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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第八十八話 夢のようで、夢じゃない、けれど、夢の世界




「……朝、か」


 浅い眠りから覚醒した春秋はカーテンを開けて陽光を室内に取り込む。

 ぼんやりとした思考だが毎朝のルーティーンは身体が勝手に動いてくれる。

 日の光を取り込めば、意識が少しはまともになる。


 長い旅をしてきたからか、ゆっくりと眠ることが出来ない。

 この島に居着いて少しは落ちついたのだが、長年の習慣はそう簡単には抜けやしない。


 コンコンとノックがされる。起き抜けの時間に部屋を訪れる人物は限られている。


「好きに入ってくれ」

「おはよう、春秋」


 制服に身を包んだ金髪の少女ユリアが挨拶と共に入ってくる。その手には少しばかし大きめな弁当箱が四つほど抱きかかえられている。


 ユリアは当然のようにテーブルに弁当箱を並べ、その内二つを開く。

 色とりどりの野菜を中心とした、栄養バランスを考えられて作られている物だ。

 もう一つの弁当箱は白米と主菜として焼き魚が収まっていた。


 とても弁当として見るとバランスが悪いのだが、これらは春秋の朝食として用意したものなのだ。見てくれは気にしていない。


「朝ご飯、持ってきたわよ。一緒に食べましょう」

「いつも悪いな」

「いいのよ。あなたの生活をサポートするのも私の役目だわ」


 ユリアの言葉に若干の違和感を覚えながらも、床に座り込んで箸を手に取る。

 「いただきます」「頂いて」と簡単なやり取りをして白米を口にする。


「…………ん」


 一口食べてわかるのは、これがユリア手製の弁当でないことだ。

 恐らくだが、神薙お抱えのシェフが拵えたものだろう。

 けれど春秋は大した感想を抱かない。別に味に不満があるわけではない。


 どうしても素っ気ない態度しか出せない。

 言葉にするために細かく分析すれば、美味い、と言葉に分類出来るだろう。

 だが春秋はそれを口にすることをしない。


 春秋は、根本的に食事を必要としない。命の炎(アルマ)がある以上、食事をしなくても生存に必要なエネルギーは賄えるからだ。


 最悪の場合、水だけでも春秋は生きることが出来る。

 そういう存在なのだ。


 だから食事に味も栄養も求めていない。だから求められない限り感想を口にする必要性も感じていない。

 もしも。

 もしも、食事にもっと別の要素が含まれていたら。


「…………」


 黙々と食事を進める。食事をしてエネルギーを摂取することが出来れば他で補う必要がなくなるのだ。

 それに、せっかくユリア(いいなづけ)が用意してくれたのだ。捨ててしまっては勿体ない。

 そんな理由で、春秋は食事を続ける。


「うん、ご馳走様だ」

「お粗末様。洗っちゃうわね」


 綺麗に平らげるとユリアが甲斐甲斐しく弁当箱を片付けてシンクに運ぶ。

 そのまま洗おうとするユリアだが、春秋がそっと手で制した。


「俺がやっておく。お前は今日も早いんだろう?」

「あら、じゃあ任せるわ」


 ユリアは今日も朝早くから会議がある。恐らく授業にも遅刻するだろう。

 昼用の弁当箱を春秋に渡すと、慌ただしくユリアは出掛ける準備を進めていく。


「それじゃ春秋、先に行ってるわ」

「ああ、気を付けてな」


 ユリアが出ていくと部屋は途端に静けさを取り戻す。

 登校するまで時間はまだまだある。水に浸しただけの弁当箱をさっと洗い、綺麗に水気を拭き取る。

 することが終われば残った時間は自由だ。

 本棚に並べていた小説を手に取り、読みふける。


 物語は好きだ。

 作り物だとしても、読み進めることでここにいない誰かの世界を知ることが出来る。

 熱い物語が好きだ。

 友愛に生きる物語が好きだ。

 壮大な世界が好きだ。

 終わる世界へ立ち向かう話が好きだ。

 諦めない物語が好きだ。


 いや、もっと言えば好きになった物語が好きなのだ。

 何が好きで嫌いだとか、そこまで考えたことはない。

 なんとなく興味を惹かれて、なんとなく手に取って。そうして様々な物語に目を通す。


 強いて言えば、恋愛物はあまり読まない。恋愛要素が副産物として混ざっているのならともかく、主人公とヒロインしか出てこない物語はあまり好きではない。

 主人公が嫌いなわけではない。例え鈍感朴念仁でも、それだけを理由に嫌ったりしない。

 ヒロインが嫌いなわけではない。一途な女性が良いとか、女性の好みを理由に嫌ったりしない。


 ただただ単純に、可能性が少ないからだ。

 二人が出会い、過ごし、恋に落ちる。山が谷があろうとも、決着は「二人が結ばれる」ことで終わりなのだ。

 春秋の好みとして、そこで終わって欲しくない。結ばれたのだから、そんな二人の日常をもっと追わせて欲しい。周囲の人間との交流を描いて欲しい。

 二人だけの世界で終わらせないで欲しい。


 とはいっても、それはあくまで春秋の我が儘だ。

 否定はしないし、あくまで積極的に読まないだけだ。

 流行であれば目を通すし、メディアミックスでもされていれば全てに触れたりもする。


「……と、こんな時間か」


 物語が好きなのも厄介だ。時間は有限であり、あっという間に登校しなければならない時間が迫ってしまう。

 栞を挟み、本を閉じる。棚にしまい、帰ってきたら続きを読もうと心に決める。


 制服を着込み、鞄を背負って部屋を出る。

 学園に続く桜並木は今日も桜が狂い咲き。


「おはよう、春秋!」

「仁か、おはようさん」


 桜並木を歩いていれば自然と友人たちが声を掛けてくる。この島に来て一番幸福だと思うのは、友人関係に恵まれたことだろう。


 些細な雑談でも拾ってくれる仁、放浪者である自分をこの島に迎えてくれたユリア。

 共に戦う仲間として認めてくれた黒兎。こんな自分に憧れを抱いてくれるクルセイダースの仲間たち。


 そして。


「はははははは! 春秋よ、相変わらず無病息災だな!」

「またなんかやらかしたのか、昂」


 馬鹿なことをして飽きさせない、悪友。


「少しばかし悪戯が過ぎたようでな、もっぱらシオンから逃走中だ」

「何をしたんだよ、お前」

「シオンが隠していた『今日のお兄ちゃん』って昔の日記帳を音読した」

「死んだな」

「はははははは! このくらいで死んでたまるか。というわけで俺は逃げさせて貰う!」


 大声で笑いながら昂が去って行く。朝から台風が通り過ぎた感覚だ。

 どこか遠くから「うぉぉおらあああああああ! 待ちやがれ篠茅先輩いいいいいい!!!」とか聞こえてくるが、とりあえず巻き込まれないようにしておくべきだ。


「平和だな、仁」

「平和だよなぁ、春秋」


 少しだけ感傷に浸ってしまうのは、今日という平和が尊いモノだと理解しているからだ。


「そうだ、祈の怪我は大丈夫なのか?」

「水原なら問題ないってさ。腕が折れたけど綺麗に治るらしい」

「そうか。あまり無茶な戦闘はしてほしくないんだがな」

「仕方ないさ。お前は一人しかいない。黒兎先輩も一人しかいない。クルセイダース最強なお前たちにだって手の届く限界がある。だからどうしても、怪我をする人はいる。俺たちは俺たちの意志で戦ってるんだから、お前がそこまで背負う必要はないよ」

「わかってる。だからこそ、歯がゆいんだ」


 これ以上の力を求めているわけではないけれど。

 自分の手が届かなくて、誰かが傷つくのは悲しいから。


 だから今日も、平和を噛みしめて日常を謳歌する。


「そういえばユリアさんはどうしたんだ?」

「今日は会議だそうだ」

「ここんとこ毎日じゃねーか。それで二人の愛がしっかり育めるのかよ」

「問題ねーよ」


 朝も二人で食事をし、恐らくだが夕食も一緒だろう。そんな四六時中ずっとひっつくようなユリアでもないのだから。


 けれども春秋としては、もう少し甘やかしたい気持ちもある。


「…………うん、やっぱり」


 一回だけ足を止めて、違和感を小さく口にして。


「春秋ー?」

「何でも無い。すぐに追いつく」


 先を行く仁を追い掛けながら、春秋は今日をどう過ごそうか考える。

 《侵略者》が来ないのならば、たまには遊びに行くのも悪くない。

 出来ればユリアも誘って、仁や昂、黒兎とシオン、それに。




 ―――それに。

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