07.秒でバレました
特に何事もなく昼休みを迎え、慧人は学食へと向かう。
異変に気付いたのは、学食のすぐそばまで近付いてからだった。
なんだか、やけに騒がしい。普段から昼時の学食は混雑していたが、どうも1ヶ所に人だかりができているようだ。
普段ならそうした人だかりにはなるべく近寄らないのだが、この日ばかりは慧人もその輪の中に入っていった。
なんかチラッと聞き覚えのあるような声がした気がして、まさかとは思ったものの確かめずにいられなかったのだ。
「ってお前、何やってんだよ!?」
「あっ、マイマスター」
囲まれていたのは危惧したとおりマイコだった。それも男子学生に取り囲まれて、呑気に談笑なんかしてやがる。思わず声をかけた……というかツッコミを入れたら、一点の曇りもない笑顔を向けてきた。
「えっ、マイコちゃん、この人知り合いの人?」
「ていうかマイマスターって……?」
「はい、マイマスターですよ?ご存知ないんですか?」
「ちょっおま、ちょっとこっち来い」
「やだマイマスターったら、手なんて握っちゃって積極的なんですね♪」
「いいから来いって!」
慧人はマイコの手を引っ張って、走って学食を出て行った。突然現れて彼女を連れ去った慧人の行動にその場の誰も呆気に取られたらしく、追ってくる者はいなかったようだ。
慧人は学食のある建物からも出て、キャンパス内を駆ける。
「ちょっと、どうしたんですかマイマスター?そんなに走ってどこ行くんですか?」
きょとんとしたまま手を引っ張られていたマイコが声をかけ、それを合図にしたかのように慧人が足を止めた。
「どうした、じゃ、ねえだろ……!」
「息切れてますよマイマスター。まずは呼吸を整えましょう」
「だれの、せいだと……!」
「運動不足ですねえ。O.a.c.hの利権を巡って暗殺未遂とかも起こりますから、今のうちに体力をつけておくことをオススメします♪」
「………………え、マジで?」
「……あっ、今の言っていい情報だったっけ?⸺んん、まあいいや」
いや待て良くねえだろ!それで終わらせんな!
「ていうかなあ、俺『(家で)大人しくしてろ』って言ったよな!?」
「はい。だから(学食では着席して)大人しくしてましたよ?」
「…………待て待て、なんかやっぱり認識の齟齬がものすごいありそうなんだが?」
「そうですかぁ?⸺それよりほら、私お弁当作ってきたんですよ♪」
「えっマジで?」
「はい。マイマスターに食べてもらいたくって♪」
「そ、そうか……悪い、ありがとな」
マイコがどこからともなく取り出した弁当の包みを何となく受け取ってしまった。
「開けてもいいか」
「開けないと食べられないじゃないですか」
「いやまあ、そうだけど」
手近な場所にあったベンチに腰を下ろし、包みを解いて開けてみると、中身は綺麗な三角おにぎりが3つと卵焼き、鶏肉の焼いた肉、がめ煮などなかなか種類豊富で美味そうだ。
「美味そうだな……」
というかマイコの料理はどれも美味いからな。
「はい。たんと召し上がれ♪」
いつも通りのニコニコ顔に、なんか誤魔化されてる気がしないでもなかったが、添えられた箸を手に取り卵焼きを一口食べた慧人にはもうどうでもよくなっていた。
「やっべ、美味え!」
「良かった♪」
「………………先輩……?」
無心でマイコの弁当をガッついていると、不意に後ろから声をかけられた。
声をかけられたから何気に振り向いて、そして慧人は固まってしまう。
「………………その子、誰ですか?」
そこに立っていたのはアンジェリカだった。おそらく構外に昼食に出て戻ってきたというところだろうか、何人かの女子学生たちと一緒に立っているが、その顔が見たこともないほど青ざめている。ただならぬ様子の彼女に、友人たちも少しザワザワしている。
今アンジェリカの目には、弁当など持ってきた事もない慧人が、明らかに手作りと見える弁当を広げて美味そうに頬張っていて、それをニコニコしながら見つめている見知らぬ女の子の姿が見えている。そのはずだ。
「あ、いや……これは……」
「…………へえ。これとか言っちゃうくらいに仲いいんだ?」
「あ、いや、違……」
「未蕾ちゃんがいなくなったからって、もう次の彼女ですか?手が早いですね、センパイ?」
あっこれヤバい勘違いされてる!瞬時にそう察知した慧人は、過去最高のスピードで思考をフル回転させた。
「いや違、従妹、そう従妹なんだよ!地元からこっち来ててさ!大学見学したいっていうから!」
「キャンパス見学って事務局に申請して、事務の職員さん同伴で回るもの、ですよね?」
咄嗟にひねり出した言い訳は、瞬時にひねり潰された。
「べべべ弁当作ってきてくれたから!ほら!」
「それならそれで正門で守衛さんに預けて、校内放送で呼び出されて受け取りに行くから会わないですよね?」
くっ!相変わらず頭の回転が良くて察しがいいなアンジェは!そんなとこも魅力的だがこの場ではなんて厄介な!
「……マイマスター?」
とそこで、キョトンとしていたマイコが声を上げたからさあ大変!
「マイマスター、ですって?」
「お友達ですか?だったら紹介して下さい、マイマスター!」
そして「お友達」と言われて、アンジェリカがキレた。いやなんでキレるのか分からないが。
「…………ええそう。私、慧人先輩のお友達なの。私にもその子紹介して下さいますよね、セ・ン・パ・イ?」
「…………ハイ……」
そしてこうなるともう、慧人にはYES以外の返答などなかった。
アンジェリカは友人たちに「じゃ、また後でね」とにこやかに手を振って先に行かせたあと、ベンチの慧人の隣に腰を下ろした。慧人を挟んで右にマイコ、反対側にアンジェリカという構図である。
「私、安心院アンジェリカって言います。アナタのお名前聞いてもいいかしら?」
「はい♪私はロールアウ」
「マイコ!マイコって言うんだこの子!さっきも言ったけど従妹でさ!」
「………………普通、従妹にご主人様とかって呼ばせます?」
少なくともアンジェリカの知る慧人は、そんな尊大な男子ではない。
「ゔっ……!」
「彼女じゃない、従妹でもない、そういう嘘はどうでもいいですから、ホントのことちゃんと話して下さい」
もうダメだ、これはワケありだとバレている。そう悟って慧人は観念した。どこまで信じてもらえるか分からないが、こうなったらもう正直に話すしかない。
ずっと未蕾一筋だった慧人には、男友達はともかく女子の交友関係が非常に狭い。中でもアンジェリカは未蕾の親友であり、慧人のことも慕って懐いてくれる数少ない女子の後輩だった。
そんな子と、こんな形で仲違いしてしまうのはなんとも惜しかった。惜しいだけじゃなく、読モとして広い人脈を持つアンジェリカに嫌われてしまったら、この先のキャンパスライフは灰色決定だ。
「分かった、話す。話すけど、ここじゃ無理だわ。だからどっか、場所を変えよう」
「それは構いませんけど……」
アンジェリカが言い淀む。読モとして売れっ子の彼女には自由にできる時間があんまりないから、大学の講義が終われば撮影とか入っているのかも知れない。スケジュールを調整して出来るだけ大学に出席しようとしている彼女に講義をサボらせるのは心苦しいが、ひとコマ潰してもらうしかないだろう。
慧人は食べかけのままの弁当の残りを手早く口の中に詰め込むと、無理やり咀嚼して飲み込んで、手を合わせて「ごちそうさまでした」ときちんと礼をしてから弁当箱を包み直してマイコに返した。
「じゃ、行こうか」
そうして立ち上がり、アンジェリカにそう言ったのだった。
書き終えてるのはここまでになります。
次回更新は書き上がり次第、ということで(爆)。
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