132話 闘技士への思い入れ
「さあ、遂にやってまいりました! 無表情で敵を痛めつける今大会圧倒的ヒール! 一試合目で警告を一つ貰い、あと一つ警告が出れば失格となります! スルト選手の入場です!」
ポケットに手を突っ込んで無感情のままステージへ入場してくる緋色の髪の男。
その男が入場するなり、会場中から大ブーイングが起きる。
神聖なる闘技大会、その一番注目度の高い大会で残虐な試合運びをしたスルトへの風当たりは強い。
「先の試合では優勝候補でもあった元Sランク冒険者ラングレイを完敗させるほどの実力者! この世代の闘技士はハンゼラルだけではありません! 今大会史上最悪の男を倒してくれい! ゴウルゥゥゥゥッ!」
不愛想なスルトに対して挑戦的な笑みを浮かべながら入場してくる茶髪の男。
先程、シュテンに啖呵を切ったであるため、無様な姿は見せられないとなおも意気込んでいる様子である。
「いけーゴウルッ! そんな奴、ぶっ潰しちまえ!」
「頼む! ギルメシュラの仇を取ってくれ!」
ゴウルの方には凄まじい熱量の応援が、スルトの方にはブーイングと共にいくつもの物が投げられている。
「へっ、初出場の癖にこんだけ嫌われるなんてある意味才能だぜ? スルトとやらよぉ」
「……」
ゴウルが話しかけるもスルトに返事をする様子はない。
「そういう商法があるってのは否定しねえよ。まあ、それじゃあ俺には勝てねえけどな」
「さあさあ、皆さま! お待ちかねです! スルト選手VSゴウル選手、レディ、ファイトッ!!!!!」
司会の合図とともにゴウルが飛び出す。
「先手必勝! 歪む空間!」
ゴウルが両手をグイッと捻った次の瞬間、スルトの目の前の空間がぐしゃりと捻り潰されるのが見える。
「あれで鉄壁の防御を誇るラングレイがやられたんだ。そんなやつ相手なら簡単にやれるぜ!」
「そうだそうだ! やっちまえ、ゴウル!」
ゴウルの攻撃を見た観客たちが歓喜に声を上げる。
ラングレイの防御は闘技士の中で見ればトップクラスに堅牢なものであった。
それをいとも容易く崩したゴウルの攻撃が一見すると防御を固めていなさそうなスルトに止めることなど出来る筈もない。
誰もがそう思っていた。
「何ッ!?」
いつの間にかゴウルの目の前まで移動していたスルトは攻撃を受けながらゴウルの肩を掴んでいたのである。
空間の歪みに抗おうとすればそのエネルギーは絶大な物。
ミシミシとスルトの体中から骨が軋む音が聞こえてくるというのに眉をピクリとも動かさぬまま、ゴウルの胸倉をしっかりと掴んでいたのである。
「お前では役不足だ」
「な、なにを」
言い終わる前にゴウルの顔面にスルトの拳が迫る。
刹那、空間がぐにゃりと歪み、スルトの拳は空を穿つ。
「あっぶねえ。今の避けなかったら死んでたぜ」
途中でスルトを地面へと倒れ伏すように湾曲させていた空間の歪みを解き放つことで、拳を回避し、見事脱出に成功していたのである。
そしてそれと同時にスルトが拳に纏う魔力量の多さに驚愕していた。
今までゴウルが見たどんな強者、それこそ危険度Sの魔獣ですら軽く超えているであろう魔力量であった。
「……これくらいで死ぬような軟弱な者だから役不足なのだ」
その言葉を聞き、ゴウルは自分が今まさに死の瀬戸際に居るのだという事を理解する。
鼓動の音が徐々に早くそして大きくなってゴウルの耳に届く。
会場から聞こえてくるゴウルへの応援など彼の耳には届かない。
ただあるのは、己が鼓動の音、呼吸の音、そして相対する敵の無機質に地面を足で擦る音のみ。
「死ぬという事が分かっていてもなお挑むか。微弱で脆弱。小鹿の様に足をガクガクと震わせ我が前に立つその姿は却って愛おしい。だからこそ“破壊”してみたいものだ」
突如、スルトの姿が消える。
ゴウルは焦ることなく周囲を警戒する。
髪を撫でる風の気配。
この属性の魔法を操る者にとって空間に対する変化の兆しに気付くことは造作でもない。
ウォーロットの騎士達の様に魔力の操作に優れていなくともこうして疑似的に魔力感知を、それも精度よく捉えることが出来るのである。
「そこだっ!」
空間の僅かな振動だけを頼りにゴウルは駆け出す。
姿が見えぬのならこちらから攻め入れば良い、そう考えたのであろう。
しかしそれは本当に魔法によって姿が消えていたらの話。
そして今回はそれに値しない。
「……残念ハズレだ」
ゆらりとゴウルの背後から姿を現すスルト。そして手には真っ赤に染まった破壊の魔力が宿っている。
「臆せずに立ち向かったことだけは誉めてやろう。我が名は“破壊の神スルト”。世界を創成せんとする者に敵対する者だ」
「世界を……創成する者?」
言い終わる前に真っ赤な魔力がゴウルの視界を埋め尽くす。
常人を遥かに超えた速度で打ち出されているはずのその力は何故だかゴウルの目には遅く見える。
会場から響き聞こえる悲鳴にも近しい叫び声。
それらがゴウルの胸に響くことはない。
『坊主、闘技士になるのか?』
『爺さん昔闘技士だったんだろ? だったら俺もなってみたい。そんで俺もいつか爺さんみてえに強くなるんだ』
『カハハッ!』
今になってゴウルの脳裏に昔出会った老爺の記憶が浮かび上がってくる。
村が魔獣に襲われた時、めっぽう腕っぷしが強かったかの獅子の獣人に助けられ、少しの間世話になった思い出。
『そうだった。俺はだから優勝したかったんだ』
そしてその力の正体を思い出し、キッと口を一文字にする。
『お前が聞きたかったのはこの事だったか、シュテン。すまねえなまさかあの爺さんが……』
そこでゴウルの記憶は途絶える。
ぐったりと地面に横たわるゴウルを見つめてスルトは呟く。
「我が破壊の意思を継ぐ者はどこにいる?」
「た、担架を! 救急隊を呼べ! いますぐ……」
すぐさま駆け寄ってきた大会運営の男性がゴウルへと駆け寄ろうとした次の瞬間、彼を守るようにして黒い焔がステージ上に降臨する。
「おっと危害は加えさせねえぜ」
「……」
大会運営の男性を守るようにして立ちはだかったのは第二部隊隊長リュウゼンであった。
その身を黒い焔で包み込み、憮然として立っているスルトを鋭い眼で睨みつける。
一方のスルトは興味を失ったとばかりに無言を貫くと、彼方の方角を見やり、こう呟く。
「確信には至らなかったが、やはりあ奴か」
「ああん?」
リュウゼンの声が聞こえたか聞こえなかったのか、兎にも角にもスルトは何も答えずただその場から姿を消すのであった。
ご覧いただきありがとうございます!
もしよろしければブックマーク登録の方と後書きの下にあります☆☆☆☆☆から好きな評価で応援していただけると嬉しいです!