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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第八十話 黄 金 の 英 雄




 激痛は、慣れている。

 慣れては不味いのだが、こと命の炎(アルマ)を扱うようになってから、「どうせ死なない」と死への執着はかなり希薄となった。


 ここ最近は、少しだけ違うけど。

 春秋は、自分の命の重さを理解していない。

 理解出来ない。出来なくなってしまったのだ。


 どうせ、死なないのだから。

 終わりのない旅路の中で、死ぬことを考えたことはない。

 けれど、どうせ死なない、という考えが根底にありそれが絡んでいるのは明白だった。


「……ああ、イライラする」


 春秋は、珍しく苛立ちを隠せないでいた。

 普段であればシオンのウザ絡みにも対応出来る春秋が、苛立っている。


 それは、誰に対しての感情なのか。


「どいつも、こいつも、過去に縛られやがって」


 春秋は落下している。

 奏のアライバル・ブラスターを食らい、身体中から血を吹き溢して落下している。

 このままでは海面に激突し、無事では済まないだろう。


 でも、死なない。

 だから春秋は、己の感情と向き合っている。


「黒兎も、茅見も、篠茅も。思い出しただと? 過去も今も未来もなにもかも、だと。ああ、ああ、ああ……っ。本当に、羨ましい……っ!?」


 口から飛び出て、ようやく自覚する。不意に漏れる言葉は本音そのもので。

 春秋は、過去を思い出した彼らを羨んでいる。自分には過去がないから。


 いや、過去はある。けれど、背負うほどの過去がない。

 どれだけの旅を続けてきたかももう覚えていないくらいの長い旅。

 唯一覚えているとしたら、ハルクとの長いようで短い旅くらい。


 だから、羨ましいのだ。

 過去を思い出して、今抱いている思いすら越えるような熱い想いが。


「……薄っぺらいな、俺は」


 瞳を閉じて、いっそのこと負けてしまおうかとも考える。

 それほどまでに対する奏の熱い想いに感化されている。

 羨ましいから、それならばいっそのこと、昂を協力させる方向で動くのも悪くはない。


「大事なものが、俺にはないからな」


 この島を守ると決めて。

 仁やシオンといった仲間がいて。

 黒兎やユリアの熱を感じて。


 ここにいたいと。

 そうしたら俺にも、熱い何かで満たされるかもしれないから。

 そうして、そうして、そうしてようやく。


「お前の、隣に」


 ああ、そうか、と。

 春秋は、唐突に理解した。

 自分がこの島に拘る理由。

 今の自分の全ての根源。


「この感情が、どういう言葉で形にすればいいのかはわからない。でも、俺は――――桜花が、欲しい」


 胸を突き動かす熱い感情。これだ、と春秋の瞳に闘志が宿る。


 なら、負けられないと。

 なら、立ち上がろうと。


 だって、桜花に情けない姿は見せたくないから。

 いつだって、全力で勇ましい自分を見せつけたいから。


「――――」


 思わず瞳を閉じてしまうほどの、頭痛。


 閉ざされた視界の中で、浮かぶのは桜花のみ。

 自分の世界の全てだと、理解する。


 ――――そして、春秋は思い出す。

 けれどそれは完全ではない不完全な記憶。

 一瞬だけで、すぐに失われるとわかっていて。


 春秋は、苦笑する。


 どうせ死なないから。その考えが、間違っていた。


 死ぬにせよ死なないにせよ、この命はもう春秋だけのものではない。

 もしも春秋が死ぬのなら、悲しむ(桜花)がいる。


 それだけで、十分だ。

 それだけで、価値がある。

 自分一人の命じゃない。

 この命は、失うわけにはいかない尊いモノ。


 だから。


「――――――――負けられない。どんな時だって、どんな場合でも。俺は負けない。俺は死なない。俺は生きて、何度だって立ち上がって、そして、【全てを取り戻すとあの日に誓った】ァッ!!!!!!!!」


 春秋が両目を開いた。深紅の瞳が、黄金色を放っている。

 全身から命の炎(アルマ)を放出して、海面ギリギリで落下を止めた。


 そして、今もなお遙か上空で見下ろしている奏を睨み付ける。

 その表情は、奏にも見えている。

 奏は反撃を警戒して構える。

 春秋が何を繰り出しても上回ろうと両手を砲塔へ変化させる。


「アライバル・ブラスターセカンドッ!!!」


 両翼を広げ、眼下の春秋へ向けて一斉掃射を行う。

 先ほどのブラスターが雨ならば、セカンドの脅威は最早鬼雨(きう)

 先ほどのブラスターで間に合わなかった春秋ならば、反撃も防御も間に合わないほどの密度のエナジー・ショット。


 手加減は出来ない以上、春秋を殺すつもりでセカンドを放つ。

 そして勝つ。勝って、昂を認めさせる為に。


「俺は今日、アンタに勝――――!?」

「勝てると、思うなぁぁぁぁぁあああああああああッ!!!!」


 春秋が、『そこ』にいた。

 何故、どうして。全ては理解出来ないまま、奏は無防備に背中を晒していた。


 その状況を見ていた全ての少年少女たちが、誰も理解出来ないでいた。

 そして唯一、昂だけが破顔する。


「あの野郎、情報を上書きしやがったっ!」


 黄金の瞳の春秋は、激情を露わにしたまま奏に手を伸ばす。そして奏の翼を掴み、強引に引き千切る。


「な――――アライバルの翼だぞ。普通に破壊なんて出来るわけが!?」

「動揺してんじゃねえよ。お前が戦うのは『普通』じゃねえだろ。お前が戦うと決めた、あいつは、アライバル"如き"で簡単に勝てねえだろ。甘えてるんじゃねえぞ、茅見奏ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 翼を破壊し、体勢を崩した奏の首を掴む。落下を始める奏の身体を押し込んで、背に広がる炎をより爆発させ加速する。


「がっ、あ――――」


 けれど春秋は少しだけ落下地点をズラす。海面からズラした先は、コンクリートで出来た岸壁。

 勝ち負けを決めるのなら、海へ突き落として姿を眩ませる訳にはいかない。


 激情に駆られながらも春秋は冷静に思考している。


 熱い感情も、大事な命も、今の自分を維持する為に最低限残して余る激情を炎へ捧げる。


 命の炎は、価値あるものを捧げるほどより激しく燃え盛る。

 仁が未来の可能性を捧げたように。


 春秋は命を使っていても、命の価値を低く見ていた。

 命を消費する以上、誰よりも激しい熱量を扱うことは出来ていても。

 それでも今の春秋は断言する。


 普段の俺は、炎の使い方が下手くそだと。


 地面に直撃する寸前で、わざと奏の首を外した。

 もう奏に落下を止める手段はないし、手段を講じても間に合わないタイミングで手を外した。


 重力に屈した奏は必死に春秋に手を伸ばす。負けないと、親友の為にと熱の籠もった瞳を向ける。


 だからこそ、春秋は油断しない。加減をしない。例え、もしも、ここで、茅見奏の命を奪うことになったとしても。

 全力を出して勝利することが、全てを賭けた奏に報いることだから。


「言の葉よ、紡ぎ祈りて形にしよう。茅見奏、俺は、貴様を、【否定】する」


 その手に握られるのは細身の剣。レギンレイブ・ソーディアとは大きく異なる漆黒の剣。

 まるで黒兎の終焉の闇(ベンヌ)を彷彿とさせる、光すら呑み込む漆黒。


「が――――」


 奏が地面に叩き付けられ、受けきれなかった衝撃がコンクリートの大地にクレーターを作る。そして尚も高速で落下を続ける春秋は、手にした漆黒の剣を奏へ向けて。

 アレはヤバイと、消えそうな意識の中で奏は懸命に藻掻く。

 アレを食らえば、確実に死ぬ。死ぬだけで済めば良いくらいだと本能が警鐘を鳴らしている。


「――全てに、終焉を。お前の物語は、ここで終わりだ」

「わかった春秋、協力でもなんでもするから、奏を殺すなっ!!!!」


 剣が突き刺さる瞬間に、昂の言葉が耳に届いて。

 口元を歪ませた春秋が、待っていたとばかりに加速を急停止させた。

 咄嗟に剣を投げ捨ててそれでも殺しきれない勢いを拳に乗せてコンクリートに叩き付ける。


 奏の顔のすぐ横で、コンクリートが貫通される。

 クレーターでは足りないとばかりにコンクリートの大地が崩壊した。


「……ああ、やりすぎたか」


 春秋はすぐに奏の腕を掴んで崩れていない岩壁へ放り投げる。

 崩れていく岩壁の中で、春秋を睨み続ける昂へ嗤う。


「炎宮、春秋。黄金の英雄」

「まだ、だ。まだだよ、昂」

「……そうか。まだ、か」

「まだだ。まだ。だから」


 少ない言葉を交わして、昂の肩を担いで春秋も移動する。

 倒れ伏している奏の隣に昂を投げ、「ふぅ」と小さくため息を吐く。

 黄金の瞳を奏と昂に向けて、そんな春秋に、駆け寄ってきた桜花が声を掛ける。


「春秋さん、ご無事で――!?」


 駆け寄ってきた桜花を、たまらず抱きしめた。

 もう二度と離さないとばかりに、熱く強く抱きしめる。

 瞳を閉じて、感じる桜花の温もりに集中する。


 ああ、これだと。

 守りたいモノ。大切なモノ。自分自身にとって、全てだと。


「は、春秋さん……?」

「……もう大丈夫だ。大丈夫、ありがとう、桜花」

「ふぇ……?」


 不意に名前で呼ばれたことに、思わず変な声を零してしまう桜花であった。

 少し寂しいけれど、桜花の身体を離す。

 瞳を開いた時にはもう、春秋の瞳は深紅の色を取り戻していた。


「春秋、二人は」

「大丈夫だ。無力化したし、篠茅も協力することを承諾した。茅見は意識を失ってるが……まあ、死んでないだろ」


 慌てて駆け寄ってきたユリアに状況を説明する。

 身体に残る違和感を誤魔化しながら、春秋はもう一度桜花に微笑みを向ける。


 あの時、あの瞬間、自分が何をどうやったか、今の春秋はほとんどを忘れてしまっている。

 もしかしたら、その瞬間の記憶を炎に捧げてしまったのかもしれない。


「……問題はないな。過去があろうとなかろうと、俺は俺だ」

「春秋さん?」

「あいつらに全部任せて帰ろうぜ、桜花」

「ふぇっ。あ、あののののの春秋さん……?」

「どうした?」


 あまりにも自然に名前で呼ばれて桜花は戸惑っている。一方の春秋はそんな桜花の珍しい表情を観察して堪能している。

 動揺する桜花の手を取って歩き出す。


「ちょ、ちょっと春秋。無力化したからといっても、あなたのさっきの戦闘について――――」

「悪い。今はそんな気分じゃないからパス」

「パス!!??!?!」


 流石のユリアも春秋の対応に困惑している。先ほどまでと雰囲気が違いすぎて、どう言葉にすればいいのかわからないのだろう。


「なんかよくわからないんだが、四ノ月も春秋も良い感じじゃん」

「え、先輩が男女の空気を理解した……? 本当に先輩ですか……?」

「お前は普段の俺を思ってるんだ???」

「言葉にしないのが先輩の為だと思います」

「うっす……ありがとうございますシオンさん……」


 去ってしまう春秋と桜花の後ろ姿を見守りながら仁は嬉しそうに微笑んだ。隣に立つシオンも、二人の空気を感じて飛びつきたい衝動を我慢した。


「仁、シオン! 良い話みたいに纏めてないで篠茅と茅見の輸送に協力しなさーーーいっ!!!」


 唯一置いてけぼりなユリアだけが、今の状況を終わらせようと奮闘しているのであった。

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