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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
90/132

第九十話 夢から覚めて




 ………

 ……

 …


 重たい意識を引きずりながら春秋は目を覚ました


「春秋さんっ! よかった……っ」

「お、うか……」


 桜花の声が聞こえ目を開く。すぐ近くに愛しい桜花の顔が見え、自分が膝枕をされていることに気が付いた。

 ぐい、と手を伸ばす。桜花の首に手を回して、強引に抱き寄せてキスをする。


「んっ……んんん……」

「ん、ん……」


 ついばむようにキスをして、満足したのか口を離す。頬を紅潮させつつも、桜花は幸せそうに微笑んでいる。


「桜花、俺は眠っていたのか?」

「はい。私が資料室から出てきた時には倒れてました。寝ているようでしたけど、不自然な睡眠でしたので……」

「誰も、いなかったのか?」

「はい、春秋さんが倒れていただけです」


 それはおかしい。

 眠らされていたということは、春秋は敵――夢幻神帝ファントメアの目の前で無防備を晒していたということだ。

 あまりにも不可解すぎるファントメアの行動に首を傾げるしかない。


「春秋さん?」

「っ……大丈夫だ。どうやら本当に眠っていただけのようだ」

「なにが、あったんですか?」

「そうだな、言葉にしても信じて貰えるかは少し不安だが」


 とにかく説明しなければ春秋自身納得出来ない。

 テーブルの上に置かれていた本を手に取ろうとして、突然声を掛けられたこと。

 振り向いた先で本が浮いていたこと。

 その本から飛び出してきた文字がヒトの姿となり、金髪金眼の青年になったこと。


 夢幻神帝ファントメアと名乗り、敵対したこと。

 会話の詳細までは覚えてないが、ファントメアによって夢の世界に連れ込まれたこと。


 夢の世界はほとんど覚えていなかった。それがファントメアの影響なのか、それとも本当に『夢』でしかなかったのかは不明だが。


 それでも最後に、大切な出会いがあった――ような気がする。


「次のステージ、これまでとは違う帝王の出現、そして……春秋さんに危害を加えず、姿を消したこと」

「解せないことばかりだ。ユリアたちに共有しておいたほうがいいな」

「そうですね。今はどんな情報でもいいので共有しておかないと……」


 しかし外を見ればすっかり日が落ちてしまっている。

 今のユリアは心身共に追い込まれている以上、下手に追撃をしないほうがいい。

 報告はメールでリベリオン全体へ共有することにして、ひとまず春秋と桜花は帰宅することにした。


「……はぁ、なんかひどくくたびれた」

「お疲れ様です、春秋さん。ご飯にしますか?」

「ああ、そうしてくれ。でも」

「はい、ぎゅー、です」


 春秋より一歩を踏み出して家に戻った桜花が出迎える。

 向けてくれる笑顔が眩しくて、たまらなく愛おしくて。

 食事よりも、もっと強く桜花が欲しくなってしまう。


 言葉にしようとした春秋よりも早く桜花が春秋を抱き締めた。

 春秋もまた手を回して桜花を抱き締める。

 身体中で桜花の温もりを、優しさを堪能しながらもっとと言わんばかりに抱き締める力を強くする。


 欲しい、欲しい、欲しいと身体が桜花を求めて訴える。

 自分を理解してくれる人を。自分を受け入れてくれる人を。自分を求めてくれる人を。


 自分に、愛を向けてくれる人を。


「落ち着ましたか?」

「ありがとう、落ち着いた」

「いえ、私も春秋さんをぎゅーって出来て役得ですから」

「桜花しか抱き締めないよ」

「そうですね。春秋さんは私専用ですっ」


 くすぐったい心地良さに微笑みながら部屋に戻る。桜花はすぐに夕食の準備を始め、三十分も経たないうちに色とりどりの料理が並べられていく。


「時間がないので簡単なものばっかになっちゃいましたが……」

「全然。ものすごく美味そうだし、というか絶対に美味い。すぐに食べたい」

「そう言って貰えると助かります。おかわりは沢山用意してますので、たっぷり召し上がって下さい」

「いただきますっ」


 湯気が立ち上る味噌汁を最初に一口啜る。口の中に流れ込んでくる味噌とダシの味がたまらない。

 具材も種類を絞っているからか味がハッキリと味わえる。続けて白米を頬張り、野菜炒めに箸を伸ばす。

 大きすぎず小さくもない肉と、丁度いいサイズに切り揃えられたキャベツを一緒に咀嚼する。


 一口噛みしめる度に身体中に幸せが染み込んでいく。一口味わう度に、料理に込められた桜花の愛情を堪能する。


「はぁ、美味い。桜花の飯は最高だな」

「ありがとうございます。誰よりもたっぷり、愛情を注いでますから」


 そういえば、とぼんやりと夢の世界のことを思い出す。

 誰かに食事を用意して貰ったが、全く食指が動かなかった。

 冷たく、暖かさを感じない食事だった。用意してくれた人との折り合いが悪いわけではなかった筈だが、それでも箸は動かなかった。


 それはきっと、春秋が食事に求めているのが――愛情だから。


 食事の必要がない春秋が積極的に桜花の食事を求めているのは、つまりそういうことなのだ。


 春秋は、愛情の込められた料理を食べることによって栄養以上に『愛情』を摂取している。それが活力となり、いつも以上に春秋の調子を全快に引き上げる。


「はー、最高だった」

「片付けちゃいますね」

「んー…………」


 片付けようと立ち上がった桜花の手を、掴んだ。

 料理は最高だったし、込められていた愛情は最高という言葉すら足りないくらいだった。

 だから、というわけではないが。


「なあ桜花。片付けは明日の朝とかでさ、手伝うから。だから、その、な?」

「……その、春秋さん。甘えたくなっちゃった感じですか?」

「ああ。もう桜花が欲しくて堪らない」

「~~~っ。そ、その……お風呂、入りたいんですけど」

「一緒に入ろう。もう一瞬でも桜花と離れたくない」


 恥ずかしげに頷いた桜花を抱き寄せてキスをする。

 すぐに唇を離して桜花を抱きかかえ、お姫様抱っこで桜花を連れていく。

 桜花は顔を真っ赤にしながらも、きゅ、と春秋の手を掴んで離さなかった。




   +




 神薙財閥――獅子王の間。

 床に転がっている女性のことなど知らないとばかりに、【黄金の魔女】は呆れた感じでファントメアの頭を踏みつけていた。


「それで、春秋を夢に連れ込んだくせにあっさり抜け出されたと?」

「は、い。申し訳、ございません」

「情けない。ああ情けない。お前の世界に閉じ込めるならせめて三日は眠らせておかないか。その間に慌てふためく桜花を見ることも出来ただろうに」

「申し訳、ございません。主が望まれるのでしたら、この命を捧げますが故に……!」

「お前の命なんて要らないよ。お前如きの命で私が満足すると思っているのか?」

「申し訳ございません……!」


 つまらないとばかりに【黄金の魔女】はファントメアの頭を力を込めて踏みつけた。

 鈍い音と共に足を離すとファントメアも顔を上げる。

 額から血を流しつつも、ファントメアの瞳は【黄金の魔女】に向けられたままだ。


「ファントメア、お前の役割はなんだ?」

「神帝として、物語への介入です。時守黒兎と、篠茅昂両名の排除……です」

「だろうに。そんなお前がどうして春秋に構う?」

「主への、脅威になりうる存在は、全て排除するべきで――」

「余計なお世話、だよ」

「ッ――――申し訳ございませんっ!!!」


 ファントメアは震えている。

 それは【黄金の魔女】に恐怖しているわけではなく、【黄金の魔女】の真意をはき違えてしまった己の浅はかさにだ。


「ファントメア。お前には別の役割を与える」

「なんなりと、なんなりと命じて下さい! 主の御意志であるならば、夢幻神帝ファントメアとしてこの世界全てを夢に閉じ込めることすらやり遂げて見せましょう!!!」

「そこまでしなくていいし、お前では出来ない。夢を見せてやれ、神薙マリアを信用していない者たちに。この意味がわかるか?」

「わかります。我が権能(ちから)は主の為に。我が命は主の為に。新たな主命、遂行致します」


 それでいい、と【黄金の魔女】は優しく微笑む。


「国連軍とシャンハイズ、その全てを星華島にぶつけてあげよう。何日保つかねぇ。一週間は保ってくれれば面白いんだけどねぇ」


 【黄金の魔女】は嗤う。金の髪を掻き上げながら、ケタケタと不快に嗤う。

 少女とは思えない邪悪な笑顔で、世界に悪意を振りまいて。

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