121話 呪い
「よし、そろそろ動けるかな」
手をグーパーし、ジャンプをして体の確認を行うオリベル。
実のところ、まだ不死神の再生の力をうまく扱う事は出来ないため、こうして自然治癒力に任せていたのである。
「ようやくですか」
オルカはそんなオリベルの様子を見て読んでいた本をパタリと閉じる。
その傍には宝石亀の素材がパンパンに詰まった袋が置いてある。
宝石亀はそもそも、存在だけでも希少である。その変異体ともあれば、相当な資産になることだろう。
それを理解していたのもあるが、オルカが宝石亀の素材を集めたのはもう一つの理由があった。
それは、宝石亀の装甲が持つ、魔力を遮る力。
死してもなお発揮するその不思議な力はきっと何かに役立つことだろう。
だからこそ、オルカは宝石亀の素材を目一杯集めたのである。
「そういえばマザリオは?」
「まだ寝てます。まあでもあなたが背負えば移動するのには問題ありません」
「まあそうだね。どうやら死期も遠のいたみたいだしね」
そう言うとまだ眠ったままのマザリオを背負い、オリベルはスッと遠くの方を眺める。
「早くこの国から出ないとね。今度は神殺しが来るかもしれないし」
「ですね」
そうして二人はウォーロット王国の国境へと足を向けるのであった。
♢
「う、ん?」
「起きましたか?」
マザリオが眠りから覚め、目を開くとそこには黒髪の美少女オルカの姿があった。
どうやらあの後、何処かの町の宿屋に入り、ベッドの上にマザリオを寝かせていたようであった。
「あ、あれ? 宝石亀は?」
「あの魔獣は私とオリベルが既に倒しました」
「そうなんですか……」
目の前にはもう宝石亀は居ないと言われたマザリオは自分が無事である事を喜ぶと同時に少し残念がる。
呪いが解ける、初めて耳にした打開策が無くなったのだ。命の恩人が目の前に居るとはいえ少しくらい落ち込むのは仕方がないのかもしれない。
「というかまた助けていただいたみたいですね。すみません、私が余計な事をしたばっかりに」
「そういう時はありがとうで大丈夫です。他人の自虐なんて笑い飛ばせなければ聞くに堪えませんから」
オルカのその口調は傍から聞けば冷徹に聞こえるかもしれない。
しかし、彼女が毒舌を吐き始めたということは同時に心を開き始めたともとれるのである。
何となく、そんな雰囲気を感じ取ったのかマザリオは突然勢いよくオルカに抱きつく。
「ありがとうございます、オルカさん!」
「な、何ですかいきなり。あと別に私にさん付けは要りませんよ」
「ありがとうございます! オルカ!」
満面の笑みを浮かべながら抱きつくマザリオにオルカは仕方ないといった眼差しを向ける。
小動物的な可愛らしさがあるマザリオの事を無碍にできないようで、為されるがままになっていたところで、扉が開く音が聞こえる。
「あ、起きたんだね」
「はい!」
「げ、元気だね。何かあった?」
「さあ、分かりません」
尋ねるオリベルに首を傾げるオルカ。その中で唯一、マザリオだけがニコニコと笑みを浮かべている。
その笑顔は次第にオリベルにも伝播していく。
「そういやマザリオ。君に試してほしいものがあるんだけどちょっと良い?」
「はい!」
マザリオの返事を確認するとオリベルは鞄の中から光り輝く装飾が為された半円の輪っかを取り出す。
「何ですかそれ?」
「宝石職人に宝石亀の素材を渡して作ってもらったんだ。これ、着けてみてくれない?」
「良いんですか! では失礼して」
そう言ってマザリオはさながら宝石亀のカチューシャを頭に装着するも何ら変化がある様子はない。
「私には無いんですか?」
「いや、オルカ。そういうんじゃ無いから。どう? マザリオ」
「うーん、何も感じないですねー」
「じゃあ一回魔力を開放してみて」
「え?」
オリベルに魔力を開放するように言われて少し嫌そうな顔を浮かべるマザリオ。
それもそうだろう。マザリオは魔力を少しでも開放してしまえば最後、呪いのような苦しみが彼女を襲うのである。
「多分、大丈夫だからさ」
「大丈夫ってどういう意味ですか?」
「いいからいいからやってみて」
いやに目を輝かせているオリベルに不穏な空気を感じ取りながらもマザリオは魔力を開放し始める。
その瞬間、マザリオはオリベルが何と言いたかったのかを理解する。
「こ、これって……」
「うん。宝石亀の装甲は魔力を遮る効果がある。それを利用して作ってもらったんだ。どう? 良い感じ?」
「はい! どれだけ魔力を開放してもまったく発作が起きません! すごい! すごい!」
あれほど思い悩んでいた呪いの力がないと分かるとマザリオは目を見開き、驚く。
それと同時にポロリと一粒の涙が瞳から溢れる。
それを皮切りに次から次へとマザリオの頬を涙が伝っていく。
この呪いのせいで何も出来なかった過去の苦悩が猛烈に押し寄せてきたのであろう。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
オルカの胸で泣きじゃくるマザリオを二人はただ優しく見守り続けるのであった。
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