03.情報量の多すぎる彼女(1)
「………………で?なんなの君は?」
渋りきった顔で、慧人は正体不明の少女に尋ねた。
「はい!私はロールアウトコードMA-IKO-018、人類史上初の“O.a.c.h”です!」
にこやかな笑顔で、少女は答えた。
いや全く意味が分からない。
なんなのそのエムエーなんたらって。
人類史上初の、なんだって?
どう見ても、18歳くらいの女の子にしか見えないんだが?
現在、ふたりのいる場所は慧人の借りているワンルームの中。春になって奮発して未蕾とふたりで買った、ゆったり大きめの三人掛けのソファの端と端に今、少女と慧人は座っている。
最初、彼女は案内された彼の部屋に目を輝かせてひとしきりあちこち見て回ったあと、カーペットも敷いてないフローリングの床に直に正座しようとしたので、慧人が必死に説得して何とかソファに座らせたところだ。
そして、ひとまず彼女が何者か問い質そうとしたところが、これだ。
なんで慧人が見ず知らずの彼女を部屋に連れ込んでいるのかと言えば。
彼女が落ちてきた際の轟音に、驚いた近隣の住民が集まって来てしまったからである。
ただでさえアスファルトの路面には大きなひび割れと、ひと目見て分かるほどはっきりとした陥没までできていて、どう見たって数トンクラスの重量物が落下したようにしか見えないのだ。音や路面などの状況証拠は隠しおおせるものでもないし、もしも飛行機などからの落下物でもあったのなら夕方のニュースで速報されるレベルの重大事故なのだから、人が集まるのも当然のことだった。
しかもその場にいるのがこの少女。素材が何かも分からない、見たこともない光沢のある不思議な生地と奇抜なデザインの服を着ていて、どう見たって怪しいのだ。しかもそれが慧人と一緒にいて、慧人に親しげに笑顔を向けているのだ。
これはマズい。
絶対的にマズい。
下手したら、いや下手しなくとも彼女と一緒に肩ポンされてからの“ちょっと署までご同行願えませんかね”案件じゃないか!
とまあ、そういうわけで慧人は状況を理解してないと思しき少女の腕を引っ張って、大慌てで自宅に逃げ込むハメになったのだ。
だが逃げ帰ったはいいものの、果たして匿ったりしていいのだろうか。今部屋の外で起きている騒動は間違いなくこの少女が引き起こしたことであり、素直に警察に突き出すべきなんじゃないのか。もしも匿ったことで自分まで罪に問われたらどうしよう。
というか、そもそも姿も見えないような高空から落下してきて、怪我ひとつしてないどころかケロッとしているこの娘は何なんだ。人間にしか見えないが、かと言って人間にそんな芸当が可能なわけがない。
ということで、何者なのか聞いてみたのが冒頭の質問である。
うん、改めて整理したけど全く分からない。
「いや……だからさ、なんなのその、おーち?って」
「はい!2082年に初めてロールアウトした“新世代型有機的人造人型生命体”です!」
げんなりした顔で尋ねる慧人。
満面の笑みで答える少女。
うん、ダメだ。全く噛み合ってない。
「って、2082年!?」
「はい!(にこにこ)」
「いやいやいや!今年2022年なんだけど!?」
60年も未来の年数が、なんで今の会話に出てくるんだよ!?
「えっと、そうですね」
だが何食わぬ顔で彼女は肯定した。
「現在から言えば60年後に、マイマスターが私を開発してロールアウトさせてくれたんですよ」
そう言って、にっこりと微笑む少女。
屈託のない、完全に無邪気なその笑みは、つい惹きこまれそうなほど可愛らしかった。
「…………で?その“マイマスター”さんとやらはどこにいるの?」
だがいくら可愛くても、厄介者に変わりはない。話が噛み合わないのも意味が分からないのもウンザリする。ご主人様とやらがいるのなら、さっさと引き取ってもらおう。そうすれば万事解決だ。
「………?」
だが、少女は不思議そうな顔をして小首を傾げている。
「あの、覚えてないんですか?」
そしてまたまた、彼女は意味の分からない言葉を重ねた。
「マイマスターは、貴方ですよ松橋慧人博士。
貴方が60年後に私を完成させてくれたんです」
「あ、そうなんだ。いやごめん、うっかり忘れててさ………………………………………って解るかぁ!60年先の未来のことなんて、覚えてないどころか起こってもいねえじゃねえか!」
ついノリツッコミしてしまうほどの荒唐無稽な少女の言葉。そんなの分かるやつがいたら一度会ってみたい。
ていうか俺60年後に博士になってんの!?確かに理工学部だけど、そんな成績も良くないし卒業したら普通に就職してリーマンやるつもりなんだけど!?
「……あ、そっか」
「…………今度は、なに?」
「いえ、すみません。この当時ってまだ“時空遡行システム”が開発されてなかったってこと、忘れてました」
「……………………は?」
「ですから、時空遡行システムですよ。私もこの時代に来るのに使いました。この時代の呼び方だと、えっと……タイムマシン?」
「いやさっきから思ってたけど話がずいぶんSF風味だなおい!?」
ていうかタイムマシンとか60年後とか現実離れしすぎだろ!そもそもそんなホイホイ未来へ行ったり過去に来たりしていいのかよ!?
「やだなあ、“サイエンスフィクション”とかすっごい古い死語使っちゃって。マイマスター相変わらず冗談がお上手なんだから〜」
「だからそもそもお前と俺とは初対面だけどな!?」
「私は初対面じゃないですよ?」
「お前はそうでも!俺はそうじゃないっ!!」
マズい、このままじゃコイツのペースに呑まれる。
そう頭の片隅では理解しつつも、ツッコむことを止められない慧人であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ていうかさ、お前ホント一体なんなの?」
空から降ってきたり、変な服着てたり、人類ではあり得ないほど頑丈だったり、極めつきには未来から来たと言って現実世界にはない名称を名乗る。
どう見ても人間の、それも黒髪黒眼の日本人の女の子にしか見えないが、もうここまで来たらある程度認めざるを得ない。
コイツは、少なくとも現代人類ではない。
「なんなの、と言われましても」
彼女はまたしても小首を傾げる。
「それは誰よりもマイマスターがご存知のはずではないですか」
「だから!俺自身が体験してねえ未来の話なんて分かるわけねえだろう!」
「あーまあ確かに、時空遡行システムがなければ未来のことも見に行けませんものね」
「……なんか今すっげぇ謎な納得の仕方したな、おい」
「かと言って時空遡行システムが完成する2060年代まで待てというのもなんですし」
「いやタイムマシンってあと40年で実用化されんの!?」
某漫画では確か23世紀の技術の結晶だったよな!?
「されますね。正確には2069年ですから47年後です」
「されるんだ……」
「ちなみに私がこの時代に来るのに使ったタイプは2102年になって完成した“最新型”です。これすっごいんですよ!到達座標軸設定に日時だけじゃなくて時間や場所まで指定できるんですから!」
えっへん、と我がことのように胸を張る少女。
だが、それにしちゃおかしくないか?
「じゃあなんであんな上空から落ちてきたんだよ」
「あーそれがですね、最新型なもので私の中に取扱説明書が登録されてなくてですね」
「……………………なんて?」
「研究所から盗み………コホン、拝借する時に一応一通りは読んだんですけど、設定手順に不備があったらしく⸺」
「待て待て、盗んだって言わなかったか今!?」
「それでですね、座標軸設定を誤ったらしくて上空1500メートルに出現しちゃいまして」
「おいスルーすんな!いや『てへ』じゃねえ!」
「座標は合ってたんですけど、ちょうどその場所にマイマスターが存在する瞬間に指定されちゃったみたいで」
それで声をかけて立ち止まって貰わなくてはならなかったのです、と少女は言った。
つまり要するに、あの時上空から声をかけていなければ、慧人は歩き続けて彼女が落ちてきたあの瞬間にはあの場所に立っていたはず、ということらしい。
「……………ちなみに、声かけてなかったらどうなってたんだよ?」
「えっとですね、マイマスターの頭上に私が墜落してました」
「いや怖ぇな!殺す気か!?」
「マイマスターが死んじゃうだけならまだいいんですけど、あの時まだ時空遡行直後で私が時空の歪みを纏ってたんで、この時間軸のマイマスターと未来の時間軸の私とが接触していたら、対消滅が起こってこのあたり一面吹き飛んでました♪」
「とんでもねえことをサラッと言うな!」
「でも事実なので」
対消滅とか、またしてもSF用語だし。
そういうのはフィクションの中だけでお願いします!
言い忘れてましたが設定上は2022年の5月の出来事です。本当は去年のうちに投稿する予定で、仕上がらないままズルズルと行っちゃいそうで見切り発車しました(爆)。
ジャンルはSFと迷ったんですが、SF要素は本題ではないので一応ローファンタジーで。
ご意見ご感想、評価、ブックマーク、いいねなど、もしよろしければお願いします。ローファンタジーは20ptあればランキングに載るので、何卒。