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2. そんな者はこの世におりゃあしません

 結論から言うと、この騒動、ジュリエットが襲われたのではなかった。

 襲われかけたのは王宮、もっと言えば王妃である。


 ちょうどこの日の午後、王家は長年さまざまな不正を行っていたサン・ラザール公爵を拘束した。

 そして、息子たちが父公爵を奪還しようと私兵を王宮の裏手に集めていたところに、たまたまジュリエット達が突っ込んでしまったのだ。

 馬車で後から来たのが長男と次男、兵を集めて先行していたのが三男。

 王宮の裏手から侵入し、王妃や王女達を人質にとって、公爵の解放を要求する計画だった。

 だが、抵抗らしい抵抗もできずに、全員無事逮捕できたそうだ。


 そういえばサン・ラザール家周辺が妙だとかなんとか、御者溜まりで聞いた聞いたとバートは遠い目になり、ジュリエットは「よかった、他の令嬢を襲わせるような悪役令嬢はいなかったんだね!」と謎な喜び方をした。

 男爵家に戻ったジュリエットとバートは男爵夫妻にしこたま怒られたが、王家から後で褒賞があるとのことで、バートは首にならずに済んだ。




 一週間後、国王みずから褒賞を行うということで、2人は謁見の間に呼び出された。

 ジュリエットは一張羅のドレス、バートはこれまた一張羅のお仕着せ姿だ。

 男爵夫妻と田舎から駆けつけた先代男爵に連れられて登城し、豪奢な謁見の間に向かう。

 貴族に仕える身であるが、館の中になど入ったことのないバートは、身の縮む思いをした。

 いくらなんでもキラキラしすぎだ。

 かちんこちんになっているバートに、ジュリエットが大丈夫だよと言わんばかりに頷いてみせるが、その顔もだいぶ引きつっている。


「国王陛下、御入来!」


 教えられた通りに跪いていると、国王と王妃、王太子が壇上に入ってきた。

 進行役の侍従に、立ち上がって顔を上げてよいと言われて、顔を上げると、国王と王妃は玉座に着席し、王太子はその脇に立っている。


「フォルトレス男爵家ジュリエット、および御者のバート。

 この度は、大儀であった」


「「キョウエツシゴクに存じます?」」


 教えられた通り、ジュリエットとバートは声を揃えて口にする。

 かろうじて噛まなかったが、緊張しすぎてこれでいいのかわからなくなり、疑問形のようになってしまった。


「望みのものを褒賞に取らすということで、事前に訊ねたが……

 まず、御者のバート。

 『レディ・ジュリエットに、誠実で将来性のある夫君をご紹介ください』か。

 これで相違ないか?」


「ははははい!

 なにとぞ、嬢様に確かなお方とのご縁を!」


 バートは、がばっと110度くらいの勢いで頭を下げた。


「二度とない機会に、みずからのことよりも、あるじの幸せを願うとは。

 忠義である」


「よ、よろしゅうお願い申し上げます!」


 うむ、と国王は重々しく頷いた。


「そしてジュリエット。

 そなたは『誰とでも結婚できる券』か」


 国王は、ちらりと王太子の方を見やった。

 誰とでもと言うからには、まだ婚約者の決まっていない王太子の妃になりたいということなのだろうか。


 そう来ると思っていなかった王太子アルフォンスは、少し驚いてジュリエットを見つめた。

 徐々に、その美しい顔が上気していく。


 確かに礼儀作法はアレかもしれないが、ジュリエットの愛らしさ、強さ、そして急場をしのぐ機転。

 男爵家の生まれとはいえ、公爵家あたりがいったん養女にして後ろ盾になるのなら、伸びしろ込みでアリ寄りのアリだ。

 偶然とはいえ、彼女の活躍がなかったら、母や妹達が悪漢の手にかかっていたのかもしれないのだ。

 控えめに言って、大恩人でもある。


 というか、この王太子、これはと思う令嬢に縁談を持ちかけても、顔がよすぎるのが災いして「麗しの王太子殿下の隣に立つなど畏れ多くて無理無理無理!」とガチで断られまくっているのだ。

 もし、ジュリエットが自分との結婚を望んでくれるのなら──


 アルフォンスは、長い長いトンネルの出口がようやく見えた気がした。


「どういうものか、具体的に説明してもらいたいのだが」


「はい!」


 きぱ!とジュリエットは胸を張った。


「おばあちゃんが亡くなる少し前に、言われたんです。

 あ!私が8歳の時に、おばあちゃん、亡くなっちゃったんですけど……」


 これ、話が長くなるヤツだと一同覚悟した。


「身分とか、お金とか、色々あるけれど、やっぱり自分のことを本当に大事にしてくれる人と一緒になるのがいいんだよって。

 おばあちゃんはおじいちゃんに、いっぱいいいっぱい大事にしてもらったって。

 辛いこともあったけれど、やっぱり幸せだったって。

 ジュリエットもそういう人と結婚できるといいねって」


「マルグリットが……そんなことを」


 先代男爵が目元をハンカチで押さえる。


「そっからのろけ話が4時間くらい続いて、ほんとしんどかったんですけど」


 ジュリエットはその時のことを思い出したのか、すっと無の表情になった。

 8歳の子供には、まあまあ辛い経験だっただろうと、愛妻との思い出に浸っている先代男爵を除いて、皆同情する。


「で! 今度のことで、色々考えたんです。

 バートって、私のこと、すっごく大事にしてくれてるなって思って」


「「はいいいいいいい!?」」


 壇上のアルフォンスとバートの声が揃った。

 まさかのそっち!?と、どよめきが謁見の間に広がる。


「バート、私じゃダメ?」


 ジュリエットはバートの方を向くと、きゅるん♪と上目遣いに眼をあわせて言った。


「えええええええええ!?

 嬢様、なにたわけたことを言いよるんですか!?

 あっしは男爵家の馬丁、魔力も学問もなんもない、ただの御者やないですか!?

 それに年も嬢様よりだいぶ上やし、こんなむさくるしい髭面やし!?!?」


 国王の御前ということも忘れ、素の言葉で言い募りながら、バートはあわあわと後ずさりする。


「髭面なのは肌が弱いから、カミソリで剃ると荒れちゃうからでしょ?

 それに私、お髭嫌いじゃないし」


 ずいいっとジュリエットは空けられた距離を詰める。


「いやいやいや、身分身分身分!!!」


 髭が良くても、そっちが肝心だ。

 ぶんぶんぶんとバートは首を横に振った。


「そうだそうだ!

 いくらなんでも御者などと!」


 あまりのことに、こちらも御前だということを忘れたか、男爵が声を荒げた。

 父親らしいこともろくにしていないのに、こんな時だけ出てくる男爵にイラッとしたのか、ダン!とジュリエットが床を踏み鳴らす。

 一同、ひあ!?と声が出そうになった。


「だーかーらー!

 ここを陛下になんとかしていただきたいんです!

 陛下のお力で、バートと結婚しても、男爵家の恥とかどうとか言われないようにしていただけませんか?

 そういうの、ほんとめんどくさいんで」


 ジュリエットは、今度は国王にきゅるん♪をキメた。

 不意打ちのきゅるん♪にハートを射抜かれて、国王が軽くのけぞる。


「わ、わかった。

 審議しよう、審議審議審議……」


 動揺したまま、国王は王妃と王太子、それから侍従を呼び集めた。

 王妃につねられでもしたか、国王が「あうち!」と妙な叫び声を上げたが、待機中の男爵家一同は全力で聞こえなかったことにする。


 ややあって相談がまとまったのか、それぞれ元の位置に戻り、国王がこほんと咳払いをした。


「要は、男爵令嬢が嫁いでもおかしくない立場にバートを据えれば良いのだ。

 まずはバートに名誉騎士の称号を授け、御料牧場の副支配人に任じよう。

 今の支配人は、そろそろ引退したいが後継者に適した者がいないと言っている。

 引き継ぎが巧く行けば、バートが支配人だ。

 ま、2、3年後というところか。

 支配人が難しいようであれば、また考えよう」


 御料牧場の支配人といえば、一代男爵の爵位も与えられる名誉ある立場だ。

 男爵家の雇い人という立場を考えれば破格の褒賞に、男爵夫妻と先代男爵は腰を抜かした。

 しかも、巧く行かなかったら別の手段を考慮する褒賞など、聞いたことがない。


「それなら黒王号ものびのび暮らして、お嫁さんをじっくり探せますね!

 さっすが陛下!」


 ジュリエットは無邪気に拍手し、「王妃様、王太子様、ありがとうございます!」と頭を下げた。


「いやいやいや、あっしは馬の世話は得意ですが、そもそもがくちゅうものがないんですよ!?

 帳簿をつけたり、人を使つこうたりする立場なんぞ、無理無理無理無理!!」


 バートは泡を食って辞退しようとした。


「いや、管理業務には別の者をつける。

 君には、優れた馬を育てることに集中してほしいんだ」


 アルフォンスがフォローする。

 ようやく見えたと思ったトンネルの出口が秒で崩落してしまったが、さすがは王太子。

 内心号泣しつつも、表には出していない。


「そないなこと言われても、どないせえと……」


 弱り果てたバートは、がくりと膝を突いて、もう半泣きだ。

 そんなバートに、ジュリエットはそっと近づいて顔を覗き込んだ。


「だったらさ、バートより私を思ってくれる男の人、連れて来てよ」


「ほへ?」


 ジュリエットの言葉の意味がとっさに掴めずに、バートは聞き返す。


「私は、私のことを一番思ってくれる人と結婚したいの。

 そんなにダメだって言うんだったら、バートよりも私を思ってくれる男の人、連れて来てよ。

 そんな人、いる?」


 なにを言われているのか、ようやく悟ったバートは呆けたような顔でジュリエットを見上げた。


 相手は主家の令嬢。

 最初は話しかけられても、逆に迷惑に感じていた。

 だが、次第にジュリエットの境遇に同情するようになり、手が届かぬ相手と知りながら可憐な愛らしさが心に染みてきて──


 バートは図体はデカいが、臆病なたちだ。

 あの死地を乗り越えられたのは、ただただジュリエットを無事に逃したい、その一心だけだ。

 身分がどうであれ、この気持だけは誰にも負けない。


「……おりゃあしません。

 あっしより、嬢様を思うとる者なんぞ、この世におりゃあしません。

 あっしが一番いっち、嬢様のことを大事に大事に思うております」


 バートは、心の底を絞り出すように言葉にした。

 こらえきれず、「旦那様、大旦那様、申し訳ございやせん」と男泣きに泣きむせぶ。


 これはもう、仕方ないと男爵夫妻も諦めて頷いた。

 先代男爵はとっくの昔にうるうるだ。


「でしょ?

 だから、結婚しようよ!」


 うれし涙できらめく眼でジュリエットは言うと、むぎゅっとバートに抱きつく。


「……あい!」


 バートは幾度も頷き、やがてジュリエットの背にたくましい腕がおずおずと回された。




 翌年、御料牧場でジュリエットとバートの結婚式が行われた。

 王太子アルフォンスはお忍びで出席し、お忍びと言いながら披露宴ではなんでか友人代表としてスピーチまでした。

 新郎新婦の了解を得て、ジュリエットの熱いプロポーズを再現した自虐混じりのスピーチは、出席者の笑いと涙を誘い、大変な評判になった。

 自身の縁遠さをネタにしたのが逆に効いたのか、アルフォンスも某公爵令嬢と無事結婚できた。


 予定通り、バートは御料牧場の支配人となった。

 ジュリエットとバートは2男3女に恵まれ、生涯仲睦まじく、馬と共に暮らした。

 2人の手によって、黒王号の子どもたちを含む優れた馬が数多く生産され、今も大陸の名馬の血統表に名を連ねている。


ご覧いただきありがとうございました!


この作品、秋月忍先生の「男女主従祭」企画に参加させていただいております。

下のバナーから、他の作品もぜひご覧ください!


ついでに言うと、この作品は拙作「王太子アルフォンスが雑な扱いを受ける中編とか短編」シリーズの第11作目です。

美形王太子アルフォンスが水に流されたり、345回ナレ死したり、せっかく結婚したのに3ヶ月も同衾させてもらえないとか、雑な扱いを受けております…

メインヒロインはジュリエットではありませんが、ジュリエットもほぼ毎回出てきますので、お時間ありましたらぜひ!

 新作「王太子の婚約者に呪いをかけた魔女は、泣きながら逃走する」(https://ncode.syosetu.com/n7111ht/)も投稿しています。

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[一言] いいやん。こういうの。 ピンク髪の男爵令嬢だからって必ずしもヒロイン化して王太子を狙う必要は無いのだよ、うん。 荒んだ心がかなり浄化されました。 ありがとうございましたw
[良い点] この作品を機にシリーズ全編読みました! 面白かったです(*^_^*) 初読の時とシリーズ読んで王太子の残念さを知ってからではまた違う面白さでした。 ありがとうございます!
[良い点] アルフォンスさんまだひでいめに合い続けていたのか~!!新作読みます!! 自虐が持ちネタになるとは、いいのか王子。 逞しい女子が心優しい男に迫るのはよいものですね!! いいもん読ませて貰いま…
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