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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第八十九話 『私』の言葉




「今日は出動もないだろ。遊びに行こうぜー」

「構わないぞ。ユリアも遅いしな」


 授業が全て終わると仁が声を掛けてきた。

 クルセイダースに所属している生徒は部隊によって出動が振り分けられており、同じ部隊に所属している春秋と仁は非番の日である。


「ここ数日は平和でいいねぇ。訓練もない日はゆっくりするに限る」

「まったくだ」


 商店街を練り歩きながら談笑を続ける。

 人通りが少なかった商店街は、ここ数ヶ月ですっかり人が増えた。

 それもこれも、春秋たちクルセイダースによって帝王の撃退が完了したからだ。


「しっかし星華島は遊ぶところが少ないよなぁ」

「本島にはゲーセンとかがあるらしいしな」

「ユリアさんに頼んで誘致してもらえよ」

「星華島が発展していけば勝手に来る」


 たまの非番だからこそ話題には事欠かない。今日はせっかくの非番を過ごす場所が無いことについてだった。


「発展、か」


 商店街を一瞥しながら春秋がぼそりと呟いた。

 帝王たちとの戦いから既に数ヶ月の月日が流れている。その間の《襲撃者》の数は劇的に減っており、クルセイダース自体も少しずつ暇を持て余すようになったくらいだ。


 ユリアと本島の神薙財閥総帥・神薙マリアによって星華島は最大の脅威が去ったと通告があった。

 それを契機として星華島はどんどん島外の国や企業との交渉を増やし、少しずつ島に外部の人間も移住し始めてきている。


 だから、商店街で働いていた子供たちも今では普通の学生生活を送っている。

 働くことが出来る大人が来たのだから、もう子供たちが無理に働かなくて良いのだ。


「……なあ、仁」

「どうした、春秋」


 春秋はどうしても違和感が拭えない。自分がいる『今』がおかしい気がしてならない。

 何度言葉にしてもスッキリしない。だからこそ、何度も何度も誰かに問いかけたくなる。


「ここは、本当に」


 春秋が言葉を投げようとしたその時、星華島全体に警報が鳴り響く。

 見上げれば空に罅が入っていた。《侵略者》が《ゲート》を開こうとしている予兆だ。


「感じるか、仁」

「こりゃやべーのが来そうだな」


 《ゲート》越しだというのに感じる魔力は酷く膨大だ。

 これまでの帝王レベル、いや、それ以上の存在かもしれない。

 非常招集は掛かっていない。だがこれはすぐにでも動かなければならないレベルの相手だ。


「仁、いけるか?」

「問題ないっ!」


 春秋と仁はクルセイダースの中でも特別だ。

 専用のカムイを持たず、命の炎(アルマ)を用いてそれぞれの武器を用意出来る。

 どんな火急の場面にも対応出来る、数少ない存在だ。


 《ゲート》が、開く。割れた空の向こうから、巨大な船が姿を現す。

 それは船と言うより艦であり、ロボットアニメなどでよく見かける航空戦艦とでも言えばいいのか。


 左右の翼に備え付けられたそれぞれ八つ計十六の砲塔が星華島に向けられる。


 警告も何もないままに放たれる。十六の魔弾の内、八つは春秋と仁に向けられていた。


「都合が」

「いいっ!!!」


 春秋はレギンレイブを、仁は炎を振りかぶって魔弾を切り落とす。

 島へと向けられた残り八つの魔弾はそれぞれの場所でクルセイダースが防ぎきった。

 沈黙する戦艦を見上げながら、春秋と仁は壁を駆け上って三階建ての屋上に辿り着く。


 戦艦との距離は遠い。大空から星華島を見下ろす戦艦は、今すぐにでも島へ危害を加えようとしている。


「仁、黒兎からの連絡は?」

「島の各所で対応してるみたいだ。とはいえ……空は、難しいな」

「俺が単身で乗り込んで来る」

「ったく、空を飛べるお前が羨ましいよ」


 人は、空を飛ぶことが出来ない。春秋や黒兎といった特殊な存在ならば話は別だが。

 仁は空を飛ぶことが出来ない。春秋から炎を用いた飛行方法を教えて貰ってはいるが、そもそも空を飛ぶ適正がない。


 人は空を飛べないと思っている限り、空を飛ぶことなど出来るわけがない。


 春秋は背に炎を広げ床を蹴る。羽ばたく炎の翼が春秋を飛翔させる。


 十六の砲塔全てが春秋に向けられる。接近を拒むように、先ほどよりも早く、先ほどよりも激しく魔弾が掃射される。

 先ほど対応してわかったことだが、放たれている魔弾とは特殊なものではない。

 魔力によって生み出された、魔力弾とは異なる実体を持った弾だ。


 春秋が命の炎で武器を創り出すのと同じようなものだろう。

 けれど春秋がその程度で止まるわけがない。

 迫り来る魔弾の雨を掻い潜り、すれ違い様に砲塔の一つを破壊する。


「――――そこが、ブリッジか!」


 見た目が酷似しているのならと判断した春秋はそのまま戦艦の上空へ躍り出る。

 見下ろした戦艦には飛び出すような形のブリッジが確かに存在し、そこには人の影も見える。


 翼の上部に備え付けられていた銃砲が春秋に向けられ、一斉に掃射される。

 春秋は咄嗟に前面に炎の渦を生み出し、盾として魔弾の全てを喰らい尽くす。


「この、感覚は……っ」


 似ている、と春秋は感じた。自分が使う命の炎と、非常によく似たものであると。

 けれどそれを考えている暇はない。今は自分にターゲットが向けられているが、いつこの兵器の全てが星華島に向けられるかわからない。


 春秋は迷わない。加速を以てブリッジへ突撃し、ガラスを突き破って中にいる人物へ掴み掛かる。


「今すぐに島から去れ、そうであれば命は見逃してやるっ!」


 勢いのままに首を掴みブリッジ内を転がる。

 《侵略者》は鋭い目つきで春秋を睨め付けたまま、抵抗とばかりに春秋の腹を蹴り上げて距離を取る。


「島から去れ? そうね。目的を果たしたら去るつもりよ」

「……お前、どうして」


 埃を払いながら立ち上がる《侵略者》を見て、春秋は動揺を隠せなかった。


 腰まで伸びた、流れるような金の髪。碧色の眼が春秋を見つめている。

 幼さよりも、可愛さよりも、凜々しさを感じさせる顔立ちの少女。

 歳の頃合いから見てもほどよく実った身体付き。


 そんな少女を、春秋はよく知っている。


「ユリア……?」

「私をその名で呼ばないで。呼ぶのであれば、あなたを殺す」


 目の前にいるのは神薙ユリアそのもので、けれど、纏う雰囲気は決定的に違う。

 春秋の知っているユリアは未来を向いて振り返ることなく邁進する少女だ。

 英雄気質と言うべきか、全てを背負って守ろうとする気概すら感じられる少女だ。


 けれど目の前のユリアから感じるものは全く違う。

 冷たく、異質。未来などどうでもいいかのような冷ややかな瞳をしている。

 そもそも、だ。神薙ユリアであるのならば、彼女が星華島を攻撃する理由など存在しない。


「お前は、誰だ」

「さあ、誰でしょうね。少なくとも私は神薙ユリアではない。神薙ユリアであることを捨てた、名も無き放浪者。かりそめの命を、かりそめの役割を与えられた、存在することすらおかしいイレギュラー」


 ユリアが春秋に手を向けると、どこからか現れた銃を握り引き金が引かれる。

 放たれた弾丸を見切って回避する春秋だが、混乱している思考は判断力を鈍らせる。


「お前は、敵なのか」

「敵って、どういう基準なのかしら? いえ、違うわね。今の私はまごう事なき下の星華島の敵。私の狙いは下の星華島にとって脅威にしかならない。これで満足かしら?」

「……悩む時間すら用意してくれないのか? ユリアだったらもう少し気を利かせてくれるんだが」

「――私を、神薙ユリアと一緒にするなっ!!!」


 どうやら春秋は『彼女(ユリア)』の琴線に触れてしまったようだ。激情を露わにする『彼女』は両手に銃を握りしめて突進してくる。

 春秋はすぐに『彼女』を敵として認識する。『彼女』自身が敵だと名乗っている以上、戸惑っている暇などない。


 レギンレイブを用いての戦闘において春秋のスタンスは"間合いに入らせない"ことに尽きる。

 レギンレイブの間合いこそが春秋にとって有利の距離であり、同時にそれより短い距離の相手に有効に機能するからだ。


 だから当然、二丁銃を持って接近する『彼女』も間合いに入らせないようにするつもりだったが。


 レギンレイブで薙ぎ払う。『彼女』は当たり前のように突進を続け、自らレギンレイブの横薙ぎに飛び込んできた。


 瞬間、思考が歪む。そこに『彼女』がいるのに。そこに『彼女』がいない感覚がして。


「っ――――」

「まずは、一撃」


 『彼女』は春秋の至近に迫っていた。理屈はわからない。

 わかっているのは、『彼女』は春秋の間合いに飛び込み、眼前に銃口を突きつけているということ。


 放たれた弾丸を咄嗟に回避出来たのは、他ならぬ春秋の反射神経の賜だ。

 けれどそれで事態が好転するわけではない。春秋はすぐにレギンレイブをソーディアへと変化させて数歩下がる。


 銃を用いての近接戦闘に応じる。銃と剣、どこからどう見ても剣が有利な状況、のはずなのに。


「っ、なんだその銃は。やりづらいっ!」

「"インフェリア" ――私の、"カムイ"よ!」


 あろう事か、『彼女』は銃で春秋との近接戦闘を望んでいる。それも銃だけではない。

 銃は『彼女』に応えるように変形し、砲身にブレードを造り出す。


「ナノ・セリューヌみたいなことをして!」

「ナノ・セリューヌに決まっているでしょう!」


 三度打ち合い、春秋は距離を取る。膂力で打ち勝てると思っていたが、互角の戦いをされては別の手段を探さなければならない。


「あなたは、春秋なのよね?」

「何を突然」

「答えて。あなたは、春秋なのよね?」

「……ああ、そうだ。俺は四ノ月(・・・)春秋――――!?」


 その名前を口にして、春秋を頭痛が襲う。それを名乗るなと言われているかのような激しい頭痛。

 だが春秋は、この名前こそが今の自分だと自負している。


「俺は、名に拘らない。拘らなかった。俺は俺だからだ。だけど、違う。俺は、この名を貰って、この名を名乗れるのが嬉しいと感じたんだ。俺が、あいつと、一緒に、過ごす為の名だから」

「そうよ。あなたの魂にしっかりと刻まれていたようね」

「っ……俺は、俺は、四ノ月春秋だ。愛する女がいて、共に戦う仲間がいて、俺は――――!」


 頭痛を振り払うように、黄金の炎を噴出させる。身体中にのしかかる違和感の全てを燃やし尽くすかのように、身体の中に少しでも残る違和感を焼き尽くすかのように。


「はぁ、はぁ、はぁ……俺、は」

「目が覚めたようね、春秋」

「ここは、違う。俺の知っている星華島じゃない。桜花は、桜花は――」

「安心しなさい。桜花は無事だし、自覚した以上もうすぐあなたは目覚めるわ」


 銃を手放した『彼女』が歩み寄る。敵対心は感じられないからか、春秋も警戒を解く。

 『彼女』の言動が自分を目覚めさせる為のものであったと意識すると、戦う気力も涌いてこない。


「……お前、は」

「私のことなんてどうでもいいわ。どうせすぐに忘れるから」

「それはどういうつも、り――」


 ぐらり、と世界が揺れる。ブリッジが激しく揺れているのだ。


「さすがはクルセイダースね。こちらが防御だけとはいえ、このインフェリアを墜とせるなんてね」


 平然と言ってのける『彼女』は微塵も慌てていない。言葉通り、クルセイダースの尽力によって戦艦『インフェリア』はエンジン部分が損傷し、浮力を失ったことで落下を始めている。


「っ、脱出を――」

「大丈夫よ。あなたはその前に覚醒するし、元の世界に戻れるわ」

「お前が死ぬだろうが!」

「ああ、私の心配をしていたの?」


 さも当然のように『彼女』は笑い、春秋の胸を軽く押した。


 タイミングを見計らっていたかのように、そこでインフェリアのブリッジが分解していく。崩壊していくインフェリアの中で、『彼女』は寂しく微笑みながら春秋を見つめている。


「心配してくれてありがとう、春秋。こんな特殊で特別で異常な場所だからこそ、私はあなたにめぐり会えた」

「待て。何を言っている。早く合流して、脱出を」


 がくん、と春秋の身体から力が抜ける。頭痛は消え去ったものの、身体に全く力が入らない。


「夢が終わるのよ。私は大丈夫だから、あなたは桜花を守りなさい」

「だから待てと言っている。お前は、お前はどうするつもりだ。ここにいては危険だ、お前はっ!」

「大丈夫よ。ここは夢の世界だから。私みたいなイレギュラーは無かったことになるだけだし、それよりも桜花を――」


 思考が白んでいく。

 『彼女』の言葉通り、この世界を夢だと自覚した春秋は目覚めようとしている。


 だがそれは、『彼女』を見捨てていい理由にならない。


「お前はっ!!!」

「優しいのね。でもその優しさは桜花に注いであげなさい。世界に選ばれなかった私ではなく、あなたに選ばれた桜花に」

「お前の言葉の意味がわからない。わからない、だけどお前は……」

「ありがとう。私を『私』として見てくれて。それだけで、あなたを助けたことへの報酬としては破格すぎるわ」


 『彼女』は頬笑み、そして二人は引き裂かれる。かろうじて空に残ったのは春秋がいた側で、『彼女』のほうはインフェリアの爆発に飲み込まれながら落下していく。


「――――もしも願いが叶うなら」


 もう声は届かないほどに離れた。爆発の轟音にかき消されながら、『彼女』は願いを口にする。


「私は、あなたの為に生きていきたい。ずっとあなたを見てきたからこそ、神薙ユリアではない、『私』として」


 爆発が『彼女』を、インフェリアを飲み込んで――そこで、春秋の視界は真っ白に染まった。


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