100話 それぞれの道
闇夜の中を黒髪を棚引かせて駆け抜けていく少女。その背中にはボロボロとなった白髪の少年が背負われていた。
「世話のかかる人です」
「すまないな、助かったよ。オルカ」
オリベルはゼラスに捕まりかけていた所を助けてくれたオルカに対してそう感謝を告げる。
正直言えば、オリベルはあの時点で逃げる事を既に諦めていた。
ステラに全力を出し尽くして少し満足してしまっていたからである。
「それでこんな大事件を起こしてあなたはどうするつもりですか? 王都では既に指名手配書まで出回っていましたよ」
「もうそんなに大事になってるんだ」
「他人事みたいに言いますね」
そうは言ってもオリベルにはイマイチ事の重大さを実感として受け入れきれていないのだ。
騎士団に居たら自身の思惑が達成されない。辞めたいと言っても神の力の適合者である以上素直には辞めさせてもらえない。
なぜなら同一の神に対し適合者は英雄と同じく世界に一人しか存在しないと言われているからである。
ならば残された選択肢は騎士団から逃げ出すことであったのだ。
おまけに王太子からの認可付きである。
やむを得ず騎士団から逃げ出したという認識であるオリベルに罪の意識は全くといって良いほど無い。
「でも第二部隊のみんなには迷惑をかけちゃったな。ごめんって伝えといてくれない?」
「そこはありがとうで良いんですよ。と言いますか、第一部隊との諍いに関しましては向こうから仕掛けてきましたので罰せられるのは第一部隊の方でしょうし。あと、私から皆さんに伝えるのは無理です」
「やっぱり?」
騎士団脱退に関して王太子やリュウゼン達からは許されてもオルカは許さないだろうと思っていたオリベルからすればその返答は予想の範疇であった。
しっかりと戻ってきて自分の口で述べよと、そう告げられたのだと理解したオリベルはそう口にする。
しかし、次にオルカから返ってきた言葉は全くの予想外のものであった。
「なにを勘違いしているのですか? 今更戻れなんて言うはずないでしょう」
「へ?」
あまりに予想外な反応であったため、背負われたまま思わず素っ頓狂な声で返すオリベル。
そして少し間を置いた後にオルカはこう告げるのであった。
「私もこのままあなたと共に騎士団を抜けます。だからもう伝えに行くのは無理です」
♢
「元気でね、オリベル」
誰も居なくなったその場所に向かってステラはそう呟く。
やっと会えたのにまた離れてしまった。そんな寂しさと逃げてくれたという安堵が入り混じり、ステラの胸中を掻き乱す。
泣けば良いのか、笑えば良いのか。不安定な心持ちでただ立ち尽くしているステラ。
ゼラスも何と声を掛ければ良いのか分からず、ただ見守る中、その二人に向かって歩み寄る影があった。
「行ってしまったかい? 彼は」
「……グラゼルか。遅すぎるぞ」
現れたのは『神殺し』ナンバー2の男、グラゼル・シルバーであった。
気ままに行動を起こすこの男は神殺し内でも隔絶としたその実力をもっている。
「お前がもう少し早く来ていれば取り逃すことは無かった」
「何言ってるんだい? 僕が来ていなくても本来なら取り逃すことなんて無かったはずさ。あまり人類最強を舐めない方が良いよ、ゼラス」
「なに?」
事実、ステラはあの激しい地煙の中でしっかりと二人の姿を捉えていた。
あの段階で姿を見失っていたのはゼラスだけなのである。
そんなゼラスの横を通り過ぎ、ステラの隣へと立ったグラゼルはゆっくりと話し掛ける。
「困った弟子だよ。師匠と幼馴染に黙って出てくなんてさ。そうは思わない?」
「えっ? いや確かにそう。そうだよ! 私にも黙って出ていこうとするなんて! ……まあでも」
そうして一瞬何かを考えるように黙り込むステラ。その顔には少しだけ晴れ晴れしさが戻っていた。
「楽しかったから許してあげる! さ、帰りますよ皆さん!」
「承知いたしました、隊長さん」
「……ネルア、結局お前は何をしに来たんだ」
笑いながらステラの言う様に帰路に着くグラゼル。その横で呆れ気に呟くと、酒盛りの終焉で眠りについているネルアの下へと向かうゼラス。
ステラのせいで任務が失敗したと知ってもそれを責める素振りは全く無い。
堅いところはあるが、あくまでも『神殺し』の面々は英雄であるステラを第一に考える。
それは肩書きだけではないステラの人柄によるものが大きいのだろう。
日が沈み切った夜のとばりの中、白い制服を身に着けた高潔な三人の騎士が並び歩いていく。
かくしてうら若き英雄とその幼馴染の少年はそれぞれの道を歩み始めるのであった。
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こちらで騎士団編は完結となります!
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