第七十八話 前を向いて、それでも一歩を
「家屋の破壊が三十超、隊員たちの負傷が十五、被害報告は――――」
四ノ月邸にて、ユリアの口から被害状況が読み上げられていく。
同席しているのは春秋と桜花、そして仁だけだ。
黒兎も奏もいない。
黒兎は自ら選んで姿を消した。奏については何の連絡も来ていない。
奏――アライバル・ソウの戦闘データには目を通している。
昂を単独で倒し、救助に向かったところで映像データは終わっている。
その後の奏が昂を助け、どこに運び込んだかまではわからない。
「聞いてるの、春秋」
「聞いている。リベリオンは戦力が半減。天獄帝の侵攻は収まったが、帝王レベルの脅威に対して星華島の防衛戦力では心許ない状況となっている。隊員たちのメンタル部分のケアもしなければならない。そうだろう?」
「聞いているのなら、いいわ。……そうね。問題は山積みよ。今まで負傷する隊員はいた。けれど、今回明確に欠員が出てしまった。それは少なからず隊員たちに不安を抱かせているわ」
隊員たちには嘘偽りなく情報を共有している。
天獄の帝王との契約不履行により、天獄へ幽閉された。
帝王たちの襲撃に始まった戦いの中で、初めてクルセイダースから脱落者が出た。
その事実が、少年少女たちに重くのしかかってくる。
「……私たちは、失うことを恐れている。大人たちと、始まりの十九世代……彼らの遺志を継いで、必死に、懸命に戦い続けてきたからこそ……誰も失っていないことが、心の拠り所になっていたのは事実よ」
「メンタルのケアに関しては俺は何も出来ない。そこは神薙たちに任せるしかない」
報告書に目を通しながら春秋は考えを巡らせる。
春秋に出来ることは、『次』に備えることだ。
星華島は永遠桜がある関係上、全てにおいて後手に回るしかない。
永遠桜を守ることこそがクルセイダースの命題である以上仕方のないことだが、本来春秋は守ることよりも攻めることを得意としている。
だからこそ、次を予測して最善の手を用意しておかなければならない。
自分一人でも戦力は十分と判断出来る部分はある。
だが、それでも足りないと感じる部分も多々ある。
例えば帝王との戦いの時、風帝と地帝の同時襲撃がそれだ。
あの時は風帝を先に倒し、合流して地帝を倒すという方法だった。
もしもあのタイミングで、黒兎がすでに戦力として存在していたのなら。
仁もシオンも大けがをせず、島の被害ももっと抑えられたかもしれない。
帝王レベルの相手をするのなら、春秋一人でも問題はない。
けれど一人でカバーしきれない部分があることも事実なのだ。
そして今、黒兎を失った以上出来なくなったことを考慮しなければならない。
「朝凪、斉藤の行方はわかったのか?」
「……ああ。シオンが見つけたそうだ。自室で倒れていたそうだ」
「寮の自室で? 篠茅が装着させたであろうリングは」
「外れてはいたようだ。多分だけど、自動で外れるように調整されてたんじゃないか、って」
「……ふむ。斉藤はどうして自室に?」
「パソコンが壊されていた。これも予測だが……島の外に、何かのデータを送ったんじゃないか、と」
報告を受けて、一安心した。祈を救うことは出来なかったが、もう一人まで失わずには済んだ。
気がかりなのは、斉藤が送ったとされるデータについて、だ。
「復旧作業は」
「物理的に破壊されてて不可能だそうだ。ネットワークを追跡はしてるらしいが、期待はしないでほしいと」
「つまり、今の俺たちに知られては不味いものが島外に送られた、ということだな。神薙、それについて何か予測は」
「一番気になるのは春秋のことだけど、それはお祖母様と話が付いてるわ。それ以外についてお祖母様からも連絡を受けていない以上、致命的なことはないと思うけど……」
「気になるな。神薙の本家に確認を取れるか?」
「やっておくわ」
「みなさん、お茶にしませんか?」
ユリアがため息を吐いてところで、桜花が休憩を切り出した。
同意の言葉も待たずに茶菓子を用意し、それぞれの好みに合った飲み物を用意する。
温かいお茶を一口啜り、春秋も一息つく。
「もっしもーし! 元気ですかししょー!」
「お前が来た所為で元気じゃなくなった」
「嫌みが言えるなら元気ってことです。時守シオン、入室します!」
少しばかし弛緩していた空気を緩ませるようにシオンが飛び込んできた。
大量に抱えていた書類を机の上に広げ始める。慌ててユリアは報告書を纏め、思わずシオンに苦言を零す。
「シオン。今はリベリオンの緊急会議中って話を――」
「これを、承認して欲しいんです!」
叩き付けるように見せつけられたのは設計図だった。
それも明らかに普通の兵装ではない。剣であり、銃であり、盾でもある兵装だ。
これまでのクルセイダースに配られるカムイとは一線を画すその兵装は。
「桜式統合兵装・スペリオル。ナノ・セリューヌを用いて変形・可動し、複数のカムイを同時に運用出来るようにします」
重苦しかった空気が一変する。シオンの表情を見ればそれが冗談ではないことは明白だ。
シオンに言葉を返す前に春秋は設計図に目を通す。専門分野ではないが、シオンの理論が正しいかどうかくらいは見通しが付く。
「機能としては問題無い。着想はお前が操られた時に使っていたジン・カムイか?」
「はい。ナノ・セリューヌは制御に難があると聞いていますが、それは恐らく"無限増殖する"ナノ・セリューヌの制御が困難という意味で、その操作について難しい要素はありません。というかないです。使ってみたからこそ断言出来ます。ナノ・セリューヌは、その増殖の性質さえどうにか出来るのなら普通の人間でも思考インターフェイスによる操作が可能です」
問題は、ある。ジン・カムイは既存のカムイに昂がナノ・セリューヌを取り込ませて造り上げた。現在もそのジン・カムイはクルセイダースに保管されているが、いくら外部から魔力を供給しても起動しない。
昂がどのような意図でジン・カムイを造り上げたかもわからない。そもそもナノ・セリューヌの制御が本当に出来るのかもわからない。
「ナノ・セリューヌを使用するメリット・デメリットを考慮しないといけないけれど、設計図通りの性能が出るのなら既存のカムイ全てが過去になるわ。それだけじゃない。ナノ・セリューヌを人間が扱える――その事実がクルセイダースの希望に繋がるわ」
ユリアも太鼓判を押す。だが、だからこそユリアは敢えて最初にシオンを褒めたのだ。
「けれど、正式採用は難しいわ」
「どうしてですか!」
「理由は二つ。一つはこのスペリオルは『過剰』な性能をしているわ。島を守る性能という点で、これを使用しなければならないほどの脅威が常に来るの? カムイはあくまでも島を守る力で、攻める為の力ではないの」
「むぅううううう……!」
「もう一つは、ジン・カムイが起動しないことも含めて定期的なナノ・セリューヌの供給が必要になると推測されるわ。ジン・カムイを作成した篠茅昂、並びにナノ・セリューヌに精通している人物……奏の意見が聞きたいわね」
「じゃあ茅見さんを探しましょう急ぎましょうレッツラゴーです!」
「そんなに急いでどうするのよ……」
シオンはやたらとユリアを急かしてくる。一人で桜式統合兵装を着想した時点で大したものなのだが、そこまでして自分が思い付いた兵装を開発したいのだろうか。
いや、違う。時守シオンという少女はそういう少女ではない。
彼女の根底にあるのは、島を守るという熱い想いだ。
「兄さんが、あの馬鹿兄さんが島を見捨てたんです。だったらボクたちはもっと強くならないといけないんです。ボクたちは、時守黒兎という貴重な戦力を失ったんです」
「俺はスペリオルの開発に賛同するぞ、神薙。お前もそうだろう、朝凪」
「……ああ。俺もラグナロクが壊れたばっかだしな。強い武器はあって損しない」
「貴方たち…………はぁ。言っても無駄でしょうね」
ユリアが危惧しているのは、過剰な兵装を手にすることによって『外』からの島への干渉だ。
今は神薙財閥が抑えていても、いつかは限界が来る。
いかに神薙マリアの影響力が絶大とはいえ、彼女一人の意志で世界が回っているわけではないのだ。
「神薙、本家にこのスペリオルのデータも回すんだ。スペリオルはあくまでもナノ・セリューヌがなければ機能しない。その情報は伏せて、な」
「外の目をスペリオルに集めろ、ってこと?」
「それだけじゃない。これを開発できる星華島を強引に接収しようとする諸国は現れるだろうが、それは確実に一つではない。外の国だって一枚岩ではないのだから、互いに足を引っ張らせろ」
「春秋、あなた随分性格が悪くなってない?」
「そうだな。島を守りたいって考えれば考えるほど、思い付いた全てをこなしてやろうって考えただけだ」
「……お祖母様に相談してみるわ。場合によっては神薙本家にはスペリオルを提供しなければならないけれど」
「交渉は任せる。お前が島の代表だしな」
「胃薬を用意しておくわ」
ユリアも覚悟を決めたようで、顔を上げて檄を飛ばす。
「今回の件による復興と同時並行で、茅見奏並びに篠茅昂の捜索。島から出たという情報はないから島内を中心にローラー作戦を敢行。発見次第協力を要請。その後スペリオルの開発並びに本家への交渉――――やることが多すぎるわね」
けれどもユリアは、楽しそうに笑う。
「いいわ。やってやるわよ。シオンの言う通りよ。私たちは祈だけでなく黒兎まで失った。その上で昂と、さらには帝王レベルの脅威に備えなければならない。やれることは全てやりましょう。――この島の未来を守る為に!」




