101話 ルーベル
「おい、聞いたかよ。英雄様の話」
「ああ、聞いたぜ? また街を一つ取り戻したらしいな」
「そうそう。そこを占領してた神は取り逃がしちまったみてえだが、それでも十分だ」
「騎士団長に就任してから数年でここまでの快挙だぜ? このまま魔獣との戦いも終わらせてくんねえかな~」
「いやいやいくら何でもそりゃあ無理だろ」
多くの人でごった返す町の広場の中、ふとそんな会話が聞こえてくる。いや、何もその会話だけが特別というわけではない。
ウォーロット王国から遠く離れた町であるここ、ルーベルでも英雄ステラの話題は絶えない。
それほどまでに『ウォーロットの英雄』というのは全世界から注目されているのである。
そんな雑踏の中を一人の女性が歩いてくる。黒く艶やかな髪、そしてその整った顔立ちには目を惹くものがある。
「なにあの子、キレイね」
「やっば、声掛けちゃおっかな」
「辞めとけ。お前なんか相手にされねえよ」
すれ違う者が皆、一度は振り返る程の美貌の持ち主である彼女はそんな人々からの関心を意に介した様子もなく、颯爽と歩いていく。
そしてようやく足を止めると目の前にある大きな建物を見上げてこう呟く。
「ここが冒険者ギルドですか」
冒険者ギルドというのは冒険者の母体となる組織の事である。冒険者たちはここから依頼を受け取り、仕事をこなして金を稼いでいるのだ。
依頼人と冒険者との間を受け持つ仲介人と言っても良いだろう。
そんな冒険者ギルドの大きな門扉にその女性は手を当てるとゆっくりと開き、その中へと入っていく。
ギルドの中は依頼終わりの冒険者達でごった返していた。
そして例に漏れずその女性は美貌ゆえに冒険者達から注目を浴びることになる。
もちろん今までどんなに注目を浴びようと全く意に介さなかった彼女だ。
冒険者達から注目を浴びようともその姿勢は変わることはなく、ズカズカと歩みを進める。
そして冒険者ギルドの受付の前まで歩いていくと、受付に立つギルド員にこう話しかける。
「すみません。こちらで魔獣の素材を換金できると聞いたのですが」
「はい。どちらの魔獣の素材でしょう?」
「これなんですけど」
そう言ってその女性が取り出したのは死してなお強力な魔力を放つ魔獣の皮と強靭な爪であった。
「では測定させていただきます」
そう言うと受付のギルド員は魔獣の素材を手に取り、透明な箱の中に入れる。
この透明な箱というのは中に入れた魔獣の素材が内包する魔力量を測定する事で、この魔獣の危険度を割り出す危険度メーターと呼ばれる物で専らこういった魔獣の素材の取引で用いられる器具である。
魔獣というのは死してなお変わらずその魔力を内に秘めているのだ。
だからこそ強力な武器の素材となったり薬の素材になったりと常に需要がある物なのである。
それが上位の魔獣ともなればかなり高値となる事が多かった。
さて、今回はどうだったのかと言うと、厳密に言えば女性が持ってきたそれは受付のギルド員が少しの間言葉を失う程に強力なものであった。
「どうされましたか?」
「も、申し訳ありません。少し驚きまして。こちらの素材の測定値は危険度S相当になります。お売りになりますか?」
「お願いします」
ギルド員の問いかけに躊躇う事なくそう告げる女性。
今度は別の意味でギルド中から視線を集めることとなる。
「危険度Sだと?」
「有名な冒険者?」
「いや。それにしちゃあ見た事ねえな。あんな美人なら覚えてそうだしそれはねえだろ」
「じゃあ傭兵かなんかか」
ギルド内で口々にそう言い合う冒険者達。気が付けばギルド内はその女性の話題で持ちきりとなっていた。
「危険度S相当の魔獣の素材の換金となりますと少々お時間が掛かります。身分証か何かお持ちですか?」
「すみません。持ってないです」
「承知いたしました。ではお名前だけ教えて頂いても宜しいでしょうか?」
「オルカです」
「オルカ様ですね。それでは明日の正午までには金額をご用意致しますので正午以降にまたこちらの伝票を持って受付にいらしてください」
「承知しました。ありがとうございます」
そう言うとその女性は受付から一枚の紙切れを受け取り、冒険者ギルドから立ち去るのであった。
♢
「とうとうここまで話が回ってきましたか」
そう言うオルカの手に握られていたのは一枚の紙であった。
その紙にはでかでかと白髪の少年の似顔絵が描かれており、その下に「指名手配」と書かれ、その真横には金貨100枚という報奨金が書かれている。
「まあ魔獣の素材のお金を受け取ったらここにはもう用はありませんし、別に良いですけど」
そう言うと先程冒険者ギルドの受付で貰った伝票に目を移す。
そこに書かれていた金額は白金貨2枚と金貨50枚に銀貨60枚である。
因みにこの世界の貨幣単位は下から順に銅貨、銀貨、金貨、白金貨となっており、それぞれ百枚単位で繰り上がりとなる。
例えば銅貨百枚は銀貨一枚の価値となる。
通称の取引では金貨までしか出てこないのだが、危険度Sの魔獣の素材ともなればそれくらいの値が付くのである。
「一応種族としては危険度Aだったんですけどね。思わぬ収穫です」
伝票の値段を眺めて機嫌良さそうに歩いていくオルカ。
そんなオルカの後ろ姿を尾ける怪しげな人物の姿があるのであった。
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