第九十八話 二日目 星華島包囲戦線 上陸戦
ユリアも次の想定を決め打ちしていた。そして、その予想は見事に的中する。
けれど的中したところで、だ。
相対してわかることは、【物語の管理者】が手を抜いて遊んでいることと。
遊んでもいいほどに、星華島と国連軍の戦力に差があるということ。
そして、嫌がらせが上手すぎる、ということだ。
「ユリアさん、全方位から艦隊が攻めてきますっ。甲板に武装した兵士を確認、数は――」
「ざっくりでいいわ。戦力比を先に報告して!」
「お、おおよそですが……1:100はあります!」
「千じゃないだけマシだわ。クルセイダースを展開させて! 国連軍だけならクルセイダースでも対応出来る。それだけ兵装の性能差はあるわ。だから、シャンハイズの動向を最優先でチェック!」
矢継ぎ早に飛ばされる指示にオペレーターたちは対応でいっぱいいっぱいだ。
とにかく手が足りない。人が足りない。あまりにも過剰すぎる国連軍の戦力を前に、落ち着くことも出来ない。
『神薙ユリア。俺にやらせろ』
「ダメよ。絶対にダメ。彼らは【物語の管理者】に利用されているだけの一般人よ。あなたが手を加えたら、誰も彼もを殺してしまう」
未だ上空では黒兎が奮戦している。終焉の闇の力を最大限に発揮し、迫る航空戦力を撃墜している。
触れるだけで殺してしまう終焉の闇の力。圧倒的な力だが、国連軍を相手するには過剰すぎる能力だ。
黒兎は闇を生み出して巨大な鎌を造り出し、それを振るうことで戦闘機を撃墜していく。 この鎌は、物理的な破壊力を持っていない。器用に鎌を振るい、戦闘機のエンジンだけを貫通し、能力によってその機能を『殺』しているのだ。
それによって戦闘機は推力を失い脱出することしか出来なくなる。死んでいるのがエンジンだけなため、脱出システムは問題無く機能する。
奏が戦線に復帰することも出来るが、どの道黒兎は相手の『武器』だけを殺すことに専念させなければならない。
殺す覚悟がない、と言われればそれまでである。
黒兎は躊躇う様子はない。島を守る為に、殺人の業を背負う覚悟は決めている。
けれどもユリアがそれを止めている。島を守ることも、敵であっても人の命を奪うことも両方を優先させている。
島を守る立場の人間としては甘すぎる判断だ。
もしも、もしもこの戦いがただの侵略だったらユリアも非常な判断を下していただろう。
誰もが敵意を持ってこちらを殺しに来るのであれば、殺される覚悟が出来ていると判断する。
だがこの戦いは、【物語の管理者】によって引き起こされた、謂わば天災だ。
国連軍もシャンハイズも、彼らは利用されているだけなのだ。
人間同士の戦いですらない状況だからこそ、ユリアはその判断を下ろすことが出来ない。
『この方法で俺を封じるのは【物語の管理者】の常套手段だ。お前が覚悟を決めないのであれば、その判断に従おう。だが、七日目すら迎えられずに四ノ月桜花が殺されそうになったら。島の誰か一人でも、殺されそうになったら。俺は躊躇わないぞ、神薙ユリア』
「わかっているわ。誰も死なせない。だからあなたも、空を守ることに専念して」
『……通信を一旦終了する。春秋の手綱だけは手放すなよ?』
黒兎との通信を終えて改めてユリアは指示を飛ばしていく。迫る艦隊を見て戦力を把握し、クルセイダースの配置を決めていく。
懸念するべきは、どのタイミングで【物語の管理者】がシャンハイズのカードを切ってくるかだ。
彼らの実力は知っている。知っているからこそ、彼らとの交戦にはリベリオンをぶつけなければならない。
カムイの性能差で勝っていても、クルセイダースに彼らをぶつけるわけにはいかない。
シャンハイズは、マリアの私兵と謳っているがその実体は暗殺集団に近い。
神薙の為に刃を振るい、研ぎ澄ます。
そして同時に、彼らは『人を殺す』ことに躊躇いがない。
神薙マリアがそう決めたのなら、躊躇う意志を切り捨てる。
だからこそ厄介なのだ。彼らに誰一人として殺させないために。彼らからクルセイダースを守る為に。
特に警戒しなければならないのは序列で常にトップに君臨するフーとティエンだ。
この二人を相手にしたら、もしかしたらリベリオンでも――と思うほどに、彼らは強い。
「大変っすねぇ。お嬢」
「そうよ。大変なのよ。シャンハイズへの対策をしなければならないのに、国連軍の数が多すぎ、て――」
「うんうん。俺も真正面からあの数は相手にしたくないっすからねー」
「フー!?」
「おっすお嬢。シャンハイズ事実上序列一位のフーでございます」
本部に激震が走ると同時に、ユリアはすぐに休憩している奏を呼び出すために緊急通報ボタンに手を掛ける。
時を同じくしてフーの存在に気付いたオペレーターたちもリベリオンへ連絡を入れようとする。
「あー待った待った待った! 今の俺はカムイも持ってないし戦うつもりもなんもない!白旗? 白旗振ればいいか!?」
慌てるフーを見て、確かにカムイは見当たらない。
敵意も何も感じない。それどころか人懐っこい笑顔をユリアに向けているくらいだ。
子供のように無邪気な笑顔に毒気が抜けそうになるが、それでも警戒を解くわけにはいかない。
「何が目的なの、フー。奏はもう呼び出したわ。あと一分もしない内に到着するわ」
「即断即決さすがっすわお嬢! それと安心しましたわ!」
「安心? 何をよ。今のあなたは私たちの敵でしょう!?」
「敵じゃねえっす。シャンハイズは神薙の為にある。お嬢も、神薙です。神薙ユリアを見限る判断をしたババアが、俺はいまいち信用できない。だから来ました。お嬢が本当に操られ利用されているのかを。お嬢が知る真実を教えて貰うために」
「来ました、って。この警戒網を、どうやって……」
「そこはまだガキの集まりっすね。普通に泳いで入れましたわ」
けらけらとフーが笑う。むしろ想定外過ぎる選択だ。確かに包囲する戦艦と、上陸のためにボートが駆り出されるかもしれないと艦隊をずっと警戒していた。
けれど、だからといって泳いで来るとは考えもつかない。その分武装をしていないのだから、当然かもしれないが。
「でもよかったっす。お嬢が操られてるわけじゃないってわかりましたし!」
「フー、あなたねぇ……。私を信じてくれる気持ちは嬉しいけど、証明できないことを単純に思い込んだら判断が鈍ると――」
「証明なんて、お嬢の目を見ればそれだけでわかりますよ。お嬢がガキの頃からずっとずっと、真っ直ぐに未来を見つめていた、太陽の瞳っす。影も差していない、自分の選択を後悔してない目です。俺が惚れた、神薙ユリアそのものです」
一転して、フーが空気を変えた。心臓を捧げるかのように右手で左胸を叩き、片膝を突いて頭を下げる。
「俺は馬鹿だから難しいことはわからねえ。わかるのは、今のババアが間違ってて、お嬢が正しいってことだけです。そして、ババアの判断が神薙の為にならないことくらいもわかります。俺たちは、ガキを殺すために育てられたシャンハイズじゃねえ」
「フー……」
「俺はお嬢を信じます。……他の奴らはババア絶対至上主義だから説得は難しいでしょうが、インがババアを裏切った時点で、なんかそんな感じがしたんすよ」
真剣な眼差しがユリアを見つめる。その言葉に一切の嘘は感じられない。
「無事か、ユリアさん!?」
「お、ナイトさんの登場じゃねえか」
「あんた――って、なんで頭を下げてるんだ。え、ちょ、ちょっと説明をしてほしい!」
駆けつけた奏が状況に困惑している。そんな奏を見てフーは豪快に笑いを飛ばす。
「おいおい小僧。お嬢を守るんだったら俺が頭を下げてようがなんだろうが攻撃一択だろ。そんなんでお嬢も星華島を守れると思うなよ! 自分が守ると決めているのなら、躊躇うな。選択は即断しろ!」
「え、あ、はいごめんなさい」
真っ正面からのフーの言葉に思わずたじろぐ奏。そんなフーを見て、ユリアは思わず安堵のため息を零してしまった。
「フー、あなた……」
「お嬢。今は説明とかは一切要らないっす。一言、ガキの頃の遊びのように、一言を下さい」
「――――。わかったわ」
フーの言葉に、ユリアは微笑みを見せた。その笑顔を見れただけで、フーは満足する。
『ふー、あなたはわたしの"けん"よ! わかったわね?』
『もちろんですぜ。シャンハイズが一席、フー。この身は神薙の為に。この刃は神薙の為に。お嬢の為ならたとえ火の中水の中!』
『そうよ。あなたはずっとわたしといっしょにたたかってくれればいいの!』
『そうですな! じゃあお嬢、決め台詞、お願いします!』
『ええ、わかったわ!』
まだユリアが星華島を訪れる前の幼い日の記憶。
まだまだ子供だった頃の、フーの記憶。
「私に勝利を。私のシャンハイズとして、その身、その命、全てを刃としなさい!」
「了解です、我が主神薙ユリア様ッ!!!」
もちろん、フー一人が星華島に付いたからといって劇的に状況が改善されるわけではない。
だが、それでも。
ユリアにとって、これほどまでに心強い援軍は存在しない。
だって、目の前のフーという青年は。
――――彼女の、初恋の人なのだから。
「あの、俺はすぐに出撃した方がいいですかね……?」
取り残されていた奏は、見つめ合う二人を眺めて呆けることしか出来なかった。




