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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第七十四話 天獄との契約




「……」

「見つけたぞ、水原祈」


 旧本部跡で、黒兎は空を見上げる祈を発見した。

 黒兎の言葉はそのまま端末を通して本部のユリアに伝えられる。

 祈は黒兎が来たことに気付いてはいるはずなのに、ぴくりとも動こうとしない。

 まるで、何かを待っているかのようだ。


「答えろ、水原祈。なぜお前は天獄への扉を開こうとしているのか。その結果として、星華島が脅威に晒されている事態をどう考えている」


 黒兎はあくまでもリベリオンに名を連ねる者として問いかける。

 組織を纏め、先導する者として。

 隊員である祈の選択は間違いであると突きつける。


 シオンの時もそうだったが、昂によって暴走状態にさせられてしまった者にはどんな言葉も届かない。

 事実を突きつけて、少しでも冷静さを奪えれば。

 それを期待しての問いだった。


「さあ、どうでもいいんじゃないですか?」

「……お前は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「わかっていますよ。でも、桜花さんの【予言】はないんですよね?」

「…………」

「だったら島は滅びません。被害は出るかもしれませんが、島が滅びないのなら、いいじゃありませんか。私たちクルセイダースは、【予言】による滅びの未来を回避する為に立ち上がったのだから」


 祈の言葉は、真実ではある。桜花から【予言】が来ていない以上、それは『星華島が滅びない』ということである。

 もちろん様々な要因が重なって島に被害が出る可能性はあるのだが、それでも【予言】は島で暮らす者たちの心の支えになっている。


 だから、というわけではないが。仁や奏が今回の事態に消極的だったのはそういう要素も絡んでいる。


「私は天獄の扉を開き、家族に会います。失った家族に、お父さんに」

「……死者には、声は届かない。死者と生者は住む世界が異なる。故に、言葉を交わすことは出来ない」

「それを可能にするのが、天獄の帝王です」


 黒兎が知る由もないが、事実として星華島には死者と言葉を交わしている者がいる。

 地帝だったアケディア、奏の父であった茅見シュン。そして名前も生前の姿も何も知らないが、動く骸骨たちが天獄の世界より訪れている。


 けれども黒兎は知っている。誰よりも『死』に精通しているから。

 どんな存在よりも『死』を司る存在だから。


「確かに天獄の帝王の力は強大だ。垣根を越えて死者の言葉を届かせることは可能かもしれない。だが、だが、なのだ水原祈。生者は死者を想い、死者は届かなかった明日を憂いて眠る。――それが正しい世界の在り方だ。だから、今の状況はあってはならないことだ」

「だから? だから、《ゲート》を閉じろと言うのですか?」

「そうだ。お前の願いを叶わせるわけにはいかない」


 そこまでの言葉を交わして、ようやく祈が黒兎へ振り向いた。放った言葉の静けさとは裏腹に、その表情には激情が込められていた。


「あなたが」


 その口から紡がれる言葉は呪いの言葉。

 誰もが目を背けていた言葉。けれど、ずっとずっと心の奥底に秘められていた言葉。


「あなたが、もっと早くお父さんたちを救出していれば、こんなことにはならなかったのに? 超越者だとか、天才だとか言っているくせに、誰一人として救出できなかったあなたが何を言いますかっ!!!」

「……っ」


 常に冷静であった黒兎の表情が、初めて歪んだ。

 在りし日に、黒兎は浚われた大人たちが幽閉されている世界を発見した。

 それを誰にも言わずに単身赴いたのは、下手に島に混乱を与えない為だ。


 もちろん失敗するとは考えていなかった。

 『終焉の闇(ベンヌ)』の力があれば、帝王に敗北することなどまず有り得ないことだったから。


 冷静に判断し、単騎で救出することこそが、『自分がいない間』の星華島を守る最善であると考えた。


 ――結果として、黒兎は雷帝に身体を乗っ取られた挙げ句誰一人として救出出来なかった。

 いや、事実は少しばかし異なる。


 大人たちは、黒兎がイザナミを発見した時にはもう殺されていた。

 手遅れだったのだ。


 だから、黒兎でも無理だった――――とは、誰にも告げていない真実で。


「今私を問い詰めるというのなら、あの日にお父さんたちを助けてくれればよかったのに!」

「……それについては、何の申し開きもない。俺が間に合わなかったのは事実であり、俺の失態によって島を危険に晒した事実は変えようがない」

「だったら私の邪魔をしないで。私はただ、お父さんに会って謝りたいだけなんだからっ!!!」

「―――だからといって、今の脅威を見逃すことなど俺が出来るはずがないだろうにっ!!!」


 黒兎が構える。その手に握りしめるは雷によって生み出された双剣。

 それを見た祈がより激情を露わにし、怒りと呪いを舌に乗せる。


「お父さんたちを殺した力で、島を守るなっ!!!」


 黒兎は基本的に合理的だ。

 感情に突き動かされる事態はあれど、リベリオンの中ではもっとも合理的に判断出来る存在だ。


 だからこそユリアは作戦の概要などをいの一番に黒兎に共有するし、リベリオンの統括もほぼ全て黒兎に任せている。


 けれども、確かに浅慮だった。

 雷帝によって大人たちが殺されたのに、その雷帝の力を使うことがどれほどクルセイダースに悪影響を与えるか、理解していなかった。


 いや、違う。

 黒兎はクルセイダースを信じていた。でも、理解しきれていなかった。

 普通の人の心は、黒兎の心ほど強くない。


 激昂した祈が空へ向かって手を伸ばす。

 応えるように、空に罅が入り空間が割ける。


 開いた向こうの世界から、骨の雨が降り注ぐ。


「天獄の帝王オリオンよ、先に交わした契約に従おう。私がお父さんと会う為に、時守黒兎を、今日、ここで討つと。だから、私に、お前の力を与えなさいッ!!!」


 天より来たる無数の骨が、祈の傍らに集まっていく。


『いいだろう』


 空の向こうから声が届く。世界に響くその声の主は、天獄の帝王オリオン。


『死の境界を乱す神すら殺す神殺し。時守黒兎を我が世界に招いた時、貴公に父との再会を約束しよう。――さあ、受け取るがいい。神殺しを殺す力を』


 祈に付き従うように顕現したのは右の腕と左の腕。

 そのどちらもが祈の全身と同じくらい巨大な腕。


 これが、天獄帝オリオンの力。

 世界を越えた先へ、契約を交わした者へ己が肉体を模した力を与える。

 さらにその手に巨大な刀が握られる。

 水原祈は二本の腕を付き従え、二振りの刀で黒兎へ敵意をぶつける。


 祈が構えると、左右の腕が同様に構える。


「黒兎先輩。……いえ、リベリオン統括、時守黒兎。その命、天獄へ捧げて頂きますっ!」

「出来るわけがなかろうに。俺を目的として【予言】を回避しているだけだろうがっ!」


 そのやり口は、奇しくも雷帝と全く同じもので。

 甘い餌で内側から星華島を崩そうとする、悪辣極まりないもので。

 だからこそ、黒兎ははいそうですかと命を捧げることなど出来ない。


 自分の敗北が、島の滅びに繋がるから。


 振り上げられた巨大な刀は黒兎へ向かって一直線に振り下ろされた。

 黒兎は雷装顕現(ライテライズ)によって生み出した双剣で刀を受け止める。


 双剣は黒兎の終焉の闇(ベンヌ)の力を浴びている為、触れれば当然死に至る刃だ。

 どんな頑強な武器であろうとも、『死』んでしまえば元も子もない。


「……そうか。やはりそうか」


 刀を受け止めた瞬間、黒兎は咄嗟に双剣で刀を受け流した。

 そのまま受け止め、刀を『殺』してしまえばいいのにしなかった。

 いや、出来なかったのだ。天獄帝オリオンの刀は、黒兎の双剣を受けても何の影響も受けていない。


「その刀、いやその腕はオリオンのモノ。そしてオリオンは死者の世界の帝王であり、死者の世界の住人、か」

「そうです。オリオンは死者にして死者に非ず。あなたと同じ超越の存在。故に、オリオンは『死』なない。――あなたの力は封じました。あとは、あなたを殺すだけです」


 さすがの黒兎も冷や汗を掻く。けれど、だからといって退くわけにはいかない。


 ユリアは島を守る為に最善を尽くすことを決めた。

 桜花は島を守る為に最悪を回避する方法を求めた。

 そして黒兎は。


 少女二人が背負えない『命』を背負うと決めた。


 ――故に、黒兎は退かない。

 どんな不利な状況でも。

 自分の命が危機に瀕しても。


「殺せるものなら殺してみろ。俺は死すら呑み込む神殺し。水原祈よ。お前を殺さなければ事態が解決しないのなら、俺は――――」


 そして黒兎は、命を奪う覚悟を決めた。

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