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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第七十七話 「神」たる存在 願いの終わり




「邪魔をするな、春秋。島を脅威にさらした裏切り者は殺すべきだろう?」

「ふざけるな。水原は篠茅によって操られただけだ。正気に戻せば事態は収まる!」


 黒兎と対峙するのは二度目だ。二度目だからこそ、春秋もまた万全の準備を施して黒兎に挑む。

 黒兎相手ではリーチよりも手数である。であるならばレギンレイヴよりも双剣であるソーディアを選び、その刀身に炎を纏わせる。


 命の炎を纏わせなければ、黒兎の死の力を相殺することが出来ない。

 その脅威は身を以て体感している。さらに言えば、今の黒兎は以前戦った時よりも遙かに"やばい"と直感が告げてきている。


「収まる? 今の星華島を見てそれが言えるのか。シオンの時とはもう桁が違う」

「だとしても、だ。それで水原を切り捨てるのは、お前らしくない」

「らしくない。らしくない、か。そうだろうな。時守黒兎であるならば、その選択は"らしくない"のだろう」


 黒兎から感じる雰囲気はおどろおどろしい。とても今朝までの黒兎とは思えない。


「だがな、春秋。俺は時守黒兎『であった』存在だ。俺は俺を取り戻した。それ故に、時守黒兎という人間はいない」

「じゃあ、お前は何者だ」

「死と再生の神鳥、フェベヌニクス。名も無き神話の忘れ去られた――――」


 ゆらりゆらりと身体を揺らした黒兎が、姿を消した。

 春秋はすぐに感じた気配のままに背後へ剣を振るう。

 そこに、黒兎はいた。漆黒の翼を翻し、その手に漆黒の短刀を握りしめて。


「――――神である」


 ソーディアと短剣がぶつかり合い、命と死の力が反発して弾き合う。

 黒兎は春秋にすら殺意を向けた。

 自らの邪魔をするなら殺すとばかりに、容赦なく死を纏った刃を向ける。


「お前も死ぬか、春秋」

「俺も島にとっての脅威か?」

「脅威ではないな。だが今の貴様は心底つまらない。死んだ方がマシなほどに、な」

「意味がわからねえよ!」

「わかるはずがなかろう。俺もようやく理解したばかりだ」


 命と死がぶつかり合う。触れれば死ぬ黒兎の力を前にしては春秋は微塵も油断出来ない。

 警戒するのは刃だけではないのだ。

 黒兎の身体の一部に触れればその時点で死ぬ。


 いくら炎を纏っていても、全身を炎で纏うには今の春秋は消耗している。


 対する黒兎は余裕綽々だ。

 こと戦いにおいて、触れるだけで殺せる黒兎は常に優位な立場である。


「春秋よ、お前は覚えていないのか。俺たちの物語をメチャクチャにした魔女のことを」

「誰のことだ。少なくとも俺の旅の中で魔女という存在に出会ったことはないっ!」

「だろうな。だからこそ、だ。今ならわかる。だからこそ篠茅昂は敵対し、茅見奏は心が折れた。――お前はどうする、春秋」

「わけのわからねえことをっ!」


 黒兎の言葉に心当たりはない。それよりもどうすれば黒兎を止められるかが春秋にとっては重要だ。

 黒兎は本気を出していない。今も春秋に合わせて短剣を振り回している。


 舐められている――だが逆に、そんな状況だからこそ春秋も戦いの中で思考を巡らせることが出来る。


 すでに打ち合いは百を超えた。春秋は確実に消耗してきている。

 出来る限り、早めに決着を付けなければならない。今の黒兎を放置したら、何をしでかすかわからない。


「どうした春秋、速度が落ちてきているぞ。少しは本気を出したらどうだ?」

「うっせえなあおい!」


 ソーディアを勢いよく振り下ろし、敢えて反発をさせて大きく距離を取る。

 消耗はしているが、それでも戦いを継続することは出来る。


 だがいかんせん状況を終わらせる手段が見つからない。

 祈の《ギア》を破壊するべきだが、そんな余裕はない。


「……炎宮さん」


 うなだれていた祈が顔を上げた。

 激闘の中でいつの間にか春秋は祈を守るように立ち回っていた。


 春秋にとっては祈もまた島で暮らす仲間であり、彼女を守ることもまた【契約】に含まれる。

 いや、春秋はもう【契約】にはこだわっていない。自分自身の意志で、この島を守ると決めている。

 だから、この島で暮らし、共に戦う仲間たちの命は全て守ると決めている。


「大人しくしていろ。後でそのリングを破壊して《ゲート》も閉じる。それで全部終わることだ」

「……いいんです。もう、終わったことですから」

「水原……っ!」


 何処で壊れたのだろうか。祈が立ち上がると、手首の《ギア》がボロボロと崩れた。

 祈は正気を取り戻している。ならば後は黒兎と《ゲート》を止めるだけ。


 春秋の考えを無視して、祈が春秋と黒兎の間に割って入る。

 黒兎は口角を釣り上げ、春秋はすぐに祈の前に立とうとする。

 だが祈が手で制すると、かすかな震動と共に上空に《ゲート》が開いた。


「私はオリオンとの契約を守れませんでした。不履行は、天獄への幽閉。私の願いは叶わず、過ぎた願いを望んだ者の未来は奪われる。それが、私が結んだ契約」


 《ゲート》から降り注ぐのは骨の雨。それらは祈を囲むように降り注ぎ、世界を隔てるかのように祈の姿を遮断する。


「オリオンの狙いは、黒兎先輩の覚醒……だったのでしょうか。今はもうわかりません。わかるのは、私がしてはならないことをしたこと。死者との対話を望んだばかりに、私が黒兎先輩をおかしくさせてしまった」

「違う。違うぞ水原、黒兎は少し馬鹿になってるだけで殴れば直る。俺が直してやる。だから変な気を起こすなっ!」

「起こしてませんよ。私はただ、黒兎先輩に伝えたいだけなんです」


 姿は見えなくても、まだ声は届く。黒兎は愉快そうにことの一部始終を眺めているだけだ。

 見えないけれど、祈は手を伸ばす。そこにいるであろう黒兎に向かって。


「黒兎先輩。私がそうであったように、あなたもまた、取り戻したい人がいるんですね。あなたがそこまで感情を露わにするのだから、大切な人なんでしょう。……私も、同じです。私は、お父さんと喧嘩をしました。些細なことで、一方的に怒鳴りつけて部屋に閉じこもりました。その翌日に、お父さんもお母さんも姿を消して。……ずっと、ずっと謝りたかった。ごめんなさいって。仲直りがしたかった。けれど世界は理不尽で。私はお父さんに謝る機会すら手に入らずに、この世界から去ります」


 祈の言葉に僅かに黒兎が表情を変える。些細な表情の変化だが、何かしら思うところがあるのだろう。


「さようなら、黒兎先輩。最後に、愚かな選択をした後輩からお願いがあります。……私は、帰ってきます。力を手に入れて、帰ってきます。絶対に、絶対に、絶対に。天獄の世界で、死者の世界で、オリオンすらも喰らってみせます。だって私は、願いを叶えたいから。オリオンを越えれば、お父さんに謝れるから。だから、私が帰ってくる場所にいてください。戻って来たその時に、島が滅んでいたら――次の天獄帝として、あなたを許しません」


 大胆不敵な祈の言葉に黒兎が笑った。歓迎するかのように拍手を送り、ただ一言問いかける。


「それは【契約】か? お前如きが、神である俺に【契約】を持ちかけれると?」

「いいえ、出来ません。だから【お願い】です。神様だっていうのなら、下等な人間の願いくらい聞いてくれてもいいじゃないですか」


 その言葉に、僅かに黒兎が表情を歪ませた。誰も知らない、誰にも見えないほんの僅かな変化。


「人間は、下等ではない」

「え……」

「無謀な願いに挑んだ少女よ。その願いが叶うかはわからない。けれど、死と再生の神である俺は、お前が戻ってくるまでこの島で待とう。その時までにオリオンを支配し、俺に挑んでみせろ」

「……っ! はい。はい。わかりました。わかりました、黒兎先輩……!」


 そして骨が祈を埋め尽くす。時を同じくして星華島中から《ゲート》の反応が消失していく。

 繋がりが断たれたからか、島に点在していた骸骨たちが崩れていく。粉となり大気に四散していく。


 風が吹く毎に骸骨たちの痕跡は消えていく。

 祈を覆い尽くしていた大量の骨もまた、同様で。

 水原祈という存在は、生者の世界から消失した。


 後に残るのは、黄金の炎を纏う春秋と、黒き翼を生やした黒兎のみ。

 両者は未だににらみ合っている。


 戦う理由はもう無いはずなのに。


「――時守黒兎」

「四ノ月春秋――」


 二人には戦う理由は無い。

 理由なんて、要らない。


 二人が、そう思った。


 春秋は、黒兎を島への脅威と判断した。島を守る為にその力を振るうつもりがないのなら、それはもう島にとって敵である。

 つい数時間前まで仲間として接していた友に、春秋は拳を向けた。


 黒兎は、ここに来て昂の真意を理解した。

 かつての世界、在りし日の記憶を取り戻した彼は、この島にいる理由を知った。

 だからこそ、昂だけでは「足らない」と判断した。昂がしようとすること、どうしてシオンや祈を狙い、島を混乱に陥れようとしたのか。

 そして、昂によって【予言】が来ないという事実が答えへ導いた。


「春秋よ、一つ愉快なことを教えてやろう。篠茅昂はこの島を滅ぼすつもりはないし、誰かを殺すつもりもない。奴の狙いはそんな小さな枠に収まらない」

「じゃあ俺たちが翻弄されてるのを見て喜んでる性格最悪野郎ってことか?」

「それはあるかもしれんな」


 黒兎は微笑み、これ以上の言葉は要らないとばかりに翼を広げる。

 春秋もまた黄金の炎を増幅させる。アルマ・テラムを行使してからもずっと炎を使っているだけあり大分消耗してはいるが、それが戦いを止める理由にはならない。


 死と命が再びぶつかり合うところで、二人を止める言葉が二つ。


「春秋さん、もうやめましょう!」

「黒兎、もうやめなさいっ!!!」


 一部始終を見ていた桜花とユリアが割り込んできた。

 対峙する春秋と黒兎の間に入り込み、両手を伸ばして二人の意識を強引に反らせる。


「……四ノ月」

「神薙ユリア」


 春秋と黒兎はそれで戦意を喪失したのか、昂ぶらせていた殺意を収める。

 神の翼は消失し、命の炎は春秋の中へと戻っていく。


「黒兎、詳しいことはわからないけれど戦いは終わったわ。あなたが星華島の脅威になる、というのなら話は別だけど」

「春秋さん。もう、やめましょう。篠茅さんだけでなく、ここで黒兎さんまで敵に回しては……」


 ユリアは黒兎に、桜花は春秋に言葉を向ける。

 春秋はそっと桜花の頬に手を重ね、不安げな桜花を宥めるように優しく撫でる。

 黒兎はユリアに背を向けて歩き出す。戦うつもりはないけれど、ユリアの言葉の答えも返さない。


「黒兎っ!」

「時守黒兎として、この身に残る遺志は尊重しよう。故に俺はこの島を滅ぼすつもりはない。だが、全てを取り戻した者として断言しよう。――俺はもう、リベリオンには協力しない。それが俺の答えだ、神薙ユリア。この島には滞在する。俺の目的に噛み合うことがあれば戦場に参ることはあるかもしれん。だが俺は、今の春秋と共に戦うことなど出来やしない。そうだな、端的に言えば――――俺は、今の春秋(きさま)が許せない」


 一度だけ振り向いた黒兎が複雑な感情を込めた瞳で春秋を射貫く。

 春秋は春秋で黒兎の視線を受け止めて、言葉にする。


「お前がどうなったかはわからない。だけど、そうだな。お前と共に島を守る日々は楽しかった。それだけに……お前が去ることは、悲しいよ」

「そうだろうな。お前は、そう言う、だろうな。だから俺は、お前を許せない」


 黒兎の言葉は、春秋に向けられているようで向けられていない。

 その言葉の意味は、黒兎が姿を消してもずっと春秋の中で燻っていた。


 そっと、桜花が春秋の手を取る。自分の手を重ね、愛おしそうに春秋の手を胸に抱く。


「大丈夫です、春秋さんは何も間違えてません。春秋さんは、春秋さんのままでいいんです。だから、自分の心に従ってください」


 桜花の言葉が染みていく。

 今の自分を肯定されるのが嬉しくて、春秋は空いていた手で桜花を抱き寄せた。

 「ぴゃ」と桜花が驚きの声を上げたが気にしない。胸の奥からこみ上げてくる熱い想いが桜花を手放すなと訴えてくる。


 それがどんな感情なのか、もう少しで理解出来る――――春秋は、そんなことをぼんやりと考えていた。


「……二人ともいちゃついてないで。戻って状況の確認と今後について話し合うわよ」














「 あたたかな せかいで ほうじょうのかみは かみのいかりにふれ せかいから きえた

 のこされた とりは かのじょを もとめて せかいを わたる


 そこで かれは であった。


 かれこそは あらがうもの。


 ■■■に ゆいいつとどけるもの。


 おうごん の えいゆう。


 だから とりは たびをする。


 えいゆうと とりと おうさまと


 さんにんで ちかった


 ■■■に いどもう 」


 童話くろいとりとほうじょうのかみより抜粋。



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