120話 怪しげな男
ゆらりと不敵な笑みを浮かべる大男。やがてその背中から白い翼がファサリと姿を現す。
「人間ではないようですね」
「もちろんだ。そのような低俗な者ではない。私は創造神クリエラ様の側近、新月神ムーン様の眷属、イファラウスである」
大男の周囲をすさまじい魔力が渦巻いていく。まるで力を誇示するかのように魔力を放出するイファラウスに対してオルカは一つため息を零す。
「先程の戦いであなたは使い物になりませんし、私一人で相手するしかないじゃないですか。どうしてくれるんですか?」
「ご、ごめんなさい」
「まあ良いでしょう。最初からこんなに力の程度を教えてくれる小物なんてすぐに片付けられますから」
オルカはそう言い放つと、自身の体に魔力を纏わせていく。その力は以前のオルカとは少し様子が違う。オリベルほどではないが、それでも均質に魔力の揺らぎが抑えられた身体強化魔法。
「やはりこの魔力の使い方は難しいですね」
実はオルカはオリベルの纏う『静』の身体強化魔法を見てからというもの自身もそれを習得しようと訓練を続けていたのである。
流石に感情を一時の間失っていたオリベルほどの静けさは無いが、それでもかなり成長している。
オリベルもそのオルカの魔力を見て、流石は元天才騎士であると感嘆したほどである。
「小物とは私の事か?」
「ええ、そうです」
「なるほど、聞き捨てならんな」
刹那、イファラウスの姿がその場から消える。あまりの速さに常人では目で追えないほどの速さである。そして次に姿を現したのはまさにオルカの目前であった。
「まずは一人」
淡々と口にしながら振りかざす強大な拳はオルカの顔面を打ち砕かんとして迫るも、寸前のところで突如としてオルカの姿が消え、空を切る。
「そうやってすぐに挑発に乗ってしまうから小物だと言われるのではないですか? まあ、以前そのような仲間の方はいらっしゃいましたけど」
オルカのその言葉でオリベルの脳裏にオレンジ髪の隊長と少女の姿をした先輩騎士の顔が浮かぶ。
すぐに挑発に乗る癖して圧倒的な強さを誇っていたため、問題はなさそうではあるが。
「言わせておけば! たかだか一つ攻撃を躱しただけであまり調子に乗るものではないぞ!」
激昂するイファラウスの右手にバチッと電気のような物がひた走る。そして徐々にその電気量は目に見える程増幅していき、いつの間にかイファラウスの全身を黒い雷が覆っていた。
「我が魔法はムーン様より賜りし、月雷魔法! 貴様など一瞬にして葬り去ってくれる!」
「……また私の知り合いに似たような魔法を使いますね。だからどうだという訳ではありませんが」
イファラウスの全身に迸る黒い雷。それはやがて威力を増していき、大地をも削る。これをひとたび放てば件の宝石亀が持つ魔力吸収の装甲であったとしても貫くことは容易であろう。
危険度SSの宝石亀を凌ぐほどの実力者という訳である。だというのにオルカからは緊張している様子は見られずただ淡々と相手を観察している。
「死ぬがいい!」
全てを打ち砕かんとする黒い雷がオルカの方へと飛来する。空気を震わせるほどの圧力。直撃すればいくらオルカと言えど大打撃は免れないだろう。
だが、オルカは攻撃を回避する代わりにただ片手を前に翳すだけであった。
「エクスプロード」
そう一言呟いただけで黒い雷は半ばで爆発魔法と衝突し、消失する。
「……小癪な」
オルカが魔法で雷を消し去ったのを見てイファラウスは屈辱に顔を歪める。光の如き速さでたとえ圧倒的な防御力を持っていたとしても貫くほどの攻撃力である。それほどに自信のある一撃を止められたことに腹を立てたのであろう。
「そう言えば聞くのを忘れておりましたが、あなたは何が目的なのでしょうか?」
「死にゆく者に答えることはない。黒雷坊!」
黒い雷を纏ったイファラウスがオルカに詰め寄ってくる。それをオルカは細身のレイピアをゆっくりと抜き去り、前へと構える。
「死にゆくから聞きましたのに」
激しい雷に身を包まれており、音など聞こえる筈もないのに、イファラウスの耳にちりんっと鈴の音が鳴る。
そしてその瞬間、イファラウスは悟った。
今相対している者は決して逆らってはいけない者であったのだと。
オルカがレイピアを腰の鞘へ戻した瞬間、イファラウスの全身から血が噴き出す。
何が起こったのか理解できぬままイファラウスはその場に倒れこむ。
「な、なにをした」
「邪魔者を斬っただけです。元々、私の売りは速さですので」
「そ、う、か」
そう呟くとイファラウスの体が風に吹かれてサアッと崩れ落ちていく。
そしてイファラウスを倒したことを確認したオルカは未だ倒れているオリベルとマザリオの下へと歩いていく。
「やっぱりオルカだけは敵にしたくないな」
「お互い様ですよ。取り敢えずあなたが動けるようになるまでここで待ちますか。宝石亀の素材も欲しいですし」
そうしてオルカは倒れている二人の隣に座ると晴れ渡る青空を眺めるのであった。
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