵であることは私が一番理解している。だが、彼らは、ウォーロットの騎士団の上位部隊だけは別格なのだ」
ウォーロットの騎士達はその一人一人が精鋭である。その中でも上位部隊の隊員となると超精鋭ばかり。
その一人一人が各国の騎士団長、隊長を任せられるほどには別格に強いのである。
何故ウォーロットにそれだけの人材が集まるのか。それは言わずもがな、英雄の存在があった。
「鬼神は神。神を殺す専門家に任せるべきだ。それと各国に神を作り出そうとする者が存在することを知らせねばならんな」
そう言うと獣王は真っ白な鳩の足に書簡を括りつけて放つ。
あて先は『世界調整機関』、通称『ユニオン・ラウンド』。主に各国の均衡を取り持つ機関の名である。
緊急事態が起こればこのユニオン・ラウンドにて各国のトップが招集されて話し合いが行われるのである。
「ウォーロットの騎士団方。勝手ながら我が国の命運を祈っているぞ」
己が何もできない悔しさと羞恥心に歯を食いしばらせながら獣王はそう呟くのであった。