19.夜の下町
店の女主人がエレンの名前に態度を変えた。
「そうだエレンは若い娘だ!ご婦人エレンを見たのか?教えてくれ」
「いや、前に郵便局で親切にしてもらったんだよ。ジョニー、レッド、何とか探せないかい?」
「そうだな、旦那、金は出せるな」
「もちろんだ」
「秘密は守れるか?」
「守る!見つかるなら余計な詮索はしない、名に誓う!」
「よし、誰か情報屋のトムを呼んで来い。ベンの酒場にいるはずだ」
トムは帽子を被った小男だった。アンドリューとレイモンドは必死で状況を説明すると…
「メイドの女を見たヤツはいる。この辺では珍しいから覚えてらしい。目立つ黒いドレスの黒髪の美人と一緒だったと」
「旦那様」
「…ドロシーか、あいつの仕業だったのか」
さらにトムの話をきくと場所は8番地に絞れた。
「レイモンド、警備隊に連絡を、私は先に向かう」
アンドリューはトムに言われたままの金額を払うと、赤毛の男に声をかけた。
「貴方方にも、お礼を」
「いらねえよ、ここんとこ人探しがよく来たが、自分で来たお貴族様はあんただけだ、無事だといいな」
「一杯奢る時間もないので、その分なら受け取ってもらえるか?」
「そんくらいなら、ご馳走になるぜ」
アンドリューは多すぎない額を置き、頭を下げた。
「エレンさんを必ず助けてよ」
女主人に念を押される。
「ああ、命に替えても」
「それはだめだよ、2人でまた来ておくれ」
「…約束する」
◇ ◇ ◇
エレンは絶望的な状況にいた。
部屋の窓は割れている、明け方に暖炉の割れた煉瓦を投げて割ったのだ。そこから鳥の形に折った手紙をアンの風魔法で外に送った。「けいびたいにしらせて」と読みやすい字で書いて。
しかし、食事を運んで来た男が割れた窓に気づいてしまい、ドロシーを呼んで来たのだ。
ドロシーの手には短剣が握られている。
「あんたたち、何かしたわね」
「ドロシー様、街角のあちこちに警備兵がいて、今夜の移動は無理だ」
「く、あんたたちのせいで!」
ドロシーが短剣を振りかざして襲ってきた。扉には男が立っていて逃げられない。
「きゃああぁ!」
転んだアンにドロシーが近づく、「アン!」アンを庇うエレンにドロシーが短剣を振り下ろした。
パシッ!と大きな音がした、エレンの指輪の守り石が発動して短剣をバラバラにしていた。
「うぐっ…」
ドロシーが腕を押さえる、短剣のカケラが刺さり血が流れている。
「畜生、魔法なんか…。もういい、ボブ!火をつけて逃げるよ。時間が稼げるはずだ」
「なんですって!」
ドロシーは扉に鍵をかけていった。
エレンとアンが交代で扉に体当たりするがびくともしない。
「どうしたら…」
扉の隙間から白い煙が入ってきた。もうすぐ火の手がまわる、2人に逃げ場はなかった。