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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第八十七話 至りし帝王




 星華島を闇が包み込もうとしている。日は傾き、逢魔が時とも呼ばれる時間。

 春秋と桜花は星華学園の図書館へ向かっていた。しっかりと指を絡め、固く手を繋いで。

 二人の表情は重い。


 ユリアから見せられた映像データ。神薙マリアが殺される光景だ。

 暗殺の実行犯に、春秋も桜花も見覚えがあった。


 以前ここの図書館で春秋に書物を提供し、図書館の管理者と名乗った少女に酷似していたのだ。


「……鍵が開いてるな」

「管理者さん、いらっしゃいますか?」


 桜花が呼びかけるが、扉の向こうから返事は帰ってこない。

 恐る恐る春秋は扉を開き、異質な空気のする図書館に踏み込んだ。


 静かな図書館だ。星華学園の校庭からはクルセイダースの訓練の声が聞こえてくるが、そんな声の全てを呑み込んでしまいそうなほどの静寂だ。

 室内灯が点ける。図書館のどこからも反応は無い。


「春秋さん、私は資料室を探してみます」

「何かあったらすぐに叫んでくれ。何を置いても駆けつける」

「わかりました。春秋さんも、無理はしないでください」


 春秋は真っ直ぐ進み、以前管理者と向き合っていた机に向かう。

 桜花はすぐに曲がってカウンターの向こう側にある資料室へと向かう。


 別れて何かしらの手掛かりを探そうとしたのは、人の気配も魔力も何も感じなかったからだ。

 安全を十分に確認したわけではないが、少なくともここまで広くない図書館であれば何かが起きても間に合う。桜花を危険に晒すつもりは無い。


 周囲を警戒しながら机に近づくと、一冊の本が置かれていた。

 『機帝のリベリオン』と書かれている書物だ。春秋はこの本に覚えがある。

 管理者に借りた物語。


 白と黒、二人の少年を主人公とした物語。

 管理者は確か、こう語っていた。


"世界に愛された復讐者と、世界に嫌われている異邦人の友情"


 その言葉に、春秋は違和感を抱いた。

 つい最近、そんな二人の話を聞いたことがある。

 いや、気のせいかもしれない。

 頭を過ぎった二人の顔を振り払い、おもむろに本を開いてみた。


 きっとそれは、記憶の違和感を払拭する為の行動で。

 けれども、春秋は開いてはいけないものを開いてしまった。


「――――え?」


 春秋は以前、この物語を読んだ。

 登場人物の名前を忘れたつもりはない。そもそも一度読んだ本の内容はたいてい忘れない。

 それが印象に残る物語だったら尚更だ。


 それなのに、どうして。


「奏と、昂……?」


 ――――――それ以上はダメだと、頭の奥から警鐘が鳴る。


 物語の主人公は、奏と昂で。姓も名も寸分違わず、さらにはナノ・セリューヌといった聞き知った単語まで出てくる始末だ。


 思い出すな。思い出すな。思い出すな。

 管理者はあの時どんな言葉を続けた。


 春秋は、この物語を「悪趣味」と評じた。

 管理者は。


『我ながら素晴らしい物が描けていると思うが』


 その言葉の意味を理解しきる前に、低い声が春秋を襲う。


「その物語をどうするつもりかね。黄金の英雄くん?」

「――――!?」


 誰もいなかった。

 人の気配も、魔力の気配も、何も感じなかった。

 そこにあったのは、ただの本棚だったはずだ。


 振り返った先に、本が浮いていた。分厚い表紙に守られた本は中身を曝け出すように開かれている。

 声は、本の中から聞こえていた。そして春秋は、長い旅の中でも全く見たことの無い現象に見舞われる。


 開いたページに刻まれていた文字が飛び出してきた。飛び出してきた無数の文字は空中で踊り、そして徐々に一つの形に纏まっていく。


 それはヒトだ。ヒトの形だ。


 文字が集って足となり。文字が集って腕となり、腰となり、胸となり、首を伸ばし、頭となり、髪となり、そしてヒトの姿が完成する。


 肉体を覆うように文字が集う。

 どことなく黒ずんだ、禍々しさを感じさせる黄金の鎧となる。

 黄金の髪を掻き上げ、黄金の瞳が春秋を見つめる。


「夢幻神"帝"ファントメア――物語への介入を始めよう」


 その名前を聞いた瞬間、春秋は後ろへ飛んで黄金の炎を噴出させる。

 けれどもファントメアは戦う意志はないのか、構える春秋に対して無防備な姿を晒している。


 罠かもしれない。だから春秋は無策で攻め込むことはしない。


「炎宮春秋。黄金の英雄。それがお前の選択なのだな?」

「選択、だと?」

「選択だ。(あるじ)を求めて図書館を訪れるのはわかる。分岐点はここだ。お前が、茅見奏の物語に触れた。まだ知ってはならないというのに。まだだ、まだ、なのだ。故に、私が呼び出された」

「お前は、何者だ。夢幻神帝なんて存在は、聞いたことすらない……っ!」

「それはそうだ。私を含めた三神帝は主直属の"次のステージ"に届いた者。わざわざ空想世界を蹂躙しない。けれど、お前は別だ。お前が、主の世界を脅かすのであれば、私はお前を消す」


 敵意。ファントメアから感じる敵意を前にして、春秋はレギンレイヴを構えた。

 けれどファントメアは構えることすらしない。敵意を見せていても尚、拳を振り上げることすらしない。


 このまま問答を続けていても埒があかないと判断した春秋は行動を起こす。

 ファントメアの手を読む為に、牽制としてレギンレイヴで刺突を繰り出す。

 けれどファントメアは回避の動作すらしようとしない。ならばと春秋は左の胸へ照準を合わせる。


「帝王たちと同じ防御術式か!」


 レギンレイヴはファントメアの身体を貫いた。けれどダメージは一切無い。

 貫いた箇所が揺らぎ実像が鈍る。すぐにそれが幻術の類いだと判断した春秋は、次いで黄金の炎で強引にファントメアを呑み込もうとする。


「違う。異なる。同じにするな。私は帝王などという矮小な地位から脱却した。私は"夢幻神帝"である。私の言葉すら理解しようとしない愚か者よ、閉ざされし世界で眠るがいいッ!!!」

「っ!?」


 ファントメアの手より目映い光が放たれる。

 一瞬にして視界が奪われる。咄嗟に目を閉じ、光が収束した瞬間を見計らって黄金の炎で周囲を薙ぎ払う。


「お、おいどうしたんだよ春秋」

「……仁? どうしてここに」

「どうして、って。昼休みが終わったばっかだろ。教室に戻ってきただけだが?」


 目の前にいたのは、仲間である仁だった。感じる魔力も雰囲気も何もかもが朝凪仁だ。

 教室、と言われて振り返る。確かにそこは遠くから見たことのある、星華学園の教室だ。


 さっきまで自分は図書館にいたはずだ。そして、夢幻神帝ファントメアの攻撃を喰らったはずだ。


「おい仁、ファントメアは何処にいる。早く戻らないと、桜花が――」

「ふぁんとめあ? 誰だよそれ。それに戻るって。体調でも悪いのか?」

「……ふぬけた空気を出すな。今はそれどころじゃない。帝王を名乗る者が現れたのなら、ひとまず桜花の安全を確保しないと――――」


 どこか異空間に飛ばされたというのなら、早急に図書館に戻らなければならない。

 帝王を名乗る存在が現れた以上、狙いは永遠桜だろうか。

 図書館には桜花を残してきている。すぐそばにファントメアがいるのは非常に危ない。


 早く、戻らないと。戻って桜花を守らないと。桜花を失いたくないからこそ春秋は焦り、困惑している仁に詰め寄る。


「俺は図書館にいく。お前はリベリオンに連絡して、非常招集を掛けるんだ。わかったな!?」

「っておいおい落ち着けよ。よく意味がわからないんだが……その、リベリオンってなんだ?」

「なにを、言っている……?」

「いやお前が何を言ってるんだよ。ここは星華学園だし、俺たちはクルセイダースだろ? それに……桜花、って誰だよ」


 春秋はすぐに思考を回転させる。夢幻神帝ファントメアと名乗っていた存在から、ここが幻術の類いであると推測する。

 ならばどこかに幻術を仕掛けた存在がいるはずだ。

 それを探しだし、倒せばこの幻術は解除される。


 走り出そうとして、仁に肩を掴まれた。

 思わず力任せに振り払い、尻餅をついてしまった仁に慌てて声を掛ける。


「すまない仁。だが、だが今は遊んでいる暇はないんだ。ここが幻術だというのなら、早急に対応しなければならない」

「幻術? そんなわけないだろ。俺もお前も普通に登校して、普通に飯を食ったばっかだろ?」

「だから、なにを――!?」


 何処までも自分の言い分を理解しようとしない仁に苛立ちを感じつつも、とにかく状況を説明しようとする。

 帝王は、脅威だ。島に黒兎や昂といった強力な仲間がいたとしても、今帝王の近くにいるのは『――』なのだ。


 守ると決めた大切な女性。大好きで愛してる、自分を受け止めてくれる人。

 だから、すぐに戻りたいのに。


「っ……」


 頭の中に靄がかかる。


 戻りたいのに。どこに?

 守りたいのに。だれを?

 だってその人は、自分にとって大切な。だれだっけ。


 そんなじんぶつは、このせかいのどこにもいない。


「……あれ、俺は何をしようとしていたんだ?」

「寝ぼけてたか? まあお前のサボりと昼寝癖はいつものことだしな」

「そうか。……寝ぼけてたのか?」


 なにか わすれているような きがするのに。

 どうしても おもいだせない。

 おもいだせないから どうでもよくなって。


「あら、春秋と仁。どうかしたの?」

「ユリアか」

「おーうユリア嬢。戻って来たか。じゃあ俺はさっさと退散するから二人仲良く過ごしてくれ」


 かんなぎゆりあ。きんいろのかみの、くるせいだーすのりーだーで。

 そして、そして、そして。


「あ、もう仁ったら。気を回すなっていつも言ってるでしょ」

「そうだよなぁ。許嫁の関係とはいえそんなの卒業してからの話だしなぁ」


 おぼえがない。ちがうはずなのに。じしんがない。

 ちがうのに、ちがわない。

 かんなぎゆりあは、ほむらみやはるあきの、いいなづけで。


 それが、あたりまえの、こうけいで。


「ねえ、春秋」

「どうした、ユリア」

「……大好きっ」

「~~~っ。いきなり不意打ちで囁くな。教室だぞ!?」

「あはは。可愛い反応ご馳走様よ」

「ああもう。ったく、ユリアには敵わねえなあ」


 しあわせなこうけいで。あたりまえのこうけいで。




 ――――――――炎宮春秋、十七歳。星華学園に通う学生であり、クルセイダース総隊長。そして、その力量を買われて神薙ユリアの許嫁となった少年。


『夢へようこそ。けれどもそこはお前にとって夢ではない。そこが、お前の、新しい現実だ。安寧に暮らせる静かな世界だ。お前はそこで幸せに暮らすが良い。―――今の貴様では、主に挑むことすら烏滸がましい。故に、私の世界に幽閉する』

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