137話 人智を超えた力
「……少々驚いた」
口元から流れる血を拭い立ち上がると、スルトは目の前に立つ焔、氷、雷、水の魔力に纏われた鬼の少年を驚愕の眼で見据える。
「まさか鬼神にならぬ状態でこれほどの力を持っているとは。ますます我が破壊の使徒に相応しい」
「黙れ」
シュテンの周囲に更なる魔力が集中していく。それはまるで魔力を誰かから与えられているのではないかと疑いたくなるほどに最初の時とは様相が違っていた。
何種類もの属性を纏った魔力はやがて一つのシュテン独自の魔力として練り上げられていく。
「地獄掌打」
赤と黒が入り混じったシュテン独自の魔力を纏った掌打はやがて大きな魔力による衝撃波を生み出し、スルトの身体を飲み込む。
「これはっ……」
刹那、黒い光が周囲に響き渡ったかと思うとスルトを中心とした超爆発が巻き起こる。
全てを吹き飛ばすその威力はスルトによって開けられた大穴をさらに拡大する。
衝撃による大崩落。
その間、シュテンは崩落してくる瓦礫を次から次へと瞬時に蹴っていき、地上へと降り立つ。
そして崩落した地下を見やり、スルトの姿を探す。
「どこに行きやがった?」
少しして、地下から一つの赤い塊が飛び出してくる。それをさっと回避するとシュテンは次に上がってきた人物をギロリと睨みつける。
「今のは少々効いたぞ」
「しぶてえな」
今度は擦り傷のようなものではあるもののちゃんと攻撃が効いていることが見て分かる。
しかし、やはり地下を更なる大崩落へと導いた攻撃が直撃してその程度であるため、それくらいで済んでいるのは並大抵のしぶとさではない。
「過去で類を見ないほど強力な個体だ。その生態は興味深いが、そろそろ終わりにしよう」
「あぁ?」
意味深げにスルトはそう言うとその身を天高く上昇させていく。
そしてある程度の高さまで上昇したスルトは天に右手を掲げる。
右手に集まっていく赤い魔力は徐々に大きな球体へと形を成していく。
「させねえよ!」
すぐさまシュテンが飛び掛かろうとするが、それは紅い力によって途中で阻止されてしまう。
「今まで我が貴様の攻撃を受けてきたのは貴様の力を測るため。そうでなければ貴様の攻撃などああも易々と受ける筈が無かろう」
「うるせえ!」
シュテンは特攻が無理だと判断すると今度は両手に凄まじい密度の魔力を蓄える。
そして放つは凄まじい魔力の波動。
ソニックブームを巻き起こしながら迫りゆく赤黒い力は先程シュテンの特攻を退けた紅い力を消し去り、大いなる破壊の力を蓄えているスルトの方へと迫っていく。
だが、あと一歩。あと一歩遅かったのだ。
「天落」
その瞬間、シュテンの耳元から音が消えた。
自身の体が空を切る音、迫りくる魔力の塊が衝撃を放ちながら迫る音、あまつさえ自身の心臓の鼓動の音さえも。
聴覚が消え、嗅覚が消え、視覚以外の一切の感覚が消滅したかのような空虚な世界。
そこにポツリと佇む自分の姿。
何故か俯瞰視することが出来るほどに時がゆっくりと流れていく。
そしてまさに破壊の一撃が大地へ触れた瞬間、それまでの静寂が嘘であったかのように鼓膜がはち切れんばかりの凄まじい轟音、視界が真っ白になる程の光、更には体が粉々になる程の衝撃がシュテンを襲う。
その時、まさしく世界が揺れた。
大いなる自然現象が如く、たった一撃がそれほどの衝撃を世界へと与えたのである。
大地は削れ、周囲の建造物の一切が消し飛んでいく。
忘れてはならないのがここは人気の一切ない程の荒れ地などではないという事。
そこには数多くの住民が居る。
シュテンとスルトが攻撃をぶつけ合うその衝撃で大半の住民が逃げていたが、その予想さえも上回る程にスルトの攻撃は広範にわたっていた。
「逃げろー!」
「待って、まだ子供があそこに!」
母親が手を伸ばした先には一人の幼い子供が居た。
その子供は恐怖により足がまるで動かないまま、ただ襲い来る破壊の衝撃を眺めているだけであった。
まさに破壊の渦が少年を巻き込もうとしたその時、少年と破壊の衝撃波との間に割り込む人物が居た。
「ミネル、その子を安全な場所へ連れていけ。俺はこれを止める」
「了解」
少女と見紛う女性が少年を抱き、その子供の母親の元まで連れていく。
一方で居残ったオレンジ髪の青年、リュウゼンは口端をニイッとあげて腰に差していた剣を引き抜く。
「黒焔剣!」
黒い焔が纏われた剣が衝撃の波に触れた瞬間、更に燃え上がる。魔力を吸収して焔を燃やすこの属性魔法にとっては魔力の塊であるその衝撃波は格好の燃料なのである。
そうしてより一層勢いを強める黒焔と破壊の衝撃が激しいせめぎ合いを見せる。
「おおらあっ!」
その激しいせめぎ合いも突如として終わりを迎える。
リュウゼンが声を上げると同時に剣を思い切り振るい、見事、衝撃波の消滅に成功したのである。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「礼なんて良いわよ。それよりもさっさと逃げなさい」
礼を述べる親子に対して冷たくそう言い放つとミネルはリュウゼンの下へと歩み寄る。
「たくっ、余波でこれってどんなバケモンだよ。こりゃあ骨が折れそうだ」
「ホントよ。あのバカ王太子にちゃんと仕事の増加分請求しなきゃ」
「こ~ら、ミネル。口が悪いわよ~。あれでも私達の直属の上司なんだから」
「クローネ。お前も大概だぞ」
そして続々と現れるのは赤い騎士服に身を包んだ四人の騎士達。
そして一人豪奢な制服に身を包んだ好奇な存在であった。
「んなことはどうでも良い。それよりも、お前ら。あれ、どうにかできるか?」
そうしてオーディ王太子が指を差す方向に居たのは途方もなく大きな鬼のような巨人であった。
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