112話 異変の気配
魔獣達と冒険者たちが戦う。片や危険度D程度の魔獣が数十体、片やEランク以下が大半の冒険者達が十名程度。
危険度Dを単独で撃破するにはDランク冒険者以上でなければ務まらないとよく言われる。
その中で一人三体以上を相手にしなければならないという絶望的状況である。
まさかこの場所にこれほど魔獣が現れるなどとは考えても居なかった冒険者たちは困惑しながらも何とか応戦し続けている。
それを可能にしていたのは偏に一人の少年の存在があった。
「うわあああ! た、助け……」
「大丈夫です」
剣を取られ、今にも命を刈り取られんとしている冒険者を守るようにして現れると、オリベルはその手に持つ黒い大鎌を大きく振り下ろす。
刹那、ザシュっという音とともに魔獣の体が真っ二つに切り裂かれるのである。
「す、すまない。助かった」
「いえ。大丈夫です」
そう告げるとオリベルは次の場所へと移動する。あまり目立たないようにするとオルカと約束をしているため、神と同化して大地ごと魔獣を消し飛ばすなどという暴挙に出ることはできない。
あくまで身体強化魔法を用いて地道に魔獣達を葬り去っていっているのである。
「あんた強いな! 冒険者やったらどうだ? それだけ強いんなら食っていけると思うぜ」
「遠慮しておくよ。性に合わないんだ」
本当は冒険者として顔をギルドに登録することで指名手配犯であることがバレるのを防ぐためではあるが、そんなことは言えない。
性に合わないという何とも納得のしがいが無い理由で却下するオリベル。
冒険者から話しかけられる程度には落ち着いてきた戦況に一同がホッと胸を撫で下ろしていたのも束の間、遠くの方から何やら悲鳴らしき声が聞こえてくる。
「あっちは物資運び係の奴らが行った方向じゃねえか。まさかCランクでも対処できねえ魔獣でも出たのか?」
そう言われてオリベルははたと全員の死期を見た時を思い出す。冒険者という危ない職業だから死期が普通よりも早いのかと思っていたオリベル。
しかし、よく考えてみれば物資を運ぶ係であった冒険者たちの方がマザリオ程ではないにしろ残っている冒険者たちと比較して妙に死期が早かったのである。
「もしかしてそれが今なのか?」
そう思い立ったが早い。オリベルは全員の死期を見てマザリオ以外にはもう大事は無いと判断を下すと、マザリオを抱えて勢いよく走りだす。
「り、リベルさん!?」
「悲鳴の方に向かう。まだ大丈夫だと思ってたけど、たぶん今がその時なんだと思う」
「その時?」
オリベルの特殊な能力について何も知らないマザリオはオリベルの言葉を理解することはできない。ただ、向こうの冒険者に危機が迫っているのだという事だけは何となく伝わっている。
「スピード上げるよ。ちょっと歯を食いしばってて」
「え、そんなに……」
マザリオが言いかけた瞬間、爆発的にオリベルの速度が上がり、最早その言葉を発することは許されないままマザリオはただ無言でオリベルの胸にしがみつくのであった。
♢
「くそ! こんなところに危険度Bの魔獣が出てくるなんて! 報告書では高くても危険度C程度だって書いてあったじゃないか!」
目の前の巨大な二足歩行の魔獣に対して毒を吐く冒険者。
あの時、マザリオに対し毒を吐いた冒険者だ。
その近くには数名の冒険者が地面に倒れ伏している。
すぐにでも救急処置を施さなければ命が危うい者も居るだろう。
もはや戦えるのはCランク冒険者が三人ほど、対する魔獣は十体も居る。絶望の二文字が冒険者たちの脳裏に過る。
宝石亀の討伐補助、その露払いとして高くても危険度C程度の魔獣達を倒すだけでAランク相当の報奨金が得られる美味しい依頼。
その筈だったのが現実は露払いとしての依頼を果たそうとする道中で危険度Bの魔獣の群れに襲われ、壊滅状態。
これではAランク冒険者の依頼と危険度は遜色ない。そしてそれを対処できる者は宝石亀討伐に出向いている。
一人また一人と地面に倒れ伏していく。そんな状況を冒険者の男はただ剣を構えて耐え忍ぶしかない。
そんな時だった。
突然冒険者の男を取り囲んでいた魔獣達が苦悶の声を上げて倒れていく。
次から次へと倒れていく魔獣達を前に冒険者の男は何が起こったのか分からないままただ茫然とそれを眺める。
「大丈夫ですか!?」
そう言って話しかけてきたのは自身が鼻で笑ったあのFランク冒険者、マザリオであった。
冒険者の男は一瞬意味が分からなかったのだろう。目を大きく見開いて彼女の姿を少しの間見つめていた。
「き、君がやったのかい?」
「いえ、私ではなくリベルさんです」
そう言ってマザリオは魔獣達が倒れている方を指差す。
そこには大きな黒い鎌を構え、魔獣達を圧倒しているフードを被った少年、オリベルの姿があったのだ。
「な、何者なんだ、あいつは」
その光景は冒険者の男にとって信じられないものであった。
Fランク冒険者が呼べる協力者など大した者はいないと思い込んでいたのである。
しかし実際は自分達が壊滅させられた魔獣達を圧倒している。
「ボーッとしてる暇なんて無いです! 怪我人を運びましょう!」
「……分かった」
マザリオの急かす言葉に冒険者の男は我に返り、倒れている他の冒険者達の介抱を始めるのであった。
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