130話 危険な試合
「ほう、やるじゃねえか」
「だろ?」
戻ってきたゴウルをシュテンが褒めると、ゴウルは嬉しそうにはにかむ。
自分が認める強者に褒められて喜ばない者は居ないだろう。
「ゴウル。お前って新人なんだよな?」
「まあな。新人って言ってももう三回くらい大会には出てるがよ」
新人なのに強いと褒められたと思ったのか、ゴウルはそう言ってやや謙遜する。しかし、シュテンの意思はまた他の所にあった。
「じゃあバウラスっていう闘技士の事は知らねえよな?」
「いや知ってるだろ。闘技士でその名を知らない奴なんて居ないぜ?」
ゴウルにそう返されてシュテンはやや意外そうに眼を大きく見開く。
「有名なのか?」
「そりゃあもう闘技士の中じゃ一番有名なんじゃねえか? 伝説の闘技士バウラスっていやあ誰でも一回は憧れる最強の存在だしなぁ。一説じゃあ、あの神殺しより強かったなんて話もあるんだぜ? そんなバウラスがどうかしたよ?」
「いやバウラスと仲が良かった奴っているのかなって思ってな」
「バウラスと仲がいい奴だぁ!? そんな奴がこの時代に生きてる訳ねえだろ。だってバウラスって言えばもう百年以上も前の獣人だぞ?」
百年以上も前の獣人。そう言われてシュテンはそうなのかと少し落ち込んだ様子を見せる。
その後、ゴウルが一体何を知りたかったのかとシュテンに問いかけるもはぐらかすだけではっきりしない。
結局諦めたゴウルは次の試合の話をはじめ、次第に熱を帯びてきたためバウラスの話など忘れているのであった。
♢
「……ひ、酷い」
オリベルはその光景を目の当たりにした瞬間、あまりの惨状にアーリの目を両手で覆い隠す。
ステージ上で行われていたのは試合などではないもの。
一人の男が対戦相手が最早意識を失い、抵抗することすら出来なくなっているのにもかかわらず、ひたすら嬲っているのであった。
「おい、誰かあいつを止めろ!」
「って言われてもあんな強い奴を誰が止めるってんだよ!」
観客席からは罵声の他に悲鳴のような声も聞こえてくる。
「スルト選手! これ以上の暴挙は失格にしますよ!」
司会者からのその言葉でようやく男は選手を殴る手を止める。無法者に見えて失格にはなりたくないらしい。
無言のままスッと立ち上がると、会場中からのブーイングを背に控室の方へと戻っていく。
「きゅ、救急部隊! 早くこの方を!」
「何て……酷い」
スルトと呼ばれた男の対戦相手はまだ息はあるものの傍から見ても重篤な症状を負っている。
担架で運ばれていった選手の顔を目を凝らして見ると、オリベルはホッと安堵する。
「ギルメシュラ選手、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ」
ギルメシュラと呼ばれた男の死期を見たオリベルはアーリにそう返す。遠くから見るため、あまり正確には見えなかったものの、少なくとも直近で死ぬことはないと判断したのであろう。
「ギルメシュラ選手は元Sランク冒険者の闘技士です。そんな実力者ですらあれだけ圧倒するなんてスルト選手は一体何者なのでしょう?」
シュテンと同じく飛び入りで本大会に出場しているスルトには大会に出た経歴は存在しない。
それだけならまだしもあれ程の実力者であるというのに名前すら聞いたことが無いのである。
「あれって失格にならないのかな?」
「まだ警告一回だけみたいですね。流石に人を殺めてしまえば失格になるんでしょうけど。一応何でもありですから。腹立たしい事です」
プンスカと怒りを見せるアーリ。彼女からすれば好きな闘技大会というものを全く知らない闘技士でもない他人が汚したことに苛立ったのだろう。
そしてオリベルもまた、スルトの対戦相手に対する敬意という物が一切感じられない試合に嫌悪感を示していた。
「次はあのものすごく強いゴウル選手です。きっと彼が天罰を与えてくれます!」
「そうだと良いんだけど……」
オリベルの目から見てもゴウルとシュテンの強さは半端ではなかった。
しかしスルトの力は得体が知れない。
果たしてゴウルが勝つのだろうか、その問いにオリベルはすぐに答えを出すことが出来なかったのであった。
♢
「アイゼン殿。どうかされましたか?」
「いえいえオーディ殿。何でもありませぬ。少し喉が渇いたゆえ、飲料を持ってきてもらおうと思っただけですよ」
アイゼン獣王が席から立ち上がるのを見たオーディが声を掛けるもアイゼンはそう返し、ゲスト席から立ち去る。
しかし何でもないわけがない事は見て明らかであろう。
余計に訝しむオーディであったが、まさかこちらに牙を剥いてくることはないだろうと考え、また前を向き直る。
「そういやリュウゼン。オリベルはどうしてた?」
「元気そうでしたぜ」
「相変わらずテキトーだな、おい」
そう言うとオーディは頬杖を突き、遠くに居るオリベルの方を見やる。
「すまないな、オリベル。あともうちょっと耐えておいてくれ」
「いや、アンタが王になるまでなんだし全然もうちょっとじゃないでしょ」
「うるせえな、ミネル。まあそうだけどよ」
そうしてまるで尊敬の念が感じられない王太子と配下の会話が部屋の中に響き渡るのであった。
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