第九十四話 血 戦 前 夜
「少し、歩いて帰ろう」
「はい」
クルセイダース本部からの帰り道。
春秋と桜花は固く手を握りしめたまま夜の星華島を散歩していた。
黒兎への提案は、濁された。
いや、黒兎も可能であればと言葉にはしていた。
けれど、春秋が『前世』――『過去』を取り戻すことにはどうしてか苦い顔をする。
『過去を取り戻すには因縁を手繰る必要がある。俺は【物語の管理者】の存在を切っ掛けに記憶と力を取り戻したが、【物語の管理者】と相対した上で思い出せていないのなら、何が切っ掛けになるか予想が付かない』
昂も黒兎の意図を察してか同意していた。
奏は気付いた頃からずっと前世を理解していたが、逆に管理者の力に屈していた為にナノ・セリューヌを操ることすら出来なくなっていた。
過去を、前世を思い出したからといって劇的なパワーアップが出来るとは限らない。
それでなくても今の春秋、黒兎、奏の力は歴代一ではあると昂は断言している。
納得の出来る答えが見つからないまま時間だけが無駄に過ぎていく。
結局のところ、攻めるべきか守り切るべきかの答えは出なかった。
少しでも休息を取るべきだとのユリアの言葉を皮切りに、少年少女たちは解散した。
どうすればいいのか、もう一度しっかり考える為に。
「永遠桜を見に行かないか?」
「はいっ」
不安は感じるが、それでも桜花は健気に微笑みを返す。向けられる微笑みから感じ取れる愛情が、より桜花への愛おしさを増加させる。
永遠桜への道のりが、酷く長く感じる。けっして長くはない坂道を、ゆっくりと歩幅を合わせて歩く。
感じる温もりが心地良い。出来ることなら、ずっとずっとこの温もりの中にいたいと思うほどに。
二人の間に言葉はなく、少しの時間も惜しむかのように固く手を握りしめながら桜の元へ辿り着く。
風が吹き、咲き誇っている桜の花びらが空へと舞う。
まるで自由を得た鳥のようにひらひらと踊る。
永遠桜を見上げながら、春秋と桜花は見つめ合う。
月の灯りが桜花を照らし、幻想的な美しさを醸し出す。
「桜花」
「春秋さん」
言葉も少ないまま、抱き締め合う。胸に感じる愛おしさ。胸から溢れる愛おしさ。
伝わる愛情と、伝えたい愛情。自分の全てを捧げたいという想い。
これからも、ずっと、一緒にいたい。
「俺は、お前を守る。俺の心を守ってくれるお前と、生涯を共にするために」
「私も春秋さんとずっと一緒にいたいです。春秋さんと暮らして、春秋さんと家族になって……いつか大人になったら、子供を作って、幸せな家族を作りたいです」
「子供、か。それはいいな。……ああ、詳細なイメージはまだ掴めないけど。桜花との子供か。うん、欲しい」
「だから春秋さん」
「ああ、任せてくれ。お前の、お前との未来を守る為に。――俺は、【物語の管理者】に負けない」
「はい……っ」
見つめ合い、唇を重ねる。二人を祝福するかのように桜が踊る。
「春秋さんは、子供は何人欲しいですか?」
「俺は子供を持ったことがないからわからんが……桜花との子供だ。何人でも欲しいくらいだよ」
「沢山いたら、もっともっと幸せになれると思いますね」
「そうだな。俺の幸せは、桜花の幸せだから」
「私の幸せも、春秋さんの幸せです」
「そうか。じゃあ無尽蔵の幸せだな」
「はいっ!」
春秋を信じている桜花の表情に不安はない。
楽しそうに未来の話を繰り返しながら、永遠桜に見送られて家に帰る。
「ねえ、春秋さん」
「どうした?」
「最初の子供の名前は、春秋さんに決めて欲しいです」
「そうなのか?」
「はい。春秋さんは私の『四ノ月』って名字を貰ってくれました。私たちの子供も、四ノ月、という名字になります。だからこそ、春秋さんから贈ってあげてほしいんです」
「なるほどな。……わかった。センスはないが、ないなりに考える」
「大丈夫です。子供のことを想って決める名前ですから、素敵な名前になりますよ」
指を絡めたまま桜花は春秋の腕に抱きついた。少し歩きづらくても問題無い。
桜花の重さがより大切さを膨らませ、温もりが決意を固めてくれる。
期限は一週間。
それから先のことはわからない。
桜花を守り切った時に【物語の管理者】がどのような対応をしてくるかは未知数だ。
でも、だからこそ。
春秋は絶対に桜花を守る。二人の未来を掴む為に。
「春秋さん」
桜花が優しい声色で呟く。それは春秋に向けた言葉であるが、春秋から言葉を返して貰う為の言葉ではない。
「私は、春秋さんを愛しています。私は春秋さんを愛する為に生まれて、これから先もずっとずっと春秋さんを愛していきます。私の想いは、たとえ【物語の管理者】であっても消せない不滅の愛です。だから春秋さん。……みんなで、未来を掴みましょう」
各々が未来への想いを馳せて。
戦うことを、抗うことを、守ることを決意して。
――――夜が明ける。
一週間が、始まった。




