06.一限前からひと悶着
翌朝。土曜日である。
一限から講義があるため慧人が大学へ行く準備をしていると、朝食の食器を台所で洗っていたマイコが声をかけてきた。
「マイマスター、今日はお出かけですか?」
「えっ?ああうん、今日は朝から講義があるからさ」
「講義、と仰いますと?」
「大学だよ。一応これでも真面目に通ってるんだぜ?」
真面目に通ってはいるが、成績がいいかどうかはまた別の話だ。そして成績が悪ければ行かなくてもいい、などという話にはならない。
まあそもそもの話、真面目で悪いことができない性格の慧人には、大学をサボるなんて大それたことはできないが。
「そっか、この時のマイマスターはまだ大学生なんでしたっけ」
またまた謎な納得の仕方をマイコがしているが、もはやツッコむだけ無駄だと慧人も理解しているので華麗にスルー。
「でしたら、私もご一緒します!」
だが、さすがにこれはスルーできなかった。
「…………は?」
「ですから、私も大学までお供します♪」
「いやいやいや!何言ってんのお前!?」
大学生じゃないだろうお前は!キャンパスに部外者なんて入れてもらえるわけないだろうが!
「大丈夫ですよ、[認識阻害]掛けとけば余裕ですから♪」
「なんかちっとも大丈夫じゃない雰囲気が満載!」
というか、こんな謎な女の子を連れ歩いてる所を知り合いの誰かに見られたらどうすんだ!どう考えたってやべえ展開にしかならんわ!
「ダメ、ですか?」
「そんな上目遣いで可愛く言ったってダメ!」
「やだそんな、可愛いだなんて♪」
「反応するとこそこじゃねえから!」
⸺15分後⸺
「えー、どうしてもダメなんですか………?」
「むしろなんでOKしてもらえると思ってんだ!?いいから大人しく部屋で過ごしとけよ!」
「あっじゃあ、マイマスターがお帰りになるまで夕飯の食材とか買って⸺」
「いらないから!ホントお願いだから(誰にも見つからないように部屋で)大人しくしてて!」
「えー。でもマイマスターがそうお命じなら。
分かりました、では(大学ではトラブルを起こさないよう)大人しくしていますね!」
「………………なんか、すっごい認識に齟齬があるような気がしてならんのだけどな?」
「そうですか?多分きっと気のせいですよ!」
相変わらずニコニコしているマイコに、これ以上説得の労力を空費するのに疲れた慧人はため息しか出ない。
「とにかく、俺行ってくるから。帰ってくるまで大人しくしてて。マジで」
「はい、行ってらっしゃい!」
げんなりした顔のまま、慧人はマイコを残して部屋を出て行った。
もしも彼の手元に時空遡行システムがあったなら、今この場で少し先の未来へ行って確かめられたかも知れないが、残念ながらシステムはマイコがどこかにしまっていて慧人が使うことはできなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「せーんぱいっ」
1限目の教室に向かって構内を歩いていると、後ろから朗らかに声をかけられた。
振り返るとアンジェリカだった。
「おはようございます」
「うん、おはようアンジェ。珍しいな、今日は1限からか?」
「そうなんですよ。久々に早起きしちゃいました♪」
その割にはずいぶんご機嫌だな。
「まあ、たまにはいいんじゃないか?早起きは三文の徳って言うしな」
「あはは、そうなんですけどね。お仕事で夜遅くなっちゃったりするんで」
そう言ってちょっと苦笑するアンジェリカ。もしかすると慣れないTVの仕事で少しストレスを溜め込んでるのかも知れないな。
「おはよう………ってあれ、珍しい組み合わせじゃん?」
アンジェリカと話していると、廊下の角から姿を現したのは遙だ。
「おう、そこでばったり会ってな。遙も今日は1限からなんだ?」
「そうなの。1限はなるべく入れないようにしてたんだけどねえ」
遙が取っているのは慧人と同じ講義で、ふたりの専攻を考えると必修だったので、彼女も外せなかったのだろう。
「だいたいさあ、あの教授なんでか1限ばっか入れてくるよね」
「ホントそれな。おかげで早起きしなきゃいけねえし」
「間に合うように出てこようと思ったらどうしても通勤ラッシュにかかっちゃうしさ。ホント勘弁して欲しいよね」
元々同い年で専攻が同じで性格も似通っている慧人と遙。愚痴のポイントまで同じである。ゆえにあっという間に紐帯が出来上がる。
「……………じゃあ先輩、私もう行きますね」
後ろからそう声をかけられて慧人が振り向くと、アンジェリカが返事も待たずに踵を返すところだった。
「おう、じゃあまた、ってなんかいきなり機嫌悪くなってないか?」
そんな彼女を見て何気なく発した慧人の一言に、アンジェリカの足がピタリと止まる。
そんなふたりの様子に遙がニヤリと目を光らせるが、慧人の真後ろにいたのでふたりには気付かれない。
「ぜ、全然別に不機嫌なんかじゃありません」
「いやぜってー怒ってるだろそれ」
「ほ、ホントに何でもありませんから!」
「いやいや無理あんだろ。何だよ俺か?俺が原因か?」
「ちっ違いますぅー!」
ポンポンと肩を叩かれて、慧人が振り向くとニヤニヤ笑う遙の顔。
「いやー慧人くうん、そこまで気付けたらあと一歩だったのにねえ」
「え、何だよそれ」
遙はそれに答えず、不機嫌そうに押し黙ったままのアンジェリカに近寄ると、彼女の耳元に顔を寄せた。
(大丈夫、あたし彼氏いるから)
(えっ?)
(内緒だよ?コッソリ付き合ってるの。もちろん慧人じゃないからね)
そして言いたいことだけ言ってしまうと、遙は「じゃ、あたしお先に教室行ってるから!」と、手を振って立ち去って行った。
「…………なんなんだアイツ」
「さあ?でも何だかヨユー感じますよね遙先輩」
そして後には頭に疑問符を浮かべた慧人と、すっかり機嫌の直ったアンジェリカだけが残されていた。
作者的には「ラブ」要素は薄いんだけど、あまりに読まれないのでローファンタジー→現実世界恋愛ジャンルに移動します。
まあ一応、作中ではラブコメっぽくなってきたし!(苦しい言い訳)
どうでもいいけど、大学の講義のコマ数の数え方って、「一限目、二限目」でいいんでしょうか……?(爆)