第九十一話 諸国代表集合会談
「ユリア、大丈夫なのか?」
「……大丈夫よ。ええ、大丈夫」
ユリアを気遣って春秋が声を掛ける。気丈に振る舞っているが、誰が見ても無理をしている。
目の下のクマを隠し切れていない。焦燥しているのは明らかだ。
神薙マリアの訃報から数日、遂にその時がやってきた。
神薙本部からの呼び出し及び、諸国代表者たちとの合同会談。
ユリアも同席しろとの命令に、表だって逆らうことなど出来やしない。
もちろん星華島から出るわけにはいかない為、モニター越しでのやり取りを認めさせることは出来た。
だが問題はそこではない。ユリアも、黒兎も、春秋もわかっている。
これから行われる会談が、星華島の進退を決める会談ではないことを。
「神薙ユリア。辛いようなら俺が――」
「大丈夫よ、黒兎。どのみち私が出ない限り、難癖を付けられるわ。……そういう相手なんでしょ?」
「それはそうだ。だが、俺や篠茅昂ならもっと具体的な交渉が出来るかもしれない」
「かもしれない、って不確定な返答の時点で私が出るべきよ。あなたですら把握しきれない相手なのだから」
「っ……」
昂も、奏も、仁も、シオンもクルセイダースの本部に集まっている。同席は認められているし、誰もがユリア一人に背負わせるつもりがない。
桜花はぎゅっと春秋の手を握りしめ、春秋もまた桜花の小さな手を離さないようにしっかり握る。
お互いの温もりを感じながら、モニターを睨むように見つめている。
会場の様子を見渡せるように用意された五つのモニター。
同時にクルセイダース本部の様子も五つのカメラで中継されている。
緊張が伝わってくる。本部にいる隊員たちは重苦しい空気の中声を上げることも出来ない。
やがてモニター越しのざわめきが落ち着き、中央のモニターに老齢の女性が映し出される。
「……お祖母様」
『ユリア。今日の議題にお前も同席させた意味がわかるかい?』
神薙マリア。世界の女帝とすら呼ばれた傑物。世界を裏で支配している存在とすら呼ばれている、ユリアの祖母。
そして、誰よりも星華島の防衛に尽力してくれていた存在。
まだ言葉には出来ない。けれどユリアは理解している。
インが命を賭けて伝えてくれたことで。
敬愛する祖母はもう、死んでいることを。
モニター越しに映っているのは、祖母の姿をしただけの敵だと。
「帝王たちによる侵略は終結を向かえ、現状の星華島を脅かす脅威は存在しません。それによる島の処遇について、ですか」
『そう。諸国代表たちとも何度も会談を重ねてきたが、これ以上星華島を子供たちだけに任せるのはやめようという結論に達した』
偽りのマリアの言動は、尤もな意見であった。
帝王による侵略が無く、現状の星華島はクルセイダースとリベリオンによって守られている。
防御力という点において、星華島は非常に安定している。
「星華島は、四年の月日を掛けてようやく落ち着きを取り戻しました。段階を踏む形であれば、島外からの移住も検討しています」
『ほう。今までは頑なに断っていたが……心境の変化があったのかい?』
「はい。私たちは所詮子供です。大人になることは出来ません。ですから、大人の協力は必要不可欠です」
ユリアの言葉は予定していたものだ。どのみちこれから先の未来を考えるのであれば、いつまでも星華島だけの話で終わらせていいものではない。
ゆっくりと、島外との交流を増やし、星華島をあるべき姿に戻す。
それは星華島を守ると誓った時から決めていたことだ。
『マリア殿、これは嬉しい提案ですな。まさか星華島からその提案を出して頂けるとは思ってもいなかった』
右のモニターに映る男性が嬉しそうな笑顔を見せている。
しかし、と男性は言葉を続ける。そこにはもう笑顔は浮かんでいない。
『段階を踏むのはけっこう。だが星華島との交流をするために諸国側としてもいくつか条件があるのだが』
「条件、ですか?」
『星華島に移住を希望する者は多いが、星華島に過剰な兵力を残すことに不安を抱く者もいるのでな』
それもまた、予想していたものだ。
だからこそユリアは、そこでは退かないと決めている。
悟られないように、言葉を選びながら。
「具体的に、どのような条件なのでしょうか」
『遊撃部隊リベリオンの解体及び、所属する少年少女の島外への移住だ。クルセイダースだけでも戦力は十分だろう?』
「それは不可能です。リベリオンに所属しているとはいえ、彼らもまた星華島を愛し、守る為に命を賭けてくれた同志です」
『ふむ。それが君個人による戦力の過剰保有と思われても仕方ないというのにか?』
「はい。これからも《侵略者》との戦いは続きます。彼らの想いを知っている以上、島を愛する彼らを追い出すことは出来ません」
春秋たちの島外追放だけは絶対に避けなければならない。それを受け入れてしまったら、万が一が起きた時に対応が間に合わない。
島への移住は認める。これまでと違い、積極的に『外』も受け入れる。
けれどリベリオン――戦力の解体は認めない。
星華島が永遠桜を保有しているアドバンテージ。
『外』は星華島が手に入れている技術も、永遠桜を研究することによって手に入る利益も狙っている。
だからこそ、ユリアは強気に交渉を進める腹づもりだ。
『それは認められないよユリア。それでは星華島に都合が良すぎる』
「お祖母様。私たちは大人にはなれませんでした。でも、私たちは大人になることを強いられてきたのです。それだけの結束を、どうして無碍に出来ますか」
そこだけは譲れないとばかりにユリアはマリア相手であっても強気に出る。
あくまでも情に訴える計画で、ユリアはマリアの出方を伺う。
『ユリア。それはお前の意志かい? それとも、星華島の総意かい?』
「星華島の総意と受け取ってください」
『そうか』
ふむ、とマリアが思案に耽る。マリアの態度を諸国代表たちも見守っている。
そしてマリアは「やれやれ」とばかりに表情を切り替えた。
その表情はあからさまに、"飽きた"と取れる表情だ。
『諸国代表殿。やはり孫娘は洗脳されているようだ。事前に話した時にはキチンと解体の提案を受け入れていたのに、突然こんな手のひら返しをするとは思わなかった』
「……お祖母様?」
画面越しのマリアが本当のマリアでないことはわかっていた。
けれども、マリアの顔で、マリアの声で突然裏切られては流石のユリアも動揺を隠しきれない。
そこで、黒兎は気付いた。昂も気付いた。奏も理解した。
マリアを名乗っている【黄金の魔女】が、根回しを終えていたことに。
最初から会談はカタチだけで済ませるつもりだったのだと。
最初から、この流れに持っていくつもりだったのだと。
『そのようですな。悲しいことです』
『星華島が【魔女】に支配されているとは思いませんでしたが……仕方ありませんね』
『マリア殿、お話通り、我らは星華島をあるべき姿に戻す為に手を尽くしましょう』
『諸国代表様方、ありがとうございます』
「なにを、言っているのですか。私たちは別に……」
ユリアの言葉を遮るように、黒兎が前に出る。くくく、とマリアが口元を邪悪に歪めた。
『ユリア。私の可愛い孫娘。大丈夫、すぐにお前を取り戻してみせる。星華島を乗っ取り、支配し、お前たちを洗脳する存在……【桜の魔女】四ノ月桜花を排除することによって』
「――――え?」
それはユリアにとっては見当外の言い分で。
思わず桜花に視線が向けられる。ユリアだけではない。モニター越しの人間たちの視線の全てが桜花に向けられていた。
桜花はきゅっと口元を結ぶ。
まるでわかっていたかのように、握っていた春秋の手を強く握りしめた。




