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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第八十六話 夜を越えて 祈り届いて




 春秋を初めとしたリベリオン一同はユリアの部屋へ招かれていた。

 部屋に入った瞬間からでもわかる空気の重さ。深刻な事態が起きたのだと察した桜花はそっと春秋の腕から離れる。


 春秋から桜花の手を掴み、指を絡めて繋ぎ止める。


 ユリアの部屋は一人で生活するには広すぎるくらいだ。

 十二畳はある部屋で、ベッドは窓際に配置されている。財閥の令嬢という割にはあまり飾りげのない殺風景な部屋だ。

 机の上だけは乱雑としている。それも書類の山だ。


 入り口近くに置かれているテーブルに並んで立つ。

 流石に人数分の椅子は用意してないと零すユリアだが、その表情に余裕は感じられない。


「ようやく集まったか」

「黒兎……」

「ウサギちゃんじゃん」


 先に呼ばれていたのだろう。黒兎が先んじて卓に着いていた。普段から冷静な彼の表情の重さから事態の深刻さがうかがえる。


「……篠茅昂。お前が島に協力するとはな」

「奏に負けたからな。約束は守る主義なんで」


 「どこがだ」と鼻で笑う黒兎だが少しだけ穏やかな表情を垣間見せた。

 春秋と桜花、黒兎と仁、昂と奏がそれぞれ並び、ユリアが躊躇いながら口を開く。


「……まず、何が起こったのかは私にもわからないわ。それを最初に言っておくわ」


 珍しく、ユリアが困惑している。信じられないと、信じたくないと表情が語っている。

 それほどまでの事態が起きたのだと誰もが理解する。ユリアは必死に言葉を探し、出来うる限り平静を取り繕って言葉を絞り出す。


「お祖母様が、殺されたわ。神薙財閥総帥……神薙マリアが、暗殺されたわ」


 ユリアは必死に感情を抑えている。

 その言葉の意味がどれほど重要なものか。


「神薙さん、お祖母様って、あの……」

「そうよ。奏を連れて会いに行った、あの人よ。神薙コーポレーションの会長であり、その母体となる神薙財閥のトップ。世界を支配する女帝とも言われている御方よ」

「いやいやいやいや。殺されたって、だってあんなに護衛の人がいたじゃないか。それなのに――」

「茅見奏。くだらない詮索はやめろ。お前には、いや、篠茅昂とお前なら思い当たる節があるだろう。そんなことをしでかす人物が。そんなことが出来る人物が」

「…………………まさか。いや、だって、だってあいつが動く理由がないだろう!?」

「奏、すとーっぷ」


 黒兎の言葉に動揺する奏を昂が諫める。昂はそれとなく察していたようだ。

 一方ユリアは事情を知っている黒兎を睨み付けている。恐らくだが、事前に相談した時には何も答えなかったのだろう。


 改めて、黒兎がテーブルに着く一同を一瞥する。ユリア、昂、奏、仁、そして、春秋と桜花。


「神薙マリアの崩御。それは親衛隊であるシャンハイズ。そこに身を置く女性インからもたらされた情報だ」


 黒兎の言葉にユリアが唇を噛む。


「彼女はマリア暗殺の場に立ち会ってしまい、何かしらの濡れ衣を着せられ、同胞であるシャンハイズに追われ殺されかけた。死に瀕していた彼女を救出はしたが、予断は出来ぬ状況だ」


 黒兎が言うには、インは現在星華島の病院に運び込んだとのことだ。

 黒兎の力でかろうじて命を繋ぎ止めているが、彼女は命の炎(アルマ)もなにもない。

 つまり、本当の意味で"死んでいない"だけなのだ。


 なんとか彼女を救おうと医療スタッフが総出で治療に当たっているが、こればかりはもう神に祈るしかない。


「彼女が命がけで持ち出した情報が、これだ」


 次いで黒兎はパソコンを操作し、インが持っていた小さなメモリーカードを接続する。

 収録されているのは映像データだ。大型モニターへの転送を始めると同時に、ユリアと桜花に「見ない方がいい」と警告する。


 その映像は、とてもじゃないがユリアには見せられない光景だった。

 けれどユリアは画面から目を逸らさない。自分が次の神薙財閥を守る者として、尊敬する祖母の最期を見届ける為に。


「……酷い。お祖母様を、お祖母様を……!」


 映像は乱れていて詳細な部分は判別できない。

 けれど、わかる。


 黄金の少女が、神薙マリアの首を折ったことを。

 黄金の少女が、神薙マリアの姿になるところを。

 立っている神薙マリアと、死体となった神薙マリア、二人のマリアがその部屋にいることを。


 その少女を見て、黒兎が、昂が、奏が息を呑んだ。

 そして春秋もまた、その少女に見覚えがあった。

 桜花だけは、真剣な眼差しで画面を見つめていた。


「■■の■■■……っち。こいつが、【黄金の魔女】だ」

「しっかし動く理由がなぁ」

「そうだよ。あいつは理不尽で最悪で最低だけど、こんなことをする意図がわからない。どうして……」


 黒兎が舌打ちし、昂と奏は事態を理解しようと思考を巡らせる。

 一方で春秋と桜花は見つめ合う。

 自分たちは知っているのだ。この黄金の少女が、この島にいたことを。


「なあ桜花。こいつは、図書館にいた奴だよな?」

「はい。図書館の管理者さんです」


 この情報がどんな結果を招くかは、春秋もわからない。だから意図的に小さな言葉で桜花にだけ話しかける。

 桜花もまたそれをわかっていて言葉に応える。

 言葉を選んでいることに春秋は気付いた。


 桜花は何かを知っている。けれど、それを敢えて伏せている。

 それをこの場で追求するつもりはない。春秋は桜花が自分に不利益を被ることをするわけがないと信用しているし、何より優先することが他にある。


「神薙ユリア。茫然自失とする気持ちはわかるが今は行動するべきだ」

「……わかっているわ。神薙財閥が乗っ取られた以上、星華島は周辺諸国からも狙われる可能性が非常に高いわ」

「俺と篠茅昂の目的はこの【黄金の魔女】を倒すことだ。そして、それは茅見奏も同じだろう?」

「……ああ。かつては負けたけど、次は負けない。今度こそ、あいつを倒す」


 浅からぬ因縁があることを仄めかす奏だが、その意味はユリアに届いていない。

 ユリアは冷静に振る舞っている。けれどもそれが無理をしていることくらい誰にだってわかる。


「ユリア、神薙財閥にあまり賛同していない国はないのか?」

「あるけど、それがどうかしたの?」

「苦肉の策だが……神薙財閥が乗っ取られた、という情報を流すんだ。それも、島の代表であるお前から直接」

「……時間稼ぎにしかならないわよ?」


 正直に言って、春秋もまだ考えが纏まっていない。黒兎や昂を見れば彼らは覚悟を決めていて、すぐにでも戦うことを望んでいるようにも見える。


 事情がわからない以上、春秋の考えはこれまでと同じ専守防衛だ。

 神薙財閥が敵に回ったとしても、この島を守る為に全力を尽くす――今はそれしか手段がない。


 仮に神薙の本家に特攻し、よしんば【黄金の魔女】を討てたとしても、それは結局神薙グループでの内輪もめでしか無いのだ。

 その隙を突いて島の技術を求める勢力に侵略されては元も子もない。


「とにかく時間を稼いだほうがいい。神薙財閥が独断で島に攻め込むのならまだいい。軍隊が来るだけならまだいい。最悪は"どちらも"一緒に攻めてくることだ。戦力としては申し分ないが、数的有利は覆らない。連戦になっても構わないから、少しでも敵勢力の分断を狙うべきだ」

「……春秋。あなたは……普通の人と戦えるの? 春秋だけじゃない。仁も、奏も」


 ユリアの視線は重い。それは覚悟を問いかける言葉だ。

 これまでの《侵略者》ではない、この世界に生きる人間を相手取る。

 ヒトの命を奪うこと。ユリアはそれを懸念している。


「俺はこの島を守る。命を奪うことでこの島の誰かの心が曇るのならば、俺はそれも避ける。被害は抑えるし、加害も抑える。その為にも、時間が欲しい」

「俺は……俺は正直、自信はない。人間を相手にしたことはないし、同じ人間相手に武器を震えるかも正直怪しい。でも、でも、俺もこの島を守りたいんだ。だから俺は、春秋の意見に賛成だ」


 仁も春秋に同意し、桜花も二人に並ぶ。


「『神薙ユリアが殺された』、『神薙財閥の急な方針転換はそれが原因』、『これから星華島は神薙財閥との戦いになる』……そこまで伝えれば、少しは初動を遅らせることが出来ると思います。彼らも国を抱える身ですから、不用意な判断は出来ないと思います」

「……私自らが『神薙マリアは偽者である』と伝えることが大事、ってことよね」


 それでもユリアはまだ決心を固めきれない。これまでずっと守ることだけに専念してきたのだ。自分たちの意志で、守る以上をしろというのは酷である。


「神薙ユリア」

「春秋、仁、桜花。……黒兎、昂、奏。私から言いたいことは、一つだけよ。

 この島を……いえ、"神薙"を守って。お祖母様が、お父様とお母様が、私が守りたいと思った、この島を。私の帰る場所を」


 春秋はそっとユリアの肩に手を乗せた。釣られるように、黒兎もまたユリアの肩を支えるように手を伸ばした。


「任せろ。この島を、守ってみせる」

「任された。神として、この島で生きた人間として。――【黄金の魔女】を討つ為にも」


 弱々しくも、ユリアが笑顔を見せた。精一杯の強がりを見て、リベリオンは一つとなる。


「島を守り、神薙財閥を取り戻し」

「【黄金の魔女】を討ってハッピーエンドを目指そうじゃねえか」


 春秋の言葉に昂が続く。心を重ねるように、皆が手を伸ばして重ねる。


 覚悟は決まった。すぐに行動に移るべきと判断したユリアはさっそく本部へ駆けていく。

 護衛として仁と黒兎が同行する。古くからクルセイダースとして活動してきた二人が付いていくのだから、これ以上無い説得力になるだろう。


「桜花」

「……はい」


 春秋は桜花の手を取って歩き出す。

 確かめなければならないことがある。

 映像データに映っていた女性――図書館の管理者を名乗る少女について、だ。

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