12.更に思わぬ事態
数日後、執務室で満面の笑みを浮かべたアンドリューが待ち構えていた。物凄く嫌な予感がする。
私が椅子に座ると彼は一通の書類を広げた。
「昨日急ぎで作らせた」
「雇用の書類ですか」
「俺たちの婚姻の受理証明だ。届けにエレンのサインはあったから、俺のサインをして証人は箔がつくようフィリップ王子に書かせた。色々貸しがあるし」
第二王子に簡単にサインさせないでください!
いや、今の問題はそこじゃない。
「俺たち??」
「うん、俺とエレン」
「なんで勝手に婚姻届出しちゃったんですか〜〜」
「だってエレンは自分の意思で伯爵家に嫁いで来たよね」
「あの時とは状況が違います」
「それってあのジェームズならOKで俺だとダメってこと?」
「そんな事言ってません」
「本当の事言って、俺のことが嫌いなのか?」
「ち、違います」
「良かった、まあもう受理されてるから、ダメと言われても夫婦だけどね。ちゃんと毎月伯爵夫人への手当は払うから安心してくれ。俺はこれから領地に向かうから詳しい話は戻ってからにしよう」
嵐のようにアンドリュー様が去り、扉の横に控えていたレイモンドが入ってきた。
「レイ、知っていたわね」
抗議の眼でレイを睨んだがレイは目を逸らし言った。
「何と申し上げたらいいか。ともかくおめでとうございます、奥様」
返す言葉が見つからず黙り込む。
「アンディ様は苦労してきたのでかなり屈折してますが、エレン様を気に入ってのことですから」
「まさか」
「本当です、アンディ様には心を許せる相手が必要です。ちゃんと話し合ってくださいね」
「…善処するわ」
話し合いというか、説明してもらわないと気がすまない。
昼に食堂に下りると使用人たちが口々に
「奥様、おめでとうございます」
と声をかけてくる。お辞儀をして行きすぎようとするアンを捕まえる。
「まあエレン様、奥様らしくなさってください」
「そういうのいいから教えて、みんなは前から知っていたの?」
「うん、前の伯爵が川に流されたって聞いた後かな、アンドリュー様が爵位を取り戻してエレン様は伯爵夫人になるから、そのつもりで接するようにって」
「…私は今日初めて聞いたのだけど」
「ええー!そうなの?でもアンドリュー様なら見た目もいいし、仕事もできるし文句ないじゃない。今度はちゃんとした伯爵夫人様よ、おめでとう。二人だけで執務室にいても、邪魔しないようみんなで気をつかっていたのよ」
いや、思い切り邪魔してくれてよかった。
「ただ一緒に仕事してただけ、甘い関係じゃないの」
「アンドリュー様の片思いかな」
「ありえない…」
「エレン様は魅力的よ、自信を持った方がいいわ。それに頭もいいと思う、執務室の書類なんて私には呪文みたいに見えるもの」
慰めるようなアンの言葉に私は力なく微笑んだ。