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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第九十九話 捧げて、未来を




 国連軍による上陸作戦は極めて静かに開始された。

 元よりクルセイダースも上陸を阻むことはしない。上陸を阻止するために砲撃をすれば、艦船もろとも沈めてしまう危険性があるからだ。


 航空戦力をピンポイントで打ち抜ける奏と黒兎を上空に回している分、こればかりは避けられないことだった。


 もっとも、昂が全快で協力を惜しまなければ異なる作戦を取ることは可能だったが。


 春秋はそれでもなお桜花を守るべく待機している。

 春秋を戦場に出さなければならない――それは、桜花を無防備に晒すとも同義だとユリアは考えている。


 だから、春秋を戦力としてカウントしない。

 重すぎるハンデではあったが、シャンハイズの一人であるフーが助力を申し出てくれたことで光明が差し込んだ。


 国連軍は星華島を東西南北の四箇所から上陸を開始する。

 武装した兵士たちは国連軍の中でも屈指の兵士だ。五名で構成された小隊毎に星華島へ攻め込んでいく。


 けれど、だ。通常兵装で武装した兵士など、クルセイダースの敵にすらならない。


「クルセイダース、突撃っ!」


 待ち構えていたクルセイダースが国連軍を迎え撃つ。


 兵士としての練度は、国連軍が上である。

 「実戦経験を積んだ者」としての練度は、クルセイダースのほうが上であった。


「なんだこいつら、こっちは銃を持ってるんだぞ!?」

「クソ、子供のくせに――」

「こちらブラボー01、応援を――――」


 クルセイダースの少年少女たちは次々に兵士たちを鎮圧していく。

 それも命を奪うわけでもなく、気絶させるだけで済ませている。


 それはもちろん彼らが命のやり取りを拒絶しているのもあるが、単純に武装の差でもある。


 桜式統合兵装:スペリオルは、使用者の意志に応じて様々な武装へ変形することの出来る臨機応変な武装だ。


 統率された少年少女たちは、統一された兵装によって連携すらも大幅に上達していた。

 時守黒兎が師事し、時守シオンが先導する。


 人と人との戦いは困惑ばかりでも、島を守る思いによって彼らは一丸となっている。


「シオンちゃん、こっちは制圧完了したよ。南の方が少し押されているようだからそっちへ!」

「わかりましたっ! 貝崎さんも無理はせずにユリアさんの指示に従って下さい!」

「了解よ!」


 シオンは戦場を駆け抜ける。クルセイダースに所属する少年少女たちの中でも群を抜いた実力者であるシオンは、その実力に恥じぬように一騎当千の活躍を見せる。


 彼女が参戦すれば国連軍はたちどころに制圧され、一陣の風のようにシオンは次の戦場へ向かう。


「ユリアさん、北は現状問題ありません。ボクはそのまま東へ向かいます!」

『待ってシオン。東には仁、南にはフーを向かわせているわ。あなたはそのまま西へ向かって!』

「わかりました!」


 身体強化魔法によって軽くなった身体を駆使し、星華島を縦断する。

 こういう時は星華島が小さくて良かったとシオンは思わず苦笑してしまう。


 無線でユリアとそれぞれの部隊長の報告を聞きながら、シオンは次の戦場に到着する。


『おうシオン、こっちも大丈夫だ! 全部片付けて助けにいってやろうか?』

「流石先輩ですねっ! ししょーほどじゃないけどリベリオンなだけあります!」

『一言余計だっつーの!』


 東の戦場で刃を振るい続ける仁と軽口を交わしながら、西方面で戦っている仲間たちと合流しようとして。


 ――誰一人として、通信に出ないことに気が付いた。


「……草薙さん? ユリアさん、西の部隊は!?」

『待って。五分前に押し返したと連絡を受けたわ。そこから連絡は――』


 ユリアの言葉を遮るように、鋭い殺気がシオンに届いた。

 視線を向けた先に、一人の大男。

 太陽光を反射させる頭部と、日の光を拒絶するサングラスを付けた、筋骨隆々の青年だ。


 星華島のカメラがすぐにその大男の映像を本部へと転送した。

 その青年の姿を見たユリアが、息を呑む。


『……ティエン』

「あの人が、シャンハイズですか?」

『そうよ。……シオン。私はあなたの実力を知っているわ。信じているわ。でも、戦う前に一つだけ言わせて。…………絶対に、無理はしないで。ここで逃げても、誰もあなたを非難しないわ』


 大男――ティエンが大剣を肩に担いでゆっくりと前進してくる。

 よく見れば周囲にはスペリオルの残骸が散らばっていた。

 十名はいたはずのクルセイダースの仲間たちはより遠くへ吹き飛ばされており、かろうじて生きていることだけは把握出来た。


「あなたが、彼らをこんな目に遭わせたんですか?」

「ああ」


 ティエンは余計な言葉を必要としない。これから戦う相手を前に、必要以上の会話など要らないと考えている。


 それはシオンも同様だった。少なくとも、目の前の相手にこれ以上の会話は無駄だとすら判断する。


 両者が構える。


 スペリオルをソード・モードにしたシオンは一歩踏み出せばその刃をティエンの喉元に突きつけられる。


 大剣のカムイ『天神(テンノカミ)』を背負うように振りかぶったティエンもまた、一歩踏み出せばシオンを両断出来る構えだ。


 ――――先手を取ったのは、シオンだ。


「やああああああああっ!」


 身を低く沈ませてからの全速力。スペリオル・ソードで狙ったのは、ティエンの下半身だった。

 大柄で、大ぶりな攻撃をするであろう相手を見てシオンはすぐに相手を翻弄する作戦に切り替えた。


 足を狙えば必然回避を強要できる。シャンハイズのカムイは強力な武器であっても、防御兵装でないことはユリアから聞いていた。


 だからこそ、先手必勝。


 足を狙い、回避をしたら追撃を。受け止めるのであれば急停止と急カーブを繰り返し、死角に回っての攻撃を。

 ティエンがするであろう行動パターンを予測し、次の手を考え、その全てに対応出来る手札を用意する。


 それを可能にするのがスペリオルであり、それを可能とするのがシオンの才覚だ。


「――――っ!」


 スペリオル・ソードがティエンの足を切り裂いた。シオンの身体はそのままティエンを通り抜け、背後に回り込む。


「小賢しい真似をするな。暴れろ、天神(テンノカミ)ッ!!!」

「っ――――!?」


 ティエンはシオンの攻撃に対応出来なかったわけではない。

 シオンの体格を、シオンの速度を、シオンから感じる殺意を。

 戦いにおける事細かな情報全てを総合して、致命ではないと判断し、敢えてその一撃を受けることにした。


 正面からの一撃が故に、足の腱を切るほどの一撃ではなかった。

 片足が失われるほどの威力でもなかった。


 それもそうだ。クルセイダースは元から、命を奪うことを、ましてや無力化する為に後遺症の残る傷すら付けないように考えて戦っていたのだから。


 それ故に、ティエンからすれば稚拙すぎる攻撃だった。


 避ける必要も無い。なぜならば死なないから。

 受け止める必要も無い。殺意も何も感じない相手を前に何を恐怖する必要がある。


 だから、真正面から攻撃を受けて。

 振りかぶった天神(テンノカミ)を、力の限り振り下ろす。


「ちょ、メチャクチャですかっ!」


 振り下ろされた一撃によってクレーターが出来上がり、砕けたコンクリートが宙を舞う。

 天神(テンノカミ)がその機構を発動する。

 無傷な片足を軸として回転し、浮き上がった破片を天神(テンノカミ)で吹き飛ばす。


 砕け鋭く尖った破片がシオンに向けて飛んでいく。ティエンもまた天神(テンノカミ)の加速装置を利用して、破片に飛び込むように突撃する。


「っ、防御を――」


 多すぎる破片を前にシオンは防御を選択した。このまま回避のために大きく移動しても、突っ込んでくるティエンまで回避しきれないと考えたからだ。


 だから、受ける。

 身体強化魔法を全開にして、スペリオルをシールド・モードに切り替えて。


「――――」


 そこでシオンは、自分が思い違いをしていたことを理解した。


 強者との戦闘は何度もある。


 水帝には嘲笑われ、実力をなんも振るえないままあしらわれた。

 地帝には相手にもされず、ただただ振るわれた力を前に膝を突いた。

 光帝には舐められ、結果的にはその隙を突くことが出来たが――闇帝の出現によって、その勝利は事実上有耶無耶となっていた。


 そして、春秋との戦いを経て。

 シオンは初めて、真っ正面から、自分を殺す相手と戦っている。


 故にこの一撃は、時守シオンという少女を殺すための一撃だ。


 ――――――――では、君は何を差し出す?


 眠っていた時に、聞かれた問いを思い出す。

 ただの夢の光景で。でもそれが、夢ではないことを理解していて。

 自分では届かないものだと思っていた、炎が。




「う、おおおおおおおおっ!!!!」


 シオンは咄嗟に後ろへ跳んだ。

 スペリオル・シールドで天神テンノカミを力任せにいなし(・・・)、かろうじて五体満足でティエンの攻撃を防ぐことが出来た。


 いや、防ぐことが出来たというには語弊がある。

 そもそもシオンは完璧に間に合ったわけではない。

 加速されたティエンの一撃はそれほど単純ではない。


 スペリオル・シールドは半壊し。

 両腕は痺れてすぐに戦える状態ではない。


 いなすだけでもこれなのだ。

 もしも真正面から受けていたら、恐らくシオンの身体は両断されていただろう。


「見事な体さばきだ。これほど手応えのないのは久々だ」

「……これが、シャンハイズですか。ははは。あなたたちがいたら、ボクたちもこんな苦しい四年間を過ごさずに済んだのに」


 精一杯に強がって、軽口を叩く。

 これでも少しでも罪悪感が芽生えてくれれば儲けもの。


「マリア様が出撃を命じなかったのだ。星華島はクルセイダースに任せるとの判断を優先し、結果として星華島は今日まで守られている」

「そう、ですね。でも……!」


 外にこれだけの実力者がいたのなら、と思わず毒づいてしまう。

 ずっとずっと、ずっとずっとずっと、大人たちの庇護を求めていたから。


「降伏をしろ、と言うべきかもしれないな。だがそれは却下しろとマリア様に言われている。星華島は魔女によって支配されている。故に、子供たちの言動全てを信ずるなとも。加減をしていい相手ではないとも」

「マリア様マリア様って、あなたの正義はないんですか」

「正義とは、神薙にある。マリア様こそが、私の正義だ」


 こんな問答をしても無駄だというのに、それでもシオンは言葉を吐く。

 目の前の相手が利用されているだけだとわかっているから。

 そしてそれ以上に、このやるせない想いを声に出してしまいたいから。


「ああもう。苛ついた。ものすごく苛つきました」


 痺れる両腕を酷使して、砕けて使い物にならないスペリオルを投げ捨てた。

 そんなシオンのただならぬ雰囲気を察したのか、ティエンが再び天神テンノカミを構える。


「問答は終わりだ。次の一撃で終わらせてやろう。――子供では勝てない相手がいると。世界には圧倒的すぎる理不尽が存在すると教えてやろう」

「……そうやって上から目線だから、真実まで見えないんですよ」


 神薙マリアが死んでいることを、シオンは知っている。

 シャンハイズが利用されていることを、知っている。

 それを戦場で言わないのは、信じて貰えないから。

 それを戦場で言わないのは、子供の世迷い言だと思われたくないから。

 命大事さに、誰かの大切な人を利用する、そんな嘘を吐きたくなかったから。


「それが大人だって言うのなら、大人って本当にくだらないです。大人みたいな考えをしていても、兄さんやししょーのほうがよっぽどボクたちを見てくれます。信じてくれます。――――あなたみたいな、命令だけに従ってればいい人形なんかにボクはなりたくない!」

「誰が人形だ。人がまるで思考を放棄しているかのように。私たちにとって、どれほどマリア様が偉大な御方か理解していないくせにっ!!!」

「その言動が、桜花さんを信じる星華島と何が違うっ!!!」


 空手となったシオンがティエンを睨む。

 シオンの言葉にティエンも怒りを露わにする。


 重い身体を引きずるように、痺れる腕を振り上げて、シオンは天に向かって拳を突き上げた。


 身体の奥底で眠っている、それ(・・)へ語りかける。


「――――炎に誓う」


 幻想の中で、桜吹雪に手を伸ばす。

 掴め、と心が叫ぶんだ。

 この場所にいる者のみが許される。

 この場所に立つ者のみが与えられる。

 この場所に認められた者だけが、掴み取れる。


 幾百幾千幾万の、桜が君を祝福する。


「さあ、可能性(アルマ)を手にしようっ!!!」


 胸の内からこみ上げてくる言葉を吐き出して。

 少女は未来かのうせいを選択する。


「ボクは力を求めて炎を欲する。

 この島を守る為に、ではない。

 くだらない理屈や論理を振りかざし、救いを求める子供を切り捨てる大人たちをねじ伏せるために!

 ボクは助けを求める人のヒーローになりたい。

 ボクの才能にどれほどの価値があるかなんてわからないし、どうでもいい。

 今必要なのは、ここで、この場所を守る為に力が必要だということ。

 捧げられるモノ全部、持っていけぇ!!!


 ずっとずっとずっとずっと、兄さんやししょーが、先輩が、奏さんが、ユリアさんが、桜花さんが背負っていたものをっ!

 ボクも背負うために。命を、誇りを、未来を紡ぐ為に!

 人としての限界を、超えさせろッ!!!


 輝け、煌めけ、轟け――――アルマ・エーテライトおおおおおおおおおおおおおおおっつ!!!!!!!」


 シオンの身体から、蒼き炎が姿を現す。


 その炎は、春秋と、仁と、同じ――――命の炎(アルマ)の力。

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