107話 空き家の朝
「マザリオさんと言うのですね。良い名前です」
上品にティーカップを口に運びながらオルカが告げる。その反対側のソファにてマザリオもオルカと同じく口にティーカップを運ぶ。
先程、オルカが作った朝食を食べ終わり、食後のティータイムを二人で嗜んでいるところであった。
「ありがとうございます」
そう言って茶を口に含んだ瞬間、その美味しさにマザリオは思わず目を見開く。
「美味しい! こんなに美味しいお茶、初めてです!」
「喜んでいただけたならありがたいです。実家でよく飲んでいたお茶なんですよ」
そう言って優雅に茶を飲む仕草は上品な出で立ちを思い起こさせる。そんな人が何故こんな空き家なんかで暮らしているのだろうと疑問に思いながらもマザリオは周囲を見渡す。
「……リベルさんはどうして見ず知らずの私の事なんて助けてくれたのでしょう?」
「まあ助けたというよりかは、もしあなたに身寄りが居れば唯の拉致ですけどね」
「でも結果的には助かっていますので。ご飯も食べさせてもらえましたし」
このままいけばマザリオはあと数日の間は一日一食、安くて硬いパンをちびちびと齧る生活を強いられたはずである。
今日だけとはいえ泊まるところも食事も与えられたマザリオからすれば間違いなく命の恩人だったのである。
「それは直接聞けばいいと思いますよ。そろそろ起きそうですし」
オルカのその言葉と同時にオリベルが寝ている方から物音が聞こえる。ちょうどオリベルが起きたのであろう。
マザリオは何故そんなことが分かるのかとオルカの方を見るも、オルカは当たり前のことだと言わんばかりに茶を啜る。
「……おはよう」
「おはようございます。これあなたの分の朝食ですよ」
「ありがとう」
オリベルは寝ぼけ眼を擦りながら近くにある空き箱を持ってきてそれに座る。
「あっ、すみません。このソファ座っちゃってて」
「大丈夫だよ。僕はこれで」
マザリオがソファを譲ろうと立ち上がるも、オリベルはそれを断り、引き続き箱の上に座り続ける。
「マザリオ、気にしなくても大丈夫ですよ。あなたはこの人が連れてきた客人なのですし」
「客人っていうか世話になりっぱなしなのであれですけど……」
「へえ、マザリオって言うんだ」
机の上に置かれた自分の分の朝食を食べながらオリベルはそんな相槌を打つ。
オリベルにはとある理由があったからこそ後を尾行したものの声を掛ける前にマザリオが倒れてしまったため、実質今回が初対面なのだ。
「僕の名前は“オリベル”。ごめんね、マザリオ。本当は治癒師のもとに連れていけたらよかったんだけど」
「いえいえ。治癒師のもとへ行くほどではありません。いつもこんな感じで倒れておりますので」
そこまで言ったところでマザリオはあることに気が付く。オルカに名を尋ねた時、目の前の少年の事を“リベル”と紹介されたはず。
しかし、当の本人は自身の事を“オリベル”と呼んでいた。
「あれ? オリベルさんなのですか? リベルさんだと思ってました」
その疑問をマザリオが口にした瞬間、白髪の少年の顔がまるでやっちまったと言わんばかりに顔を変化させる。
隣に座っているオルカも額を抑えて何やら呆れた様子である。
「あ、あはは。ま、間違えた間違えた。僕の名前はリベルだよ。ちょっと噛んじゃったみたいで……」
何とか取り繕おうとオリベルが言葉を紡いだ次の瞬間、ひらりと一枚の紙きれがマザリオの足に当たる。
「あら、何でしょうこれ……え?」
「あ」
マザリオが拾い、見たそれは真ん中に大きく白髪の少年の絵が描かれており、下には金貨百枚と記されたオリベルの手配書であったのだ。
どういう運なのか、この部屋に唯一存在するオリベルの手配書がたまたまこのタイミングでマザリオの足元に落ちてきたのである。
「白髪で金色の眼にオリベル……えっ、えええっ!?」
マザリオは手配書とオリベルの顔を交互に見て驚きを露にする。見れば見る程、手配書の似顔絵が目の前の人物と一致してくるのである。
「それに金貨百枚って!? ええっ!?」
「何をやっているのですかあなたは」
「あ、あはは。やっちゃった」
未だ驚愕し続けているマザリオを前に呆れたように言うオルカ。ただそもそもオリベルが真の名を告げずとも手配書を見られた時点でバレていた可能性は高いため、オルカはあくまで呆れたような口調のままで責める様子はない。
「は、犯罪者だったんですか?」
恐る恐る確認するマザリオにどうしたものかとオリベルは頭を悩ませる。こんな状態では何を言っても怪しまれることだろう。
マザリオもマザリオでもしも目の前の人物が指名手配されるほどに凶悪な犯罪者であった場合、下手な事を言えば殺される危険性だってあるのだ。
まあその場合、犯罪者なのかと聞く時点でかなり危険な橋を渡っているわけだが。
「……ちょっと話が長くなっちゃうだろうからご飯を食べたら説明するよ」
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