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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第九十七話 一日目、状況終了




「よくやってくれた、茅見奏」

「あー……さすがに、疲れました」


 日が傾き、夜の帳が下りようとしていた。

 国連軍の包囲は解けていないものの、航空戦力による空域の制圧は逃れることが出来た。

 国連軍もこれ以上の被害を出さないためにと攻撃の手が止んだ。


 そもそも包囲はしているが、艦隊からの砲撃は一切行われなかった。

 これはあくまで予測でしかないが、国連軍の目的は『星華島の制圧』というよりは『利用されている少年少女の救済』なのだ。


 いかに【物語の管理者】によって利用されていても、その根幹は失われていないようだ。


 その為、圧倒的な火力で攻め込むといった行為には至らないのだろう。


「今のうちに休んでおけ。これからの時間に攻め込んでくるのなら俺が出る」

「お願いします、黒兎先輩」


 代わるように黒兎が本部から艦隊を睨み付ける。

 奏からすれば頼もしすぎる存在だ。

 春秋や仁の実力は理解していても、自分と同様に多数を相手にした場合に関して、その二人では黒兎には劣るからだ。


 自分はナノ・セリューヌよる無尽蔵の兵器製造で一騎当千の力を振るえる。

 黒兎は毛色は違うが、終焉の闇(ベンヌ)の力は『触れた』時点で勝ちが決まる。


 もちろんヒトを殺さないように上手くコントロールしなければならないが、黒兎がそんなミスをするわけがない。

 だから、大多数を相手にすることについては春秋よりも黒兎のほうが効率が良い。


 更に言うなら、春秋の力はあくまでも一対一に絞るべきだと奏も黒兎も判断している。


 命の炎は、ナノ・セリューヌや終焉の闇(ベンヌ)すらも凌ぐ出力を誇る。

 無限遠熱変換機構と言われるだけはある。


 その出力で、奏や黒兎が抜けられた場合――桜花に刃が届いてしまう自体を防ぐことに専念して貰うべきだ。


 何より春秋と桜花は愛し合う夫婦なのだ。

 大切な人を守る為に、その力を全力で使って欲しい。


「春秋は?」

「四ノ月桜花と共に自宅にいる。四ノ月桜花が明らかに無理をしていたからな、少しでも落ち着かせるためだ」

「まあ、そりゃそうですよね」


 この戦いは、桜花を中心に引き起こされたものだ。

 国連軍、シャンハイズ、そしてそれら全てを率いる【物語の管理者】の目的が、桜花の殺害だから。


 桜花からすれば一分一秒でも気が休まないだろう。

 自分が原因となって星華島が窮地に陥り、自分のために仲間たちが戦っているのだから。


 自分さえいなければ――などと、最悪な考えにならないでほしい。


「黒兎先輩、昂は?」


 奏が気になったのは、姿を見せていない昂のことだった。

 戦えない身体で何処にいるのか。これ以上星華島を混沌に導くようなことはしない筈だが、それでも彼の行動が気になって仕方がない。


 茅見奏は、誰よりも篠茅昂という少年のことを知っている、つもりだ。

 だからこそ、自分が戦えないというのにフラフラして誰かの神経を逆撫でするようなことはしない。


 無神経に人をからかうのが好きな癖に、大事な場面の見極めはしっかりしている。

 少なくとも、奏は昂を信じている。


「何もしていない。何もする気が無いようだ。へらへらと笑いもせず、淡々とモニターを睨んでいた。今は食事にでも行っているようだが」

「……そうですか」

「気になるのか?」

「いえ、今更昂が裏切るとかは考えてません。でも……結局、あいつの目的ってのが全部明かされてなくて」

「それか。ある程度予想は付いている。だがそれでも一部だろう」


 星華島を襲い、奏に敗北することで協力することとなった昂の目的。

 そもそも昂は管理者の誘いがなければ星華島に協力する予定だったとも語っていた。


 つまり昂の目的とは、星華島の危機とは関係ないところにあるということだ。


「加えて篠茅昂はああ見えてわかりやすい。あいつは自分が決めたことを遂行するために手段を選ばないだけだ」

「それは、そうなんですが」

「だから、だ。あいつは『自分が敵対しても問題ない』と判断して敵となった。その結果、俺たちに変化が起きた」

「変化……?」


 奏は思い当たる節がなかった。

 死んだ筈の昂が敵として現れただけでも混乱していたが、多くを語らず煙に巻く態度は相変わらず誤魔化すことが天才的だ。


「篠茅昂が現れてから起きた出来事とその結果を考慮すれば比較的到達しやすい」

「はぁ……」

「まだわからないのか? お前もその恩恵を受けているのだが」

「えっ」

「篠茅昂の目的の一つは、星華島の戦力の増強だ。それもクルセイダース全体の底上げに加えて、俺たちリベリオンひとりひとりの強化もしている」


 荒唐無稽すぎる、突拍子もない解答に奏は思わず思考が止まった。

 そんな馬鹿な、と否定しようとしてもすぐに否定出来なかった。


 否定の言葉を飲み込んで、黒兎の言葉をよく考えてみる。


「篠茅昂によってスペリオル開発の切っ掛けが生まれた。愚妹の力を求める欲求を利用し、ナノ・セリューヌによるカムイの強化という着眼点に導かれた。

 水原祈の家族を求める欲求を利用し、天獄の門を開いた。

 死者の世界の介入により、お前はアライバルに至り、朝凪仁は一歩成長した。

 そして俺の記憶が取り戻され、春秋は命の炎(アルマ)の使い方を深く学んだ」


「それは、それは、そうだけど……」

「だからといって水原の脱落や斉藤によって外へカムイの情報が流れたことまではフォローはしない。だが、これは確かに奴の功績だ。今日という日を迎え、国連軍を相手にする状況で不安要素が限りなくないのは、篠茅昂によって星華島の戦力が底上げされているからだ」

「そうだとしたら、あいつの性格悪すぎませんか……?」

「それはお前の方が詳しく知っているだろう?」

「そうでした」


 言葉にされて、腑に落ちた。もしも昂が普通に仲間として迎えられても、カムイの増強までしか行われなかっただろう。


 敵として、あそこまで大立回りをしたからこそ、本来取り戻されていない記憶は取り戻され、死者との対話によって力の使い方を理解するまでは至らなかった。


「どのみち【物語の管理者】が介入する以上、似たような事件は起きただろうが……認めはしないが、結果的には篠茅昂のやり方が一番犠牲が少なかったかもしれない」

「それは認めたくないですね」

「そうだ。認めはしない。だから結果だけだ」


 淡々と語る黒兎の言葉に苦笑いを返す。

 昂が最初から仲間として現れて、共に戦っていたら。


 そんな『もしも』は、楽しかっただろうけど、今日という日にもっと大変な思いをしていただろう。

 感謝をすることは出来ない。だって、昂はそれだけのことをしたから。


 でも、奏は心の底から安堵した。

 親友が、根っこの部分は何一つ変わっていなかったから。


「休んできます。黒兎先輩、気を付けて」

「わかっている。任せてしっかり休んでおけ」


 黒兎に後を託して、奏は休憩のために仮眠室へ向かうことにした。


 一日目は終わりを迎える。

 戦いはまだ、始まったばかりだ。




   +




「主殿、何をしておられるのですか?」


 夢幻神帝ファントメアは退屈そうにチェス盤を眺めている【物語の管理者】に言葉を投げた。


「予想通りの展開に萎えてるんだよ。航空戦力で攻めれば奏が出てくる、黒兎と入れ替わりで休息を取り、制空権を守りきろうとする。まあこちらとしても『本土の被害を最小限に抑える』って縛りをしているからそうなるのはわかっていたけどね」

「退屈でしたら今すぐに私が出撃しますが。四ノ月桜花の首を主殿に捧げます」

「それもつまんないだろう? 私としてはもうちょっと予想を裏切って欲しいんだよ」


 退屈そうにもう一度欠伸をする。小さな少女とは思えない邪悪な雰囲気を醸しだしながら、【物語の管理者】はどこからともなく一冊の本を取り出した。

 その本にはこの物語の全ての情報が記されている。

 彼女が【物語の管理者】であるからこそ出来る芸当。


 本来であれば、彼女はこの物語の結末すら読むことが出来る。

 いや、知っている。知っていて、敢えて封印している。

 全ては自分の好奇心を満たすために。自分の欲望を叶えるために。


 だからこそ、未来は読まないし作戦も想像することだけで済ませている。

 あくまでも対等な条件で。それでも桜花を殺す自信がある。


 ペラペラと流し読み、記されている情報から星華島の次の手を考える。

 国連軍とシャンハイズの戦力を考慮し、応酬を想定する。


「ファントメア。お前の出番は少なくとも四日目だ。それまでは大人しく国連軍やシャンハイズの掌握だけしてればいい」

「畏まりました」

「二日目になることだし、そうだね。……シャンハイズに動いて貰おうか。国連軍と同時に上陸させて、圧倒的戦力で制圧をするか」


 本を閉じると、次は手元にチェス盤が現れた。何の変哲もない、普通にしか見えないチェス盤だ。

 このチェス盤を操作して、現実に何かが影響するわけでもない。


 白の軍勢は、キングもナイトもビショップも欠けている。

 黒の軍勢は、ルークが一つ欠けている。


 どちらも規定の数より多くポーンが配置されている。


 白のポーンを抓んで、黒のポーンを蹴散らしていく。

 ひとつ、ふたつ、みっつと弾かれたポーンが盤外へ落下していく。


 その中で一つ、落下しないポーンが存在した。

 ただの見立て。別に結果に何の影響もない遊び。

 でもその『落下しない駒』を見て、【物語の管理者】は愉快げに口元を歪めた。


 そのポーンを吹き飛ばすように、指で弾く。けれどポーンはそれでも落ちない。


 ――――目を凝らしてみれば、そのポーンは僅かに蒼い光を纏っていた。


 【物語の管理者】にしか見えないその光は。


 盤上にあと二つ、似た光を放つ駒が存在している。

 キングは黄金に、一つだけのルークが白銀に。

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