02.唐突な出会い
「あの、先輩」
大学のキャンパス内、教室棟と事務棟を繋ぐ歩道を歩いていた慧人は後ろから声をかけられて振り向いた。その目に飛び込んできたのは、ひとりの美少女の姿だった。
美少女、いやもはや美女と言って差し支えないだろう。均整の取れたプロポーションに背中まで伸びる長く艷やかな亜麻色の髪。日本人離れした白皙の美貌と薄い水色の瞳は西洋人形を思わせる。
そこに立っていたのは安心院アンジェリカという少女だ。日伊ハーフの、読者モデルから頭角を現して今ではすっかり女子高生の間でカリスマ的な人気になっているモデルで、慧人の大学での後輩だ。
そして彼女は未蕾の親友でもあり、その繋がりで慧人ともある程度の親交がある。
「あの、未蕾ちゃんのお葬式行けなくてごめんなさい」
申し訳なさそうにアンジェリカは頭を下げた。その当日はどうしても外せない撮影があったらしく、彼女は親友の葬儀に参列することが叶わなかったのだ。
「ああ、いいよ。アンジェは忙しいからな、未蕾もちゃんと分かってくれてるよ」
というかアンジェリカは大学に姿を見せることさえ最近は減ってきている。雑誌だけでなく最近はラジオやTV出演の仕事もちらほら増え始めていて、いよいよ本格的に芸能界入りするのだろうと慧人の周りの彼女を知る人たちの間で噂になっていた。
「でも、それでも……」
「落ち着いたらさ」
なおも申し訳なさそうなアンジェリカの言葉を慧人が遮る。
「一緒に未蕾の墓参りに行こうよ。未蕾もきっと、喜ぶと思うからさ」
努めて穏やかに、慧人は微笑んで見せる。脳裏に「アンジェちゃんはすっごい美人だから、先輩はあんまり近付かないで下さい!」と拗ねていた未蕾の膨れ面が蘇る。そうして可愛らしく嫉妬する彼女も本当に愛おしかった。
大丈夫、確かに美人だけど彼女には未蕾ほどの魅力は感じないよ。だから今後も、単なる先輩と後輩でいられるはずだ。
「……っ、はい!是非ご一緒させて下さい!」
パッと華やぐような笑顔になってアンジェリカが微笑む。未蕾にさえ出会わなければ、きっと慧人もこの笑顔の虜になっていたのだろう。
アンジェリカはもう一度頭を下げると、背を向けて教室棟の方へと駆け去って行った。
「おいおい、アンジェちゃんとデートの約束?」
「マッキーか。そんなんじゃねえよ聞いてただろ」
そこへやってきたのは悪友のひとり、内牧だ。キャンパス内外で爽やかなイケメンと噂されてよくモテる男だが、本人にその自覚が全くないあたり罪なヤツである。
「まあ聞いてたけどさ。ふたりっきりじゃなくて他にも誰か呼んだほうがいいんじゃない?」
じゃないと変に噂になっても困るだろ?と内牧は笑う。確かにそうだが、言外に自分を呼べと言っているのが丸分かりだ。
「そうだな。てかお前来いよ」
「えっ、俺?まあいいけど」
わざとらしく笑う内牧。
それを見て慧人は一言付け加える。
「ついでに内之浦も呼ぼう」
「えっ、アイツもかよ!?」
内之浦もやはり慧人の悪友のひとりで、高校時代には球児として鳴らした男だ。甲子園にも出場経験があるそうだが、残念ながらプロのスカウトの目には止まらなかったようで、今は野球も引退して慧人や内牧たちとキャンパスライフを謳歌している。
体格がいいからそこそこモテてはいるが、本人が全く女慣れしていなくてむしろ逃げ回っているらしい。内牧とは真逆のタイプだ。
「あっじゃあさ、美々津っちゃんも呼ぼう!」
「いやそこまで行ったら“いつものメンツ”じゃねえか!」
「いいじゃん、みんな未蕾ちゃんと仲良しだったんだからさ」
そう言われれば確かにそうだ。未蕾は慧人とは違って友達が多かった。男子にも女子にも、多くの人に愛されたのが未蕾という少女だった。
だが何となく、未蕾の墓参りというより普段の遊びの延長のように思えてしまうのは何故だろう。
「……まあ、いいけどさ」
「じゃ、みんなで予定を合わせて日程決めよう!調整は任せた!」
「あっおい、こら!」
内牧は言いたいことだけ言ってしまうと、慧人の制止も聞かずに行ってしまった。相変わらずマイペースというか、何というか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
大学の講義を終えて、慧人は夕方には安アパート近くまで帰って来ていた。今日は元々バイトは休みなので、このあとの予定は何もない。
最寄り駅で電車を降り、駅を出て夕暮れの住宅街を自宅へと歩く。この道も未蕾と何度も歩いた道だ。それを思い出すたびに哀しみがこみ上げるが、もはやそこにしか未蕾はいないのだから辛いところだ。
そして、部屋に戻っても彼女との思い出が溢れているのだからいたたまれない。
どうやら墓参りに行けるようになるには、まだかなりの時間が必要そうだ。アンジェには悪いが、しばらく待って貰わないとダメかも知れない。
そんなことを思いながら、高台の安アパートに向かう坂道を登る。登りきった先に見えるのが慧人の借りているアパートで、もう50mもない。
その時である。遠くから人の声が聞こえてきた気がしたのは。
「?」
周りを見渡しても向かってくる人の姿はなく、誰か話しかけてきたというわけではなさそうだ。元より駅から少し離れた夕暮れの住宅街、ちょうど帰宅ラッシュの合間の時間帯で人影はまばら、知り合いがいる様子もない。
気のせいかと思って再び歩き出そうとした慧人の耳に、今度ははっきりとそれは聞こえてきた。
「わああああああああ!!」
若い女性の、それは叫び声。
ギョッとして立ち止まる。声の聞こえてきた方向がおかしい。
「止まってくださぁ〜〜〜い!そのままっ!そこでっ!動かないでっ!」
思わず空を見上げる。
その声は確かに、頭上から降ってきたのだ。
「えっ何!?」
見上げた慧人の目に飛び込んできたのは、空から降ってくる女の子。
唖然とする慧人をよそに、その女の子はあっという間に高度を下げて慧人に向かって落ちてくる。呆然とする間に彼女は空中でくるりと姿勢を翻し、慧人の目の前数mといった地点に、器用に足から着地した。
ドゴオオォォォーーーーン!!
何やらものすごい重量物の落下音。空気がビリビリと震え、目の前のアスファルト路面にビキビキとヒビが走る。というかちょっとしたクレーターみたいになってしまった。
その光景と、クレーターの底でしなやかに膝を曲げ、片手をついて華麗に着地した女の子の姿が釣り合わない。
何が起こったか分からずに唖然とする慧人をよそに、彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、手早く服のホコリを払う仕草をして、そして慧人へと向き直ってへら、と微笑った。
屈託のない、満面の笑み。初対面なのにも関わらず、慧人にはそれが自分だからこそ向けられた顔なのだと、何故か理解できた。
「慧人さん、⸺松橋、慧人さん、ですよね」
名乗ってもないのに少女は慧人の名を正確に言い当てた。
「ようやくお会い出来ました!お久しぶりです、マイマスター!」
そして満面の笑顔のまま、彼女は確かにそう言ったのだった。
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……いえね、あまりに読まれなくてローファンタジーから現実世界恋愛に鞍替えしたのです……そうすりゃちょっとは読まれるかなあと思って……(;∀;`)