108話 きっかけは
「……なるほど。苦労なさったのですね」
オリベル達の説明を聞いたマザリオは理解を示すかのようにそう呟く。オリベルの行動が他者に対する悪意からなされたものでないことが大きいのだろう。
それに神の力を与えておきながら、その力が怖いからとオリベルの事を軟禁したことに対してどこか理不尽さを覚えたのも大きかった。
「それでどうしてオルカさんがオリベルさんに付いていこうと考えたのですか? オルカさんの立場だと騎士団に残る判断をしそうなものですけど」
「あの生き方が嫌いだったからです」
“あの生き方”というのは間違いなく騎士団員としての自身の生き方に対しての言葉であろう。オリベルもそんな言葉をオルカから聞いたことが無かったため少し驚いた表情をする。
「まあ、同じ部隊の方々は好きでしたのでそれは心残りですけれど」
そう言うとオルカは懐かしそうに微笑みを浮かべる。
あまり表情を見せなかった彼女が他者に対する思いで顔を綻ばせるのは意外だったのだろう。マザリオは興味深そうに彼女の様子を窺っている。
「それはそうと次は君の話がしたいんだよ、マザリオ」
「へ? 私ですか?」
「うん。元々、僕は君に用があって話しかけようとしてたんだよ」
「私に用?」
オリベルの言葉にマザリオは首を傾げる。今は普通に話せてはいるが、元々オリベルとは今日が初対面である。そのため、用があると言われても何の心当たりもない。
オルカはどんな用事か心得ているようで、あまり驚いた様子はない。それもそうだろう。オリベルのこの行動は今回が初めてという訳ではないのだから。
「唐突にごめんだけどマザリオって何歳?」
「本当に唐突ですね。15歳です」
「15歳にはいつなった?」
「え、三月前です」
「やっぱり」
何かに納得したようにそう言うと何やらゴソゴソとポケットに手を突っ込んだ後に、机の上に一枚の紙を出す。
「この依頼を受けるつもりだよね?」
オリベルが机の上に置いたそれはマザリオが持っていた『宝石亀討伐補助』の依頼書であった。
「はい。そうですけど……」
この依頼は討伐依頼ではないのに危険度C程度の魔獣を討伐する依頼並みに報奨金が美味しいのである。Fランク冒険者が受けられる依頼は実に少ないわけだが、この依頼に限っては受けることが出来た。
今日の宿代すら持っていないマザリオにとってあまりにも好条件な依頼だ。受けない手はない。
「悪いことは言わない。受けない方が良いと思うよ」
「……どうしてですか?」
「君も本当は気付いてるんじゃないのか? この依頼は自分の身に余る依頼だって」
そう言われてマザリオはビクッと肩を震わせる。まさに図星だったからである。
討伐依頼ではなく、討伐補助依頼。とはいえ、魔獣の露払いや危険な地域を練り歩く可能性が大いにあり得る。
また、宝石亀からの攻撃が届かない範囲に常に居られるとは限らない。もしかすれば一撃で死に至るような攻撃が自身に降りかかる可能性だってあるのだ。
一応、冒険者ランクとして最も低いFランクから受注可能な依頼となっているが、それもこの町の人材が乏しいから許されていることであり、普通のギルドならば最低でもDランクからに設定するだろう。
「確かにこの依頼は私の身に余る依頼なのかもしれません。しかし、Fランクという依頼の少ないランクで生計を立ている身としてはこんなに美味しい依頼はないのです。だからこそ逃したくありません」
そうきっぱりと言い切るマザリオ。彼女の中では既にこの依頼を受けないという選択肢は残されていなかった。
そしてその決意を見たオリベルはマザリオの顔を見るなり、意志は変わりそうにないという事を判断する。なぜそうも簡単に判断を下すことが出来たのか。
それは彼の瞳に映し出されているマザリオの死期が一秒たりとも変動していなかったからである。自身が関与するだけでは変わることの無い死期。
目の前にはそんな死期という運命に晒されていながらも意思を曲げない女性が居る。
ならばオリベルが次にとる行動は決まっていた。
「オルカ。ごめんだけど、ベンディス達の方は任せても良いかな?」
「大丈夫ですよ。彼等との約束にあなたの協力に関しては何も言っておりませんので。それにどうせあなたも現場には来るのでしょう?」
いち早くオリベルの意思を理解したオルカはそう告げる。そんな二人のやり取りを見てマザリオは何が言いたいのかと探るような眼差しを向ける。
「マザリオ。君の依頼を僕が手伝うって言ったら迷惑かい?」
予想だにしていなかった一言がオリベルの口から飛び出し、一瞬マザリオは訳も分からずポカンとする。そして次の瞬間には机に身を乗り出すほどに驚愕していた。
「良いんですか!?」
「マザリオが良ければ、だけど」
「もちろん良いに決まっているじゃないですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!」
そう言って二人は手を取り合っていた。喜ぶマザリオの横でオリベルはここまでしても未だ変化の無い彼女の死期に危機感を抱くのであった。
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