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本の森と騒がしい嵐

作者: とがの丸夫

 私にとって学校の中での楽しみは少ない、その中で一番と聞かれれば本を読むことだと答える。

 教室の友達や部活の先輩との交流が嫌いなわけじゃない、話すことも楽しいけどそれと同じぐらい疲れてしまう。


 だけど本を読むことはいくら続けても疲れることはなく、読めば読むほどに楽しくなっていく。

 ページを捲ると鼻にかかる微かなインクの匂い、ちょっと埃っぽいとも言えるけどそれを感じてると少し落ち着く。


 ちょっと嫌なことがあっても、本を読んでいるといつの間にか忘れてしまうぐらい、本は私にとって心の拠り所になっている。

 ここだけは学校という閉鎖的な社会の中にある私の世界、紙とインクで作られた無数の世界と繋がることができる本の森。


 だけどここは私だけの世界じゃないから、たまに迷い人が来たりするけど、大抵は森を騒がせることもしないで同じ世界を享受する。

 私と、私以外の誰かが静かに奏でる本の森の演奏を音楽にしたりする。


 私の、私達の楽園、この時間が有限であること以外を除けばこれ以上ない世界。


 だけど、最近そんな森の世界に嵐がよく来るようになった。


 どうしてか、その嵐は私の上にだけやってくる。

 今日もやってきそうな空模様だと一人思いながら、他の住人に被害が及ばないよう人のいない所に移動する。


 そこなら多少嵐がうるさくても周りの人には届かないだろうと、一人安心していると嵐がやってきた。

 やってきた嵐は少し森の中を彷徨い、標的を見つけたようで私の方へ一直線に進んでくる。


 私は逃げることもできず、今度の晴天はいつなのだろうかと思いならが本を閉じる。


 嵐を見ればそこにいるのは平々凡々な男子生徒、いつも誰かと一緒にいるけど、特定のグループに入っているような印象もない人だった。


 いつからかは覚えていないけど、彼は定期的に図書室に来ては私を捕まえて話し始める。


 最初のうちは図書室だから静かにと言ったけど、声量を抑えただけで止まることはなかったから諦めるようになった。


 何か注意をしても適当な言葉を並べて逸らされるのが常だった、だから私は小言を言う程度にしか言えなくなっているのが実際のところだけど。


 彼が不愉快な人間だったら無視もできたし、リーサルウェポンである図書室の先生も発動したかもしれないけど。


 よく言えばいつも笑顔、悪く言えばへらへらとしている彼との会話は苦にならなかった、正直に言えば楽しいとも言えた。


 それは彼が他の人のように勝手なイメージで話してこないからだった。

 私が言ったことはそのまま受け取ってくれるし、訂正をすれば素直に受け入れてくれる。


 話が途切れてなんとも言えない間が訪れることもなく、ゆっくりと会話が進んでいく。


 他の人と話していた時とは違って、図書室と自分で言っておきながらも私が話すことも多かったりする。


 多分だけど彼はそういった線引きが上手なのだ、多分特定のグループにいないように見えるのも、色々な人と話しているように見えるのも、


 彼のそういった所が理由の一つなのかもしれない。


 そうしてどちらから会話を切ったわけでもないのに、いつの間にかお互いに本を静かに読んでいる。

 これも彼とのルーティンになっているようで、少し考えるとおかしく思えて静かに笑ってしまう。


 お互いに紙を触ったときの擦れる音、紙同士が擦り合わされる音が断続的にお互いの存在を主張する。


 彼の方を見ることはしないけど、紙の音が彼がそこにいることを教えてくれる。


 一人で読んでいる時とまた少し違った感覚、本の世界に深く繋がっているはずの私の世界から、一本の糸が風で揺れている。

 まるで別の世界へ繋がろうとしているように、触れられない空間を泳いでいる。

 もどかしいような、弾むような。それをいつまでも感じていたいと思えてしまう。


 雨の中で開いていた傘を畳んで。

 嵐に気づかれないように。

 空模様を伺うように。

 静かに顔を上げる。


 嵐が次来るのがいつかはわからないけど、今は静かなまなざしを、陽だまりのようなこの嵐を、ここにとどめておくことができないかな。

 小説の主人公やヒロインのように、自分の感情に気が付かないなんてことはない。


 彼が他の異性と話しているのを見ると起きる、胸のむずがゆさの理由を、彼と話しているときの緊張感の理由を。

 私はそれ以外での説明ができない


 彼との会話も、この空間も、今の私には必要な世界だ。

 いつか彼にもそう思ってほしい。


 あまり興味のなかったそういった物語の本も読んでみようかな、読んだところで参考になるかわからないけど。

 でも頑張ってみよう、嵐が晴れないように。


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