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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第九十三話 宣告される一週間




『哲学の話とでも思えばいい。この世界は誰かの手によって生み出され、今日という日まで物語が綴られている。その誰か(・・)は私であり、この世界は私の願いを叶える為に執筆されていく物語だ』


 【物語の管理者】が何を言っているのか、詳細まで理解している存在がこの場にどれほどいるのだろうか。


 時守黒兎、篠茅昂、茅見奏。この三人は例外だ。この三人は、【物語の管理者】との因縁が深すぎる。故に、この場において異質であるが故に言葉を挟めない。


『お前たちも読書くらいするだろう? アニメを見るくらいはするだろう? ゲームに興じることくらいあるだろう? 文字を、声を、画面を隔てた先の世界、向こう側の世界。此処が、そうだ。お前たちは創作された存在。創作したのは、この私』

「何を言っている。そんな荒唐無稽な話をいきなり出して、誰が信じると思っている」

『信じるさ。なぜなら私がこの物語を生み出した者だから。信じるしかない。言葉で否定していても心の奥底では信じてしまっている。納得してしまっている』


 雄弁に【物語の管理者】は語る。

 愉しそうに、嬉しそうに。母親に自分の妄想を語りたくて堪らない子供のように、はしゃいでいる。


 事実、春秋は言葉では否定していたが妙に納得してしまっていた。納得していることを否定したいのに、抗えない何かに屈してしまっている。


 根源に刻まれた記憶とも言うべきか――具体的な言葉を持ち合わせていなくても、強引にねじ伏せられてしまう。

 それほどの強制力が、【物語の管理者】から発せられている。


「それで、その創造主様がなんの目的で桜花を殺そうとしてるのよ」

『理由はあるが、今ここで語るには長くなりすぎる。――――お前たちが桜花を守りきれたら教えてあげよう』


 必死にユリアが声を絞り出した。画面越しの筈なのに、【物語の管理者】から感じる重圧は並大抵の人間に耐えられるものではない。


「ふざけないで。お祖母様を殺したことが明るみになり、神薙マリアの崩御が知られれば世界はバラバラになる。注目は星華島ではなくアナタに集まる。だから――」

『ああ、安心しておくれ。世界は最初から私のモノだ。マリアがどうのこうの関係ない。神薙マリアという存在は、少しだけ物語を円滑に進める為に私が用意した"おまけ"だよ』

「お祖母様を何処まで愚弄するつもりなの!?」

『おーおー怖い怖い~』

「……熱くなるな、神薙ユリア。これが奴の手口だ」


 激昂するユリアを黒兎が宥める。敬愛する祖母を殺した上に、その存在意義すら蔑ろにされたのだ。

 黒兎は努めて冷静に振る舞う。その表情の下に激情を隠し、懸命にユリアを止める。


『というわけだ。ついでだし期日も決めてあげよう。一週間だ。明日より一週間、桜花を守ってみせろ。私が殺すと告げた以上、絶対に桜花は死ぬが――ああ、愛しい私の子供(主人公)たちよ。せいぜい藻掻いて足掻いて理不尽に叫んでおくれ』


 【物語の管理者】は一方的に告げてくる。用件はそれで終わりなのか、開いていた本を閉じる。

 モニターにノイズが走る。鮮明だった映像が乱れていく。金色の少女を覆い隠すようにテクスチャが広がっていく。

 やがて【物語の管理者】の姿が神薙マリアへと変化していく。。


『結論は出た。星華島を取り戻す為に、我々は犠牲を覚悟しよう。――――これより桜の魔女、四ノ月桜花の討伐を開始する』


 マリアの顔で、マリアの声で、宣言する。ずっと乱れていた左右のモニターが正常に切り替わり、動揺していたはずの諸国代表たちは落ち着いた様子で佇んでいた。

 その瞳に光は宿っていない。

 感情のこもっていない無機質な声でマリアに迎合する。


『マリア殿の御意志のままに』

『星華島を取り戻す為に』

『これは侵略でも戦争でもない。解放する為の戦いだ』

『星華島を、星華島を、子供たちを、守る、ために』


 誰も彼もが夢うつつ。とろんと微睡みに沈んでいる。

 まるで、眠っているかのように。

 まるで、寝言を呟いているかのように。


『それじゃあ桜花、さようなら』


 最後まで桜花の言葉を待たずに、マリア【物語の管理者】が通話を切る。

 追い詰められた少年少女は、重い空気に立ち尽くすことしか出来ない。


「春秋、お前は四ノ月桜花を守ることに集中しろ。島を守るのは俺たちに任せろ」

「……黒兎」

「奴の言うとおり、全てを説明するには時間が足りない。だからこそ、お前は守ることに専念するべきだ。お前にとって何より大切なのは四ノ月桜花だろう?」


 黒兎の言い分は尤もだ。春秋にとって桜花は何よりも大切で、代えようがない存在だ。

 ましてや【物語の管理者】の目的が桜花を殺すことであるのならば、春秋は全力で阻止しなければならない。


「黒兎」

「どうした、神薙ユリア」

「あなたと奏、それに昂は【物語の管理者】に詳しいのよね? それなら可能な限り情報をちょうだい。シャンハイズと国連軍以外に、独自の戦力を持っているのかしら」


 先ほどとは打って変わってユリアは冷静だ。冷静さを取り戻したというより、沸点を超えすぎて逆に感情がフリーズしてしまったようにも感じられる。


「言葉通り、奴に出来ないことはない。奴は出来うる限り自分に制限を課して俺たちを弄ぶことを愉しんでいる。だからこそ奴が使うカードは国連軍とシャンハイズが中心になる――が、篠茅昂、お前はどう思う」

「俺たちが国連軍とシャンハイズを撃退するまでは何も投入してこないだろうな。あいつは性格がクソ悪いから俺たちがどれだけ足掻くか見たいんだよ。だから自前の三神帝をいきなり投入はしてこない」

「三神『帝』?」


 聞き覚えのある言葉にユリアが黒兎に視線を向ける。黒兎は「そうだ」と首を縦に振り、面倒くさそうに説明を続ける。


「言葉通りだ。かつての七帝……炎帝イラを皮切りとした帝王との戦い、奴らを差し向けたのは間違いなく【物語の管理者】だ。奴らが悉く口にしていた『次のステージ』に昇華したのが、管理者に従属する三体の神帝だ」

「夢幻神帝、無双神帝、無冠神帝――そいつらが投入されるとしたら、流石に手に負えない。ウサギちゃんとアライバルの奏、春秋くらいしか互角に戦えないな」


 昂は当然のように「俺を戦力に入れるなよ」とばかりに失っている右腕を見せつけている。

 その態度にユリアが不快感を露わにする。


「昂、あなたは星華島に協力すると言ったわよね。どうして戦わないの。【物語の管理者】に何か義理立てでもあるのかしら?」

「戦いたくても戦えませーん。奏に負けたから、というより。星華島に協力するって決めたから俺は戦えない。俺は目的の為に【物語の管理者】の力でナノ・セリューヌを手に入れて【星華島の敵】になった。その契約を反故にした以上、【物語の管理者】の力は封印されてるし当然のように俺本来の能力も封印されてる。以前の奏みたいにな」

「いや昂お前じゃあどうして敵対してたんだよ!?」

「気分かな!」

「……もういいわ。昂を戦力としてカウント出来ない以上、情報を全部よこしなさい。戦闘が始まったら奏の盾にでもなりなさい」


 昂の態度に辟易したユリアが淡々と指示を出す。何しろ時間が無い。

 明日より一週間、と【物語の管理者】は告げていた。

 つまるところ、早ければ明日にでも国連軍による侵略が始まるし、シャンハイズを投入してくるだろう。


 ユリアからすれば【物語の管理者】は祖母の仇だ。そして親友である桜花を狙う敵だ。

 それに付随する国連軍はユリアにとって最早《侵略者》と何も変わらない。


「……黒兎、【物語の管理者】の力はそこまで絶大なの?」

「俺の能力全てを行使しても奴を殺すことは出来ない、と断言しよう」

「理不尽を通り越して下らなすぎるわね。一週間逃げ続けた方がマシじゃないかしら」

「自棄になる気持ちもわかる。……だが、乗り越えなければならない。そもそも、だ。【物語の管理者】を討つことこそ、俺と、篠茅昂の命題なのだ。奴が表舞台に現れた以上、奴を討つまたとないチャンスでもある」


 ちらり、と黒兎が春秋に視線を向けた。その視線の意味はわからなくとも、【物語の管理者】が共通の敵であることはわかっている。


「黒兎、らしくない」

「春秋……?」

「お前らしくない。どうして【物語の管理者】の言葉に従うまま防衛戦をしようとしているんだ。奴が一週間の期日を守るとも思えない。――いや、守らない。奴は自分が決めたことを遂げる為ならどんな手段も行使する。……そんな気がする」


 まるで昔から知っているかのような感覚だった。

 【物語の管理者】の言動が、時折春秋へ向けられていた視線が、一挙手一投足の全てに既視感がある。


 だからこそ、春秋は断言する。


「桜花は守る。絶対に守る。俺の命に代えても守る。だがあいつを討つという目的があるのなら、守っているだけではダメだ。この一週間の何処かで攻勢に出るべきだ」

「お前の理屈はわかる。しかし、【物語の管理者】を討つのはそう容易いことではない」

「いやーーーーー正直六割は勝率あるぜ~ウサギちゃ~~~ん」

「お前は不愉快な話し方しか出来ないのか?」


 言われてみれば確かに、黒兎は臆病とも取れるくらいの対応しかしていない。

 春秋の言い分は理解出来るが、黒兎はこの中で誰よりも【物語の管理者】の脅威を理解しているからこそ後手に回らざるを得ないのだ。


 故に、煽るような昂の言葉に苛つくのも仕方がない。


命の炎(アルマ)の出力は異常なほどに高まってるし、奏の《アライバル》もある。そもそも神としての記憶を取り戻したお前の終焉の闇(ベンヌ)もある。管理者が世界に敷いた『絶対』な力全てがこちらにある以上、どれか一つは奴の急所を突けるはずだ」

「……それは一理ある。だが」


 時守黒兎は識っている。

 かつての自分が【物語の管理者】に破れ、力も記憶も封印されただの『時守黒兎』としての人生を送らされていたことを。


 篠茅昂は識っている。

 かつての自分が【物語の管理者】に踊らされ、狂ってしまえば楽なほど壮絶な人生を送らされたことを。


 茅見奏は識っている。

 ようやく手に入れた幸福を気まぐれで奪う、圧倒的すぎる絶対者を。

 心を折られ、全てを諦めて平々凡々な暮らしを送らざるを得なかったことを。


 『前世』を持っている誰も彼もが【物語の管理者】の脅威を痛いくらいに理解している。


 昂は戦うことを選んだ。

 奏は諦めることを選んでいた。

 黒兎は抗うことを取り戻した。


 そして彼らは識っている。この場において最も重要な要素が欠けていることを。

 それでも昂は勝つ為に動くべきだと主張する。

 それでは難しいと黒兎は断言する。

 奏はどうしても、決めきれない。自分と同じ路を歩んで欲しくないからだ。


 三者三様の表情を一瞥して、春秋が口を開く。


「なあ、黒兎。どうすれば、俺はお前たちと同じように『過去』を取り戻せる?」


 ――違和感はあった。自覚はあった。故に、断言出来る。


 春秋(おれ)にはまだ、取り戻せてない何かがある。

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