127話 番狂わせ
闘技場にある大きなステージ。その上には二人の男が武器を構え相対していた。
闘技大会では全ての武器が使用可能である。そのため、命の危険を伴う。その分、闘技士に支払われる対価というものは巨万の富だ。
人気闘技士ともなれば億万長者となるであろう。人気闘技士となり闘技場と専属契約をして歩合制の金を貰うようになれば、賞金が取れずとも安定した生活を送れる。
それに闘技士となるには金や出自は一切無関係であるというのも魅力的な点の一つであろう。
日々、強い戦士たちが集まる闘技大会ではそれだけでウォーロットの騎士団と肩を並べるほどの強力な部隊が作れるのではないかとさえ噂されている。
「おーっと! ここでギュウホの意識が途切れた! よって勝者ハンゼラルゥゥゥッ!!!!」
「やりました! 私の最推しが勝ちました!」
オリベルの隣で少女がぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶ。跳ねるたびに猫耳がピョコピョコと動く。
「あのハンゼラルっていう人が一番強いんだよね?」
「私の目論見ではそうです! ですが他にも強い選手は居てですね。まず傭兵出身の最強の闘技士ラングレイだったり、元Sランク冒険者ギルメシュラだったり、とにかくいろいろ強い闘技士が居ますからね。最後までハンゼラルが勝てるのかはドキドキです!」
目を輝かせ早口で返答するアーリを前にしてオリベルはなるほど、と一言返す。そしてこれほどまでに闘技大会が好きなら、ウォーロットに居た頃はさぞかし我慢していたのであろうと心中を察するのである。
新聞で情報は集めていたようではあるが。
「次も優勝候補のアイスバーン選手ですね。氷属性魔法の達人で、一説ではどこかの国の騎士団長をやっていたのではないかなんて言われてます」
持っている対戦表を示しながらアーリがオリベルに説明を施す。
「この対戦相手のシュテンって人は?」
「ん~、この人の名前は聞いたことがありませんね。今回初出場の方ではないでしょうか? 通常であれば予選を勝ち上がらなければ闘技神統一大会には出られない筈ですが、確か飛び込み参加でも試験に合格さえできれば出られるとは聞いたことがありますし。とはいえ凄い難しい試験らしいですけど」
「へえ、じゃあ強いって事かな?」
「どうなんでしょう? 流石に相手がアイスバーン選手ですし難しいとは思いますけど」
オリベルとアーリがそう言っている間に二人の闘技士がステージへと入場する。
一人目は水色の長髪でガタイもかなり大柄な人間の男。
そしてもう一人が入場してきたところで観客席が少しざわつく。
「おいありゃ何だ?」
「いや知らねえ。あんな獣人見た事ねえ」
「いやでも明らかに人間じゃないだろ。魔獣なんじゃないのか?」
現れたのは頭に二本の短い角が生えた褐色肌で金髪の男である。しかしどの獣人とも合致しない特徴を持ちながら人間でもないというその奇妙な姿を見て魔獣なのではないかと会場中に騒めきが走る。
「おーっとぉ? 私も初めて見ましたがシュテン闘技士は果たして獣人なのかっ!? しかしそんなことはこの闘技神統一大会においては関係ありません! 強者こそが正義です! さあ、シュテン対アイスバーンです! レディィィィッファイッ!」
会場内がざわつきを見せたまま試合が始まる。
そしていざ試合が始まると観客たちは一気に熱を帯び始める。
その理由は今大会優勝候補であるアイスバーンの巧みな魔力操作、そしてシュテンの一切魔力を纏わないままにその強力なアイスバーンの魔力操作に対抗している様であった。
「おおっと! これは凄い! シュテン選手! アイスバーン選手の氷属性魔法をものともせず拳で打ち砕いていきます! 身体強化魔法も使わずですよ! これは早々に番狂わせが起きるのかぁっ!?」
司会者が叫ぶ。それに呼応してシュテンに懐疑的な視線を浴びせていた観客も湧く。
「強いな」
「オリベルさんから見ても強いですか?」
「うん。細身に見えるけど、たぶん筋力がかなり発達してるんだね。いやかなりとかそんなレベルじゃないな。異常なくらいに」
身体強化魔法も使わずに拳だけで氷属性魔法を打ち砕く。生身の常人であれば氷で凍傷してもおかしくはないだろう。
それをシュテンは何ら意にも介さず拳を打つのだ。
対するアイスバーンは一向に決定打を与えられず少し魔力が乱れているようにオリベルには見える。
そのわずかな魔力の乱れを察したのだろう。その瞬間、一気にシュテンがアイスバーンの胴体に掌底を打ち込み、意識を刈り取る。
「これはまさかの番狂わせだ! 無名のシュテン選手がまさかの優勝候補であるアイスバーン選手を打倒しました! 今回の闘技神統一大会はこいつで荒れるぜ~!」
シュテンは自身の勝ちを確認すると、勝鬨を上げることもなくすぐさま背を向けて控室へと戻っていく。
観客たちは最初の奇異な視線とは全く逆で寧ろ羨望の眼差しを向ける程であった。
膨大な拍手の音が会場内で鳴り響く中、その様子を見守っていたクラーク獣王国の獣王アイゼンフォーグだけは真剣な面持ちでこうつぶやく。
「……まさかこの時代に“鬼”が現れるとは」
意味深な呟きをすると、アイゼンフォーグは近くに居た自身の護衛の騎士へと耳打ちをするのであった。
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