第七十三話 アライバル ――到達者
アライバル・コンバート。
それはナノ・セリューヌの到達点。
遠き日の在りし過去、ナノ・セリューヌを開発した研究者は"黄金に輝く炎"を見た。
全てを喰らい糧とするその炎は、まさに無限機関と呼ぶに相応しいものだった。
造りたい。
研究者は未知のモノに憧れ終わりのない探求に挑むこととなる。
長い月日を掛けた。卓越した頭脳を持つ彼でさえ、黄金の炎の特異性は人知を越えていた。
その果てで辿り着いたのが、ナノ・セリューヌ。
高い技術力によって生み出された、無尽蔵に増殖するナノマシンを用いた半永久機構。
自己増殖を基礎骨格とし、如何なる有機無機関係なく再現を試みた異端技術。
結果から言えば、その研究は失敗だった。
増殖するナノマシンを制御することが不可能だったのだ。
いや、制御出来ては"無限"ではないのだ。
次に、彼は考えた。
ナノ・セリューヌを制御――ではなく、管理できる存在がいれば。
制御と管理、それは似ているようで異なるアプローチだった。
増殖を抑える為の制御ではなく、溢れるナノ・セリューヌの全てを操作できるようにすれば良い。
いくら溢れても、使い切れるのなら問題ない。
その為に開発されたのが、マテリアルロイド・ソウ。
さらにソウをベースとした複数体のマテリアルロイド。
それら全ての実験結果を経て、彼の研究は成功する――筈だった。
マテリアル・ソウ以外のマテリアルロイドたちはナノ・セリューヌを管理しきれず、溢れすぎた力に溺れ暴走した。
マテリアル・ソウによってなんとか沈静化は出来たものの、彼の命は失われてしまった。
結果的に、ナノ・セリューヌの開発は成功した。
マテリアル・ソウのみが、無尽蔵のナノ・セリューヌを生み出しその全てをコントロール出来る存在として生誕した。
――――研究者のその語りを、今でも鮮明に覚えている。
『アライバル?』
『そう、まだ理論の段階だけでしかないが……ソウ、お前だったらいつか、出来るかもしれない。森羅万象全てを自分のモノとする、アライバル・システムに』
『……過ぎた力は身を滅ぼす。あいつらもまだまだ不安定で、俺ですら不安定ですよ、博士』
『そうだね。まずはマテリアルロイドの安定化が最優先なのは違いない。でもね、ソウ。覚えていて欲しい。君はいつか、到達するんだ。誰も届いたことのない、"黄金の炎"と同格の存在へ』
『俺はそんな高見を望みませんよ。今を精一杯頑張りたい』
切っ掛けはいつも、些細なものだ。
かつての世界ですら成し遂げられなかった。
必要だったかもしれないし、それはもうわからないことだけど。
少なくとも、今の奏は力を欲した。
島を守る力を。
昂を止める力を。
■■■へ挑む力を。
ありったけの思いを胸に秘め、アライバル・ソウへと覚醒した。
「見たことも聞いたこともねえ力だなぁ、奏ぇ!」
「そうだな。俺も至れるとは思ってもいなかったよ。でも、お前だ。お前に届く為に、俺は到達した。最高で、最強で、無限のナノ・セリューヌへッ!!!」
「っは! それがありゃマテリアルたちもまともに機能したかもなぁ!!!」
「仮定を話したところで!」
「意味はねえよなぁ!」
拳と拳がぶつかり合う。押し負けると判断した昂は咄嗟に腕を引き後ろへ跳躍する。
「アライバルッ!!!」
昂の着地を見定めた奏が砂浜に拳を叩き込む。
奏の拳からナノ・セリューヌが溢れ砂浜へ流れ込む。
砂という砂をナノ・セリューヌが結合させる。
「うおっ!」
昂の足下から巨大な拳が突き上げられた。昂は中空で背に機械の翼を生み出し、かろうじて空中で姿勢を制御する。
「昂、約束しろ!!!」
「何がだよ!」
「俺が勝ったら、みんなに謝れ!」
「意味のわからないことを!」
「謝って、お前も島を守るんだ。俺と一緒に戦おう!」
「――――っ。だから、お前は、馬鹿なんだよッ!!!」
それでもと昂に手を伸ばし続ける奏の言葉を否定する。
翼に装着されたブースターに火が灯り、一気に加速した昂は空中から奏に攻撃を仕掛ける。
生成した五つのナイフを投擲する。もちろんこれはただの牽制であり、本命は奏の行動を見てから機帝剣エアトスを叩き込むつもりだ。
奏がどこにどう避けようとも対応出来る自信がある。
それだけ昂は奏のことを理解しているし、奏が出来ることも全て把握している。
親友だから。お互いのことは手に取るようにわかる。
それは、奏にとっても同じことで。
違うところは、昂はアライバルの力を把握しきれていない。
「お前が空から来るのなら、俺も、同じ場所で戦うッ!!!」
奏もまた背に機械の翼を生み出した。だが昂とは異なるものだった。
昂はあくまでもブースターに火を灯した、人の技術の結晶だ。
それは何ら別に問題はない。空を飛ぶとして昂の選択は間違っていない。
だが奏は違う。
翼に粒子が集う。増幅するナノ・セリューヌのエネルギー自体を纏い飛翔する。
それがどんな結果を意味するのか。
「速――――」
アライバルへ至ったナノ・セリューヌはその性質すら既存のナノ・セリューヌを越える。
ただのナノマシンであるはずだ。科学技術の結晶でしかないはずなのに。
今はこうして、魔力とは異なる新たなエネルギーとして背中を押す。
高速を約束するエナジー・ウイングを背に、奏は空でも昂を圧倒する。
「……まじか」
思わず昂は呆気に取られる。空より迫る奏の姿があまりにも勇ましく、神秘すら感じさせるほどの神々しさで。
思わず魅入ってしまったその一瞬で。
奏の拳が、昂の頬を捉えた。
「が――――」
砂浜に叩き付けられた昂は、視界を塞ぐ砂塵を利用して一度海上へ離脱する。
すぐに距離を詰められるのはわかっている。けれど確実な時間を稼ぐには距離を取るのが一番だ。
距離を稼ぎ、次の手を用意する。
今この場で奏に勝つ必要は無い。そもそも昂は奏に勝つ気が無い。
あくまでも目的は足止めだ。
春秋、黒兎、仁、奏。リベリオンに所属する四人の"超越者"が一同に介せば、昂の目的も遠のいていく。
だから距離を取る。距離を取って距離を取って距離を取って奏の時間を浪費させれば。
「――――アライバルは、不可能を可能にするんだよ、昂ッ!!!」
昂が肌で感じたのは、奏の想い。その中に小さく混ざる殺意。あまりにも薄すぎて心地良さすら感じてしまう本音の感情についつい昂は頬を緩めてしまう。
距離を取った。奏はいつの間にか砂浜に降り立っていた。追ってくる気配は一切ない。
その代わりに、右腕が違っていた。巨大で巨大で巨大で、それはもう、砲塔だった。
奏のほうがナノ・セリューヌの操作が上手いことは知っている。
自分のは後付けで、しかも特殊な仕様だから出力も劣ることを知っている。
そして、ナノ・セリューヌがそこまで出来るとは思ってもいなかった。
かつての世界で、そんなことをしたのは暴走したナノ・セリューヌだけだったから。
奏がその選択をするとは、思わなかったから。
「……やるじゃん、奏」
伸びた右腕にはいくつもの脚が組み付けられ砲塔を支える。
エネルギーが充填され、砲身に光が集う。
引き金を引くように、見えない拳を握りしめた。
「アライバルバーストキャノン、ファイヤッ!!!」
そして閃光が放たれる。集うナノ・セリューヌの粒子がレーザーとなって海上の昂へ一瞬で迫る。
昂の全身すら簡単に呑み込むほどの極太のレーザー。
ブースターの出力を最大にして、必死に回避を試みる。
「……真っ正面から俺に勝つとか、やるじゃん」
昂の右半身が吹き飛んだ。激痛に悶え苦しみ、コントロールを失った昂はそのまま海へ不時着する。
ボチャン、と昂の身体が海に沈む。
奏はすぐにエナジー・ウイングを起動して、昂を助ける為に海へ向かうのであった。
昂を救助する行動が、結果として昂の目的を達成しているとはあまりにも皮肉な結果である。
◇TIPS
アライバル・モードのナノ・セリューヌは性質自体が昇華されており、通常のナノ・セリューヌでは出来ないことの大半も出来るようになっている。
もはや人造の技術というより、これもまた一つの「超越」した力である。




