131話 鬼の子
「すげえなシュテン。今回もまた圧勝じゃねえか」
「当然だ」
二試合目を軽く終わらせて帰ってきたシュテンにそう話しかけるゴウル。
シュテンはというと褒められたことを照れ臭そうにするでもなく寧ろ何故わざわざそんな分かりきった事を言ってくるのかと言わんばかりの様子である。
「てかお前は大丈夫なのかよ? 次、あいつだろ?」
そう言ってくいっとシュテンが顎で指し示す方を見ると、そこには陰鬱とした雰囲気を漂わせる男が座っていた。
誰も近寄ろうとしないその男の名はスルト。一試合目にして相手を半殺しにした闘技士である。
抵抗できない相手を嬲る様はそれこそ人間とは思えないほどの冷酷さを漂わせていた。
冷酷で無慈悲な男。
ゴウルも負ければ唯では済まないだろう、それを心配してのシュテンの発言であった。
「何だ心配してんのか? 大丈夫さ、俺はあんな卑怯な奴には負けねえ」
皆がスルトの試合を見て怖気づくのとは違ってゴウルは怒りを抱いていたようである。
寧ろ対戦相手として当たったことを嬉しくさえ思っている様子であった。
「そうかよ。まあ精々気ィ付けろよ」
「へへっ、生意気言いやがって」
そう言ってシュテンの背中をどんどんと豪快に叩くゴウル。
しかし、シュテンはそれに対して痛いなどと感じることはない。寧ろ心地よさすら覚えていた。
今まで一人で過ごしていたシュテンにとってこれほど親しく会話をしたのは親以外では初めての事であったのだ。
これが“友”という物なのだろうか、なんてぼんやりと考えてさえいた。
「ゴウル闘技士。次の試合の準備を始めてください」
「お、呼ばれたか。じゃあちょっくら潰してくるぜ」
「おうよ」
ゴウルが腕をぐるぐると回しながら準備室の方へと歩いていく。その後ろ姿を見てシュテンはあれだけ自信があるのなら大丈夫だろうと安心する。
その時であった。
「それとシュテン闘技士。少々お話がございますので私共と一緒に来ていただけますでしょうか?」
「あ、俺? さっき試合終わったばっかだけど」
首を傾げながら言われた通りシュテンはスタッフに連れられて控室から出ていく。
控室の外に出るとそこには豪華な衣服に身を纏った虎の獣人と騎士のような格好をした者が数名立っていた。
明らかに異様な空気を感じ取ったシュテンはサッと構えを取る。
今までこのような経験はよくあった。
シュテンの特異な見た目は獣人に限らずかなり目立つ。それこそ魔獣と間違えられたことだって多々あるのだ。
「何だてめえら?」
「無礼だぞ貴様」
シュテンの態度を護衛の騎士が厳しく窘める。
「大会中にすまないね。シュテン殿。私はこのクラーク獣王国の獣王アイゼンフォーグ・ドン・クラークだ。少し気になったことがあって君を尋ねたのさ。まあそう警戒せずに歩きながら話そうではないか」
「いや、それは無理だ。ゴウルの試合を見ておきたい」
一国の王と知ってもなお態度を崩さないシュテンに護衛の騎士の顔がより一層険しくなる。
しかし、これしきの挑発で喧嘩を買ってしまえばそれこそ王の面汚しとなってしまう事を知っているため、かろうじて理性でいさむ心を抑えているのである。
「大事な話なんだよ」
「こっちこそ大事な試合なんだ」
「それは君の種族についての話よりも大事な事なのかい?」
そう言われたシュテンは一瞬で目をこれ以上ない程に鋭くさせ、濃密な殺気を発する。
王の騎士でさえも息をするのも忘れるくらいの濃密な殺気は少ししてシュテン自身によって抑えられていく。
「そんな話、聞きたくもねえ」
そう吐き捨てると獣王に背を向けて控室の方へ戻ろうとする。
「……仕方あるまい。捕えなさい」
背を向けたシュテンを今とばかりに護衛の騎士達が取り押さえる。
まさか強硬手段に出るとは思っていなかったシュテンは獣王を鋭い眼光で見据える。
「これは何の真似だ?」
「大人しくしておけばよいものを。災いの種族、鬼よ。我らは君を野放しにはしておけないのだよ。なぜなら君は神になり得る力を持っているのだからね」
「何を言ってやが……」
そこまで言ってシュテンはようやく自身の体が自由に動かないことに気が付く。
「なんかやり……やがったな」
「ぐっすりと眠るが良い、鬼の子よ。君の中にある魔獣の力を取り除くまでは――」
そこでシュテンの意識が途絶えるのであった。
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