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117話 窮地

「無理無理無理無理、何なのあの小さい子ー!」


 得体のしれない術を掛けてきたあの小さな人間達に毒を吐きながらマザリオは走る。その姿は最早体裁など考えても居ないようである。

 それもそうだろう。後ろから追いかけてくるのは現れただけで国家の存亡が危機に陥ると言われるほどの危険度SSを有する超巨大魔獣、宝石亀。

 これに対抗できるのはウォーロット王国の騎士、それも単体で相手するとなればウォーロットの騎士最強の『神殺し』でなければ対処不可能であろう。


 そして大した身体能力の無いマザリオがそんな強力な魔獣から逃げ切ることが出来る筈もなく、一人と一匹の間の距離は目に見えるほど早く縮まっていく。

 マザリオは後ろを振り返り、その巨体がすぐ目の前にまで迫っていることを知り、顔を青く染めていく。


「あっ、終わった」


 そう呟いた時にはマザリオの真上に巨躯を支える四本の足の内の一つが迫っているのであった。

 まさに絶体絶命の危機である。最早生存を諦めたマザリオは息をするのも忘れてその時を待つ。


 絶望と共に巨大な足が空を切る音がマザリオの耳をつんざく。誰が見ても命が潰えたかと思えた、次の瞬間、どこからともなく何かが草陰から飛び出してくる。

 その何かは宝石亀の足が踏みつぶすまさにその寸前、マザリオの身体を弾き飛ばした。


 次の瞬間、ズウウウンと重厚な衝撃音が辺りに響き渡る。


 その様子をマザリオは目をパチクリとさせながら眺める。本来であればあそこでとっくに踏みつぶされていた筈なのである。

 しかし、突如マザリオの身体を突き飛ばした何かのお陰で擦り傷程度の怪我で済んでいる。


「あらあら、いつの間にか居なくなったと思ったらこんな所に来ていたのですね?」


 そう言って現れた女性の姿を目にしてマザリオは真っ先に逃げるべきかと思考を巡らせる。


「騎士……様……」


 現れたのは隊長のイルザ・ホーエンハイム、副隊長のセレナ・イスカール率いるウォーロット騎士団第三部隊であった。

 事故とはいえ騎士を気絶させて逃げ出したように取られてもおかしくはないだろう。

 世界的に権力のあるウォーロット騎士団、それの第三部隊の面々に対してそのような態度をとったとあらば、この先無事に済むとは考えづらい。

 しかし、このまま逃げても宝石亀が追いかけてしまい今度こそ確実に死が待っている。


「そんなに怯えないでください。あの時は私達もあなたを詰めすぎてしまいました。見た感じ、制御できず暴走してしまったのでしょう?」

「は、はい」

「それなら何の罪にも問いませんよ。それに今はそれどころではありませんからね」


 そう言うと、イルザは目の前に立ちはだかる宝石亀を見やる。宝石亀の方は相も変わらずマザリオの方を見据え、イルザの存在に気が付いていないようだが。


「なぜかは分かりませんが、彼女が狙われているようですね」

「そのようね。これでは下手に彼女を町に護送できないわ……仕方ないわね。彼女を守りながらあの魔獣を討伐しましょう。セレナは前衛に出て指示を出して。私はこの子を守りながら戦うから」

「了解です」


 セレナ率いる前衛型の騎士達が宝石亀へと迫りゆく。そしてイルザ含む後衛型の騎士達は言葉の通り、マザリオを抱き、その場から離れる。


「でっか」

「どうしました? 何か問題でも?」

「いえ! 助けていただきありがとうございます!」


 胸に抱かれることで眼前に迫る巨大な双丘に顔が飲まれ、思わず声に出してしまうマザリオであったがすぐに正気を取り戻し、礼を述べる。

 そして命の恩人になんてことを言いかけたのだと自戒の念に囚われる。


「いえいえ、というか何故こんな場所に一人で……と聞きたいところですが今はそんな場合ではありませんね」


 一方、セレナは宝石亀の近くまで走り寄っていた。走るごとにその体がブレように思えた次の瞬間、セレナの姿が二人になる。

 そして徐々にその数を増していき、三人、四人と分身の数が増えていく。


「行くぞ!」


 セレナが飛び上がると同時に分身たちも同じように宝石亀の方へと飛び上がる。それに続いて第三部隊の他の騎士達も飛び上がり、剣を振るう。

 細かな動きが鈍重な宝石亀では対処する間もなく、その斬撃を全身に受ける。


 騎士達が繰り広げる鉄と装甲が奏でる金属音。それと同時に後衛の騎士達からも魔法が打ち出されていく。


「皆、足元を狙いなさい! 胴体は仲間に当たっちゃうから」

「「了解です!」」


 統率の取れた騎士達の動きを見てマザリオは驚愕するとともに目を輝かせる。

 A級冒険者ですら逃げてばかりであったと聞く宝石亀を相手取り、こうも存分に戦い合えるのだと。

 ウォーロットの騎士団とは名前でしか聞いていなかったが、こうして肌で感じることにより余計に尊敬の念が募ってくるのだろう。


「これなら……いける」


 騎士達が見事な連携を取りながら宝石亀の装甲を削り取っていく。宝石亀が反撃をしようと光線を吐こうともすかさず、刃を振るい、その首を刈り取らんとする。

 騎士達が優勢なまま戦闘が進んでいく最中、突如として宝石亀の全身が輝き始める。


「不味い! セレナ! 皆を連れてその場から離れなさい!」


 宝石亀の全身に集まっていく強大な魔力、それを感じ取ったイルザがそう叫ぶもすでに遅かった。

 次の瞬間、眩いばかりの光が宝石亀から発せられたかと思えば、宝石亀を中心として全方位に向けた大爆発が巻き起こったのである。

 爆発が宝石亀の周囲に居た騎士達を吹き飛ばす。

 少し離れているイルザやマザリオ達も同様にして爆発に飲み込まれ、その場から吹き飛ばされていく。


 凄まじい威力を発するその爆発は周囲に生えていた木々の一切を消滅させる。まさに絶大の一撃である。

 爆風が岩をも破壊し、大地を削り取る最中、マザリオもまたその体を吹き飛ばされていた。


 何メートルいや何十メートルと飛ばされているその体はしかして大きな水球で全身を覆われている。

 そしてマザリオの体が地面へと着地する瞬間、ポシャンという音と共に弾け、マザリオを解放する。


 見ればマザリオだけではなく騎士達もその身を大きな水の球に包まれ、地面へ衝突するあるいは壁に衝突する寸前にその大きな水の球がポシャンと崩れ去る。


「あ、あれ? 死んでない?」


 常人では死ぬであろう衝撃をその身に受けたというのに死んでいないという事実に驚き、マザリオは体を確認する。

 どうやら先程崩れ去った大きな水の球が衝撃を殺してくれたのであろう。


 とはいえ尋常ではない威力の攻撃を受けたのは事実。マザリオはその場から動けず座り込んだままとなる。


「おっ、良かった。死んでませんね」


 そう言って現れたのは掌の上で水の球を浮かせているイルザの姿であった。彼女の魔法は水属性魔法。

 人類最強の水属性使いと呼ばれる彼女の魔法は爆発に巻き込まれた全ての者の身体を瞬時に包み込み、衝撃を殺したのであった。


「でも爆発をもろに受けちゃったセレナ達はもう動けないわね。というか私の傍に居たこの子以外、か」


 座り込んだままのマザリオの近くまで来るとイルザはそう呟くと、どこからともなく生み出した大きな水の球で隊員たちの身体を包み込み、傍へと持ってくる。


「騎士様たちが……そんな……」


 あれだけ頼りになる騎士達が一瞬の内でほぼ全壊となった光景を目の当たりにしたマザリオは絶望する。

 自身が目にした中で最も強い存在が打ち砕かれた怪物にこれから死ぬまで追いかけられるのだという恐怖。

 それは何物にも代えがたい程の苦痛をマザリオに与えていた。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ」


 恐怖から呼吸が荒くなっていく。あの発作がまたマザリオの身体を蝕み始める予兆であった。

 向こうの方からはズシンズシンと重々しい足音が聞こえてくる。


「ちょっと大丈夫?」


 こんな所で発作を起こしてはいけないと思っていながらもそれを抑えることは不可能なのだ。

 そう思ったマザリオは全身の痛みをこらえて心配するイルザを置き、遠くの方へと走っていく。


「誰も、誰も居ない遠くへ」


 自分が離れれば騎士達に被害が行くことはない、そう信じたマザリオの行動は自己犠牲からくるものであった。

 そして思惑通り、宝石亀は騎士達の方からくるりと進路を変更させ、マザリオを追いかけ始める。


「あああああっ!」


 頭を刺すような痛みが襲う。全身の痛み、そしてつんざくような頭痛に耐えかねてマザリオはその場で倒れる。

 次の瞬間、マザリオの身体から魔力が溢れ出し、あの発作が始まる。


 それと同時に近づいた宝石亀の方へとマザリオの魔力が吸収されていく。

 まるでそれを求めていたかのようにマザリオの近くで止まり、全身に魔力を浴び始める宝石亀。

 しかしてマザリオの発作によって宝石亀の頭の中にも無限に声が流れていったのか、突如としてその場で暴れはじめる。


 少し経過してマザリオの意識がプツリと途絶える。


 しかし宝石亀の暴走は止まらない。中途半端に搔き乱された脳内に違和感を覚えているのかあちらこちらに光線を発しながら暴れる。

 そしてその光線が意識を失っているマザリオの下へと迫りゆく。

 光線がマザリオへと降り注ごうとしたまさにその瞬間、黒い大鎌を持った少年が彼女を守るようにして光線の前に立ちはだかると、その大鎌を大きく振るう。


 大鎌から打ち出された黒い斬撃は光線を軽々と切り裂き、二手に分かたれた光線はマザリオを避けるようにして地面に衝突する。


「やっと見つけたよ、マザリオ」


 そこに立っていたのは白髪に金の瞳をしたオリベルの姿であった。

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