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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第八十二話 神薙マリア 世界の「女帝」




 神薙財閥本家は緊迫した空気に包まれていた。

 バタバタと駆け出していく黒服のエージェントたちを尻目に、金髪の青年・フーは退屈そうに欠伸を漏らす。


「フー、欠伸」

「いいじゃねえか。お嬢もいねえし、退屈なんだよ」

「不謹慎。今からマリア様と議会の交渉が始まる。ワタシたちが醜態を晒せば、それはそのままマリア様の評価に繋がること、忘れてはダメ」

「へいへい。ロンちゃんの言うとおりでございます~」


 そんなフーを咎めたのは銀髪の女性、イン。

 フー、ティエンと並ぶ"シャンハイズ"に属する女性だ。

 咎めてはいるものの、インも他の黒服たちほど緊張はしていない。


「んで、ティエンは付き添いか?」

「ん、もちろん。シャンハイズ一席が同行する習わし」

「か~~~~~っ。昨日の決闘に負けた所為で席を奪われたわ」

「ティエンもフーも強すぎる。ワタシたち(シャンハイズ)はみな実力はあるけれど、二人だけ別格」

「そりゃもちろん、愛が違うからな」

「愛。フーのいつもの。くだらない」

「くだらなくはねえだろ~? ティアンはババアに、俺はお嬢(ユリア様)に。愛を捧げて愛を貫く。わかってるか? 愛を背負えば、人は強くなるんだぜ。きりっ」

「うわダサ」


 ニヒルに笑うフーを一蹴し、マリアが準備をしている"獅子王の間"へと視線を向ける。

 距離を取ってはいるが、マリアとティエンの話し声は聞こえてくる。まだまだ時間が掛かりそうだ。


「フー。一つだけ質問、いや、質問ではないか」

「愛の告白なら御免被るぜ? 俺の童貞はお嬢に捧げるって決めてるからよ」

「うわウザ。いいから。そういうのいいから。……この前ユリア様が連れてきた少年。ユリア様はフーより強いと言っていた。で、どう?」

「ああ、あのガキは強いよ」


 "シャンハイズ"最強を名乗るフーは、それでもあっさりと認めた。

 意外な返答に思わずインはフーに視線を向けてしまったほどだ。それほどまでに、フーが他者を認めることが珍しい。


「だがな、俺"より"強いは少し違うな。そもそも強さってのは価値観と同じで人それぞれ基準が違う。俺はティエンと戦績が五分だが、俺はティエンより強いと自負している。ティエンもそうだ。じゃあ俺たちの間の差ってのはなんだと思う?」

「わからない」

「愛だよ」

「なぜそこで愛」

「大事なのは心、ってことだよ。例え相手が俺より強かろうが、俺だって強い。だって俺の心には絶対に負けられない意志(あい)があるから。相手が強いから負けていい理由にはならないし、弱いから負けていい理由にもならねえ。わかってんだろイン。戦いってのは、結局最後に立ってる奴が勝者で強者なんだよ。その点あの茅見奏っつーガキは良い目をしていた。俺やティエンに負けず劣らずの愛を抱えている」

「……島の最強戦力、炎宮春秋については?」

「愛がない奴に俺は負けない」

「フーの理屈は理解出来そうで根性論すぎる」

「お子様にはわからねえか~~~~~~~」

「ワタシお前より年上だが???????」


 子供のような掛け合いは和やかなものだ。緊張した空気とは違いすぎる二人の雰囲気。

 けれどそれもすぐに終わる。"獅子王の間"が開き、中から筋骨隆々の青年が現れたからだ。


「フー、イン。マリア様の御出陣である。続け」

「了解、と」

「了解です」


 サングラスで瞳を隠す青年、ティエンに続くようにフーとインが並ぶ。

 ティエンを先頭に、その後ろにフーとインが並んで膝を突く。

 獅子王の間の奥から姿を現したのは、とても妙齢とは思えない若々しい姿の女性であった。

 絢爛豪華な着物を纏い、金の髪を漆黒のかんざしで纏めている。

 纏う雰囲気は高圧的なもので、近づくだけで息が苦しくなるほどだ。

 事実、だからこそシャンハイズ以外の黒服たちは彼女を迎する為に並ばない。

 倒れてしまっては不敬だからだ。この場に立てるシャンハイズこそ、神薙マリアが、神薙のために育て上げた自警団。


「ティエン。フー、イン。他の子供たち(シャンハイズ)はどうしている?」

「コン、シャン、マオ、ビェンはご指示通り任務に就いております。ツァン、ホン、シュイは星華島近海で待機しております」

「ツァン、ホン、シュイも任務に同行と伝えなさい。見せつける必要がある」

「向かわせます」

「よろしい」


 神薙マリア。

 『神の眼』とも呼ばれる先見の明によって政治・経済ともに世界中のありとあらゆるものに携わり、影から世界を支えた女帝。

 神薙財閥を一代でのし上げ、事実上世界の支配者とも言われるほどの女性である。


 齢六十には見えない若々しい姿もまた、彼女の威風堂々とした雰囲気を際立たせる。

 生半可な気持ちでは彼女を直視することも出来ない。それほどまでに圧倒的な女性である。


 ユリアの祖母らしく、美しい流麗な金の髪をたなびかせ。雪のような白い肌にはシミ一つ見当たらない。

 女性の魅力というものの全てを内包しているかのようなマリアは、厳しい表情のまま廊下を進む。


 マリアが向かったのは、神薙本家に特設された洋装のホールである。

 そこには世界各国の首脳陣がそろい踏み、神薙マリアを待っていた。


 重い扉をティエンが開き、フーとロンがマリアを守るように並んで歩く。


 黄金と銀の獣を従える女帝――――その場にいる誰もが、神薙マリアに抱いたイメージだ。


「お待たせしました。貴方たちの要望で神薙のホールを用意しましたが、如何様なご用件か」


 ホールの中央に立ったマリアが開口する。その言葉だけでたじろぐ者も何人かいるが、それでもホールの空気は変わらない。


「星華島のことだ、ミセス神薙。島に新たな脅威が現れ、再びトワザクラが危機に陥っていると聞いているが」

「報告書にあった篠茅という少年のことだろうか? 確かに脅威ではあるが、【予言】もない、そして防衛部隊によって迎撃は出来ているが」

「それは以前の報告書だろう。つい先日届いた、斉藤という少年からのメールについてだ!」


 壮年の男性は一歩も退かずマリアに敵意の眼差しをぶつけている。けれどとうのマリアは表情を変えることなく言葉を返す。


「そのメールについては、篠茅によって錯乱し送られたモノと連絡を受けている。その為内容について信憑性は限りなく薄いモノと判断しているが」

「錯乱している、というのならばより本音が出るものだ。ミセス神薙、よろしいか? 子供だ。まだ二十にも満たない子供が、明日を怯えて助けてくれとメールを投げたのだ。この四年間初めてのことであり、同時に神薙財閥が情報統制をしていた事実ではないのか!」


 男性は強くマリアを糾弾しようとする。

 昂に操られた少年、斉藤拓哉。彼は自室の端末から島の外へメールを投げた。

 その内容とは、分かりやすく言えば救援要請である。

 そして、わかりにくく言えば言うほど、島の混乱を理解させられるものである。


『星華島は、リベリオンの皆様によって守られています。でも、リベリオンの力は明らかに余剰であり、彼らの刃がこちらに剥いたらと思うと夜も眠れません。また、炎宮春秋さんが来てから異常なほどに、彼らでなければ対応できない《侵略者》が来ています。私たちは平和に暮らしたいだけなのに、戦いたくないのに。どうしても戦いに駆り出されてしまう。お願いします。島を、星華島を守って下さい。俺たちはまだ子供で、大人の保護が必要なんです。お願いします、今度こそ、島を守ってください』


 そしてメールに同封されていたのは、リアルタイムで録画されていた時守黒兎の戦闘映像だ。

 およそ島を守る存在としてみれば過剰すぎる力。触れるモノ全てを死に至らしめる終焉の闇(ベンヌ)


 『子供』にとって、これほどの力が身近にあることがどれほどの恐怖か。

 青年はそれを主題として議論を進める。けれどどんな言葉もマリアの心を揺さぶるほどのものではない。


「現にこうして島の子供たちから救援要請が来ている以上、我々は星華島に手を差し出すべきなのだ。神薙財閥の後方支援だけではなく、我々『大人』が『子供』を守るべきだ!」

「それが四年間も星華島からの協力要請を断ってきた人間の言葉か?」

「っ……時世が変わったのだ。世界は星華島により注視し、子供たちを守るべきだと世論も傾いている!」

「それで? 具体的にどのような支援を行うつもりで?」

「クルセイダースを解体、以降は正規軍による防衛作戦を展開する。希望者には島外への移住も許可し、これから先争いとは無縁の世界で生活できるよう支援する!」


 青年の言葉に他国の代表たちも首を縦に振る。

 少し流れが悪い、とマリアは理解している。けれどここで押し負ける訳にもいかない。

 だからこそ、神薙マリアは断言する。それが倫理に反しているとしても、今の現状を理解し納得している孫娘(ユリア)の意志を尊重して。


「四年前、私の娘と娘婿はあの島で死んだ。その当時から私は貴方たちに協力を、支援を要請してきた。それら全ての過去を持って、貴方たちは『支援をする』と言い切るのか」

「だからそれは世論が――」

「世論が、国民が。その程度の理由で子供たちが納得すると思っているのか。星華島の子供たちは、私たちが手を差し伸べなかったばかりに大人にならざるを得なかった子供たちだ」

「ぐ……っ」

「それに正規軍にしても、だ。彼らが所有するカムイは正規軍が使用する兵器よりよっぽど安全で強力だ。得体の知れない軍よりも、クルセイダースに一任したほうが星華島は安全だ。それは各国の方々もわかっているだろうに」


 マリアが一蹴すると他国の代表たちも言葉に詰まる。

 星華島が造り上げた――神薙ユリアが設計し、炎宮春秋の協力によって完成したカムイは島外の技術よりも遙かに優れた仕上がりとなっている。

 安全性、機能性、魔力の効率性能。そのどれもが群を抜いており、クルセイダースという集団は想像以上に強大な軍事力を持つ組織なのだ。


 だからこそ、だ。だからこそ、他国は星華島が欲しいのだ。

 小さな島一つ守るだけでは勿体ない、『兵器』が欲しい。

 もちろんそれを言葉にしてしまえば非難は避けられない。

 故に、必死に建て前を探してマリアを説得しようとしているのだ。


「議論はこれ以上進まない。進めるつもりもない。議会はこれで終わりにする。お引き取りを」

「ま、待ってくれミセス神薙! 結論を出すには早すぎる!」

「……手短に、手早く、貴方たちの目的を理解してしつつ、波風立たないように言葉を選んでいるのはこちらだが?」

「ならば、言葉を選ばず言わせて貰おう! カムイは子供が持つには強力すぎる! 大人が、世界が、脅威とならないように管理するべきだ! そうだろう!?」


 神薙の特別ホールで行われている会議はあくまでも秘密裏なものだ。

 議事録の為に撮影・録音はされているものの、外部に漏れることは絶対にない。

 だからこそ言葉を選ばず本音で訴えてきた。

 それこそが、神薙マリアの逆鱗に触れるとはわからずに。


 重苦しい空気が、より重さを感じた。

 待機していたティエンが冷や汗を掻き、フーが「あーあ」とため息を吐く。表情をあまり変えることのないインでさえも苦虫を噛み潰したような表情を見せたほどだ。


「あの島は、愛娘が恋をして、愛しき婿と守ることを誓った島だ。そして今、孫娘が島を守ろうと奮闘している。わかるか、貴様ら。わからぬか、貴様ら。あの島は、そのような汚い理由で荒らしていい場所ではない。――――あの島に、土足で踏み入るなクソガキども……!」


 マリアの圧に、青年が押される。思わず椅子から倒れてしまうほどのプレッシャー。

 青年が手を出せばマリアを押し倒すことは用意である。けれど青年は、逆に言えば暴力でしか神薙マリアという女性を超えることが出来ない。


 そして暴力を使おうとしても、マリアを守る親衛隊が存在する。


「おっさんよ、大人しく引き下がった方がいいぜ?」

「誰がおっさんだ! いいか小僧、私はな――――」

「申し訳ありません、大統領。ですがここは丁重にお引き取り下さい」


 慇懃無礼な口振りのフーに激昂する青年。だがすぐにティエンが割って入る。

 だがそれでも青年は止まらない。口からは暴言が滝のように溢れ出る。


「なんなのだ貴様らは! あのような老婆に飼われている犬が!」

「言葉を選んで下さい。我々は犬ではありません。我々は『駒』です。我らはシャンハイズ。神薙の為に、マリア様の為に集められた親衛隊。マリア様が望むのであれば、私たちもまた世界を敵に回す覚悟は出来ておられます」

「き、貴様ら……! ミセス神薙、今日の言葉は撤回させんぞ。すぐに国に戻って厳重な対応を――――!」

「出来ると、でも?」

「な……」

「出来るのなら、すればいい。出来るのなら、な?」


 そう言ってユリアが指示を飛ばすと、会議場に設置されていた大型モニターに映像が流れる。

 その映像はライブ中継されているもので、ここから少し離れた港を映し出していた。


 よく見れば、黒煙が上がっている。それも一つではなく、複数の。

 煙を上げている船はどれも、青年が治めている国のモノだ。


「非武装で、隠密に行うこの会議。武装船を率いてきたのは何処の誰だ?」

「な、あ、あああああ……」

「もしやと思ってシャンハイズを向かわせておいた。視察を行い、武装しているのなら制圧しろとも伝えておいた。――まさか本当に、武装をし、あまつさえ攻撃を行うとは思ってもいなかったが」

「あり、えない。有り得ない。なんなのだ貴様らは! あの船は、最新鋭の武装で構成された特殊部隊で、負けるはずが――!」

「だからこそ、見せつけているのだ。ここにいる諸国の方々にも、な」


 一隻の船から一人ずつ、まだまだ若さの残る青年や女性が姿を見せた。

 誰もが黄金の武装を携行し、それぞれが単騎で船を制圧していたようだ。


「改めて、教えてやろう。彼らこそがシャンハイズ。私が集め、私が育てた親衛隊。神薙を、星華島を悪意から守る為に集めた精鋭である」


 マリアの言葉に従うように、ティエン、フー、インがマリアを守るように並び立つ。


「これは最終警告だ。もしも貴様らが星華島を荒そうとするのであれば。神薙が、シャンハイズが貴様ら世界を滅ぼしてやろう。我ら神薙を相手にする度胸があるのならば、宣戦布告でも何でもするがいい!!!」


 神薙マリアの一喝を以て、秘密裏の会談は終了となる。

 そしてこの会談こそが、神薙マリアの最期であるとは誰も知らなかった。

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