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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第七十二話 もう、迷わない




 星華島西海岸に、それ(・・)は降り立った。

 それは確かに天獄からの使者であり、纏う魔力そのものが異質であった。


 首の無い鎧武者。落ち武者と言えばいいのか、はたまたデュラハンと呼べばいいのか。

 この存在には明確な名前は無い。


 天獄で眠る死者の魂を燃料として動く無機物。

 それが、正体だ。


 ギギギ、と無い顔を上げるような動作で島の中心へ身体を向けた。

 重い足取りで一歩を踏み出し、ジャリジャリと砂を踏み潰す。

 何かを求めるように。力の籠もらない腕を伸ばす。


 そんなデュラハンの前に、奏が姿を現した。


「■■■■――――」


 嗚呼、と声にならない声を上げた。

 エネルギーとなるだけだった魂が、意志を取り戻す。

 そして、存在しないはずの口で名前を呼ぶ。


「カナデ」


 その声は、奏にとって聞き覚えのある音だった。

 そして同時に、二度と聞くはずのない音で。

 思い出したくないものを、思い出してしまう声。


「父、さん……」


 茅見シュン。

 この島に生まれ、この島で暮らし、愛する女性と結ばれ、そして奏の父となった男性。


 そして、四年前に島から消えた。


 茅見奏という少年は、物心ついた時からかつての記憶を持っていた。

 此処ではない何処かの記憶。

 友を殺し、世界を救った英雄の記憶。


 親など存在しない。家族なんて存在しない人造人間マテリアル・ソウとしての記憶。

 かつての世界でも、奏は茅見の姓を名乗っていた。

 どんな因果かはわからない。けれど確かに、過去の茅見奏も今の茅見奏も同じ存在だったのだ。


 知らない記憶。けれどそれは確かに自分の記憶だと断言は出来て。

 奏はずっと両親にそれを相談していた。

 不安で堪らない幼い奏にとって、存在しないはずの過去の記憶は戸惑いの原因でしかない。


 肯定して欲しかった。

 不安に押しつぶされないように、優しく包み込んで欲しかった。


 けれど、両親は過去の奏を否定する。

 世迷い言だとばかりに。狂言だと。作り話と思い込み信じてくれはしなかった。


 友を殺した苦しい思いを。

 世界を救う重責を。


 両親の対応に間違いがあったわけではない。

 けれど、奏からすれば両親に不信感を抱く要因でしかなかった。


 両親が姿を消した四年前まで、奏と両親の仲は冷えていた。

 自分の言葉は信じて貰えないと心を閉ざす奏と、どうにかして息子の作り話をやめさせたい両親。


 両者のすれ違いは、両親が雷帝に拉致されることで永遠に解消することが無くなってしまった。


 奏はどうすればいいかわからなくなってしまった。

 両親を見捨てたような自分が嫌で嫌で堪らなくて、そんな自分を否定したくて。

 両親を思い出さなくていいように、記憶を消したのに。


 親という言葉を聞いても、自分の両親とのことを思い出さなくていいようにしたのに。


 それでも、声を聞いただけで思い出してしまうのは、奏の中に両親への思いがあったからだ。


「アア、どなタかワか、かかりません、が。キイて、ください」


 声なき言葉が奏に届く。砂浜に降りた奏は武器を執ろうともせず、ただただ目を伏せてデュラハンの前に立つ。


「ここに、います。ワタシの、息子。かなで、かなでが、いるはずです」


 これは何の奇跡だろうか。

 いや、これはきっと嫌がらせだ。

 奏はこんなことをする人物に心当たりがあるし、その人物がいなければ、今の自分がここにいないこともわかっている。


 嫌がらせにしては最悪すぎて、今すぐ剣を執って切り伏せてしまいたい。

 けれど、出来ない。

 だって目の前にいるのは、紛れもない父親なのだから。


 茅見奏は、冷酷に肉親を切り捨てることなんて出来やしない。


 だから奏は、聞くことしか出来ない。

 すれ違い、埋まらぬ溝のまま別れた父の言葉を。


「あのコに、つた、伝えテ。ワタしは、お前を、信ジル、と」

「……っ」

「ずっと、ズット、悲しマセタ。あの子ノ、コトバ、シンジテ、あげられなかっタ。だって、ダッテ。過去を、真実に、シテシマエば、あの子は、責務に、潰されル」


 デュラハンは必死に手を伸ばす。届かぬ息子へ向かって手を伸ばす。


「子供、ワタシの、コドモ。シアワセ、シアワセに、生きて、ホシイ。過去に、囚われないで、ホシイ。だから、親子の、エンが、キレても。ワタシは、今のあの子ヲ」

「父さん。もういい。もういいから……」


 子を思わない親はいない。親を思わない子などいない。

 この島には、親を失い大人になるしかなかった子供たちしかいない。

 あれから四年が経ち、島で新しい命が生まれたことはない。


 誰もが親になることを怖がっているのだ。

 自分たちが大人になりきれていないことをわかっているから。


 それでも島を守る為に、大人の判断をしなければならなくて。


「ワたし、言えバ、よかった。オマエは、オ前なのだかラ。過去も、今モ、奏ナノダカラ。シアワセでいてくれるのなら、ナンデモ、いいと」


 デュラハンから零れる言葉は、後悔の言葉。

 息子と死に別れてしまったからこそ出てくる謝罪の言葉。


「カナデ。カナデ。ワタシの、ムスコ」

「そうだよ。俺は、俺はあなたの息子だよ。こんなにも俺を想ってくれる人の子だよ……。なのに、なのに俺は……!」

「カナデ。カナデ。オマエは、タダシイ。過去のカナデも、今の奏モ。どちラも奏。だカラ、迷ウナ。進め、前ヘ、マエヘ」


 デュラハンがよろけ、後ずさる。

 空っぽの身体から青い炎が燃えさかる。取り込んだ魂が燃え尽きようとしているのだ。


 今にも泣きそうな表情で奏が手を伸ばす。

 その手はデュラハンに届かない。


 死者と生者は交わらないから。


「カナデ。自分ヲ、信じなさい。過去ノ自分をシンジテ、今のジブンを信じて。茅見奏は、ワタシの、タカラだから」

「っ、っ、っ……!」

「オマエの命は、お前自身が納得する為に使いなさい。誰が否定シテモ、私はオマエの味方ダカラ」


 涙を振り払った奏が顔を上げる。

 迷いの晴れた表情で、決意の籠もった眼差しで今にも倒れそうなデュラハンを見つめる。


「――必ず、伝えます。だから、もう」


 この言葉は届かない。けれど、構わない。

 あの日、親を失ったからと、家族の記憶を否定した馬鹿な自分と決別する為の言葉だ。


「眠りましょう。ゆっくりと。後は、俺たちに任せてください。貴方たちが生きて、暮らして、守りたかったこの島は――俺が、守るから」

「アア――――届いたカナァ」


 デュラハンと奏の言葉は会話では無い。ただの言葉の応酬でしか無い。

 けれど確かに思いは伝わった。


 だからもう、茅見奏は迷わない。


 燃料の尽きたデュラハンが崩れ落ちる。

 結局の所、どうしてデュラハンがここに来て、何をしたかったのか目的はわからない。

 奏に父の思いを届ける為だとしたら、ご都合主義もいいところだ。


 だから、と奏は結論を出す。

 ご都合主義だと。

 どちらに転ぼうとも、俺という物語を強制的に歩ませるイベントだと。

 ああ、あまりにも、あまりにも傲慢だ。

 傲慢すぎて、腹が立つ。


「奏、ここにいたのか」


 奏の背中に声を掛けたのは、ぼろぼろの昂だった。

 春秋との戦いを切り上げてまで昂は西海岸へとやってきた。


 戦う為、ではない。


 昂もまた、デュラハンの発した異質な魔力に気付いてこちらへ来たのだ。

 奏の安否を心配して。


「昂」

「どうした、奏」

「俺は、どっちの茅見奏だと思う?」

「馬鹿かお前は。過去も今もお前は茅見奏だ。茅見奏という存在は、時代を経ても戦うことを強いられる英雄だ。その質問に意味なんてない」

「そっか。そうだよな。……お前はずっとそうだもんな。俺のことを、俺以上にわかってくれてたんだな」


 奏は昂に振り返る。雰囲気の変わった奏に気付いた昂が頬を緩めた。


「なあ、昂。俺は、お前と共に戦いたい。お前と一緒なら、なんだって出来る。かつて出来なかったことを、今の時代でやり遂げたい」

「そうだな。俺とお前が手を組んだら何だって出来るさ。だって俺たちは」

「親友、だからな」


 奏と昂は笑い合い、そして対峙する。


「リベリオンに協力するつもりはないんだろ?」

「お前は俺が一度決めたことを曲げる主義だと思うのか?」

「思わない。お前がそんな気分屋だったら、前世で俺たちはもっと笑い合って馬鹿やって一緒に戦えたよ」

「そういうことだ。俺は俺の目的の為に敵対する道を選んだ。そしてお前は島を守る道を選んだ。だから俺たちの道は交わらない。俺を諦めさせたいんだったら」

「お前を倒して、認めさせる。島も守るし、お前だって手に入れる。その為にッ!!!」


 親友だからこそ。お互いのことを深く理解しているからこそ。

 二人は敵対する。自分たちの目的が相容れないからこそ、自らの主張を貫く為に、相手の目的を折る為に。


 再び、親友と肩を並べる為に。


「マテリアルコンバートッ!!!」


 漆黒のナノ・セリューヌが昂を覆う。あれだけボロボロだったというのに、マテリアル・コンバートによって完全に修復される。

 漆黒の装衣に身を包み、マテリアル・アルバートが機帝剣エアトスを握りしめた。


 そして、《白き復讐者》が"次のステージ"へ歩を進める。


「"アライバル・コンバート"ッ!!!」


 今までとは違う口上。

 溢れ出るナノ・セリューヌが奏を埋め尽くす。

 白き塊は見る見る内に圧縮され、罅と共にマテリアル・ソウを権限させる。


 だが彼はもうただのマテリアル・ソウではない。

 マテリアルを越えた真なるマテリアルへ昇華した。


 命の(アルマ)の真髄がアルマ・テラムであるように。

 ナノ・セリューヌにもまた、真髄たる力が存在する。


 それが、アライバル(到達者)

 限界を超え真理に至った者。


 故に、彼はもうマテリアル・ソウに非ず。

 ――――アライバル・ソウとして覚醒する。


 左肩より広がるマントをはためかせ、鋼鉄の翼によって世界を渡る。


 昂にとって計算外で、予想外で。

 だからこそ昂は、笑った。

 大声で笑って、子供のように笑って、思わず涙が零れそうなほどに大笑いして。


「俺を否定してみせろよ、奏っ!!!」

「否定なんてするものか。俺は、お前が欲しいんだよ、昂ぅっ!!!」


 アライバル・ソウとマテリアル・アルバート――二つのマテリアルが再び激突する。

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