第七十一話 アルマ・テラム VS ナノ・セリューヌ
突如として発生した《ゲート》から、無数の《侵略者》が星華島へ侵略する。
仁の前に現れたアケディアとは違う、そのどれもが動く骸骨だ。
言葉を喋るわけでもない。ただ与えられた命令をこなすだけの骸だ。
生者とはとても呼べない歪な存在。
そのどれもが剣や盾といった兵装を身に着けており、目に付く全てを敵として襲いかかる。
「――邪魔だっ!」
東海岸へ向かっていた春秋は迫り来る骸骨たちを一蹴していた。
レギンレイヴによる一撃が的確に頭蓋骨を穿つ。春秋の間合いに入ることすら許されない。
けれど骸骨たちは生者ではない。生命を持っているわけでもない。
故に、その程度で歩みを止める筈がない。
「こういうのは基本、操作されているか核を壊せば動きが止まる物だが……それ以外か」
春秋とて長い旅をしてきた歴戦の猛者だ。初見であろうとすぐに対応出来る。
頭部を破壊しても立ち上がるのならば、物理的に動けなくすればいい。
「レギンレイヴ・ソーディア」
レギンレイヴを二振りの剣に変化させ、迫る骸骨たちへ振り下ろす。
腕を断ち、足を断ち、四肢の全てを破壊する。
一体一体全ての四肢を破壊し尽くす。少しでも動く要素を徹底的にそぎ落とす。
多少時間は掛かってしまうが、何よりも確実だ。
反撃も出来ないほどに破壊すれば、後はクルセイダースが引き継ぐだろう。
「東海岸は外れだな。《ゲート》の感覚はあるが、明らかに違う。いや、この感覚は……」
戦いながらも春秋の意識は東海岸へ向けられていた。そこに水原祈がいるかもしれない以上、目の前の骸骨たちに構っている暇はない。
けれど春秋は確信した。自分が向かう先には水原祈がいないことを。
それは感じる魔力が異質だからだ。
少なくとも、水原祈はこんな風に挑発するかのように魔力をダダ漏れにするようなことはしない。
「俺を待っているのはお前か、篠茅昂」
骸骨たちを徹底的に破壊し、骨の残骸を踏みしめながら東海岸に躍り出る。
魔力反応があったポイントには、予想通りの人物が立っていた。
「よお、春秋。元気か?」
「元気すぎてお前をぶっ飛ばせるな」
「オーケーオーケー。軽口が言えるなら最高だ。――じゃあ、やろうか」
問答は要らないとばかりに二人はすぐに戦闘に入る。
水原祈のこと、斉藤拓哉のことを問い詰める必要はあった。
だが問うたところで昂が答えるわけがない。必要な情報を聞き出す以上の時間を奪われるだけだ。
だから春秋は昂の排除を優先する。元より隊員たちの異常は昂によって引き起こされたのだ。
あの黒いリングを破壊すれば正気に戻ることもシオンでわかっている。
「――――アルマ・テラムッ!!!」
「おいおい最初から全力かあ!」
もはや加減している余裕はない。篠茅昂はそれだけ強敵であり、時間を掛ければ掛けるだけ状況は昂に優位に傾いていく。
故に、最初からアルマ・テラムで仕留めにいく。昂相手にはまだ出していない春秋の奥の手だ。
春秋の全身が黄金に輝く。残像すら残す速度で昂へレギンレイヴ・ソーディアを振り下ろす。
「お前相手は気楽でいいよ。ウサギちゃんと違って過剰な防御が必要ないからなぁ!」
対する昂も負けてはいない。春秋の速度に反応しナノ・セリューヌで生み出した盾でソーディアを受け止めてみせる。
「舐めるなァァァァァッ!!!」
「な――――」
アルマ・テラムは速度を上げるだけに止まらない。
脚力も、膂力も、春秋が使う力の全てを大幅に上昇させる。
だから昂が防げると判断した一撃も、容易に越える。
盾ごと昂の腕を切り落とす。驚き目を見開いた昂へ、続けざまに左のソーディアで追撃する。
「機帝剣エアトスよ、異質な炎を否定しろッ!!!」
ナノ・セリューヌが増殖する。昂が生み出したのは盾ではなく剣。
昂の全身を覆うほどの大剣だ。
機帝剣エアトスがソーディアを受け止める。激突の衝撃が砂浜を吹き飛ばす。
一瞬の硬直。両者はすぐに距離を取り攻防を再開する。
ソーディアを用いた春秋の猛攻は圧倒的だ。
機帝剣エアトスを使う昂といえど、アルマ・テラムを使う春秋相手では分が悪い。
片腕では防げるものも防げない。ジリ貧になっていくのは昂だ。
「しゃらくせえっ!」
ナノ・セリューヌを操作して落ちた腕を再生させる。鋼の腕でソーディアを掴み、ナノ・セリューヌでソーディアを包み込み自らの腕と一体化させる。
昂の狙いはあくまでも時間稼ぎだ。
水原祈が目的を達成するまでの時間を稼げれば昂の勝ち。
逆に春秋が他の救援に間に合ってしまえば負け。
故に昂は思考を加速する。
春秋相手にどうすれば時間を稼げるか。
気が進まないが、試してみることにする。
「なあ春秋、お前は叶えたい願いはないのか?」
「ない。あったとしても貴様に叶えて貰うつもりはない!」
「そうか? じゃあ見せてみろよ、お前の欲望って奴を!!!」
一振りのソーディアを投げ飛ばし、春秋が一瞬だけソーディアへ視線を向ける。
その一瞬。
昂は即座に漆黒のリング《ギア》を造り出し、春秋の手首へはめ込んだ。
「っ!?」
精神に異常をきたす恐れのある機能。
装着者の奥底にある望みを引き出す精神ジャック。
人は誰しも、心の中に欲望を飼っている。
強くなりたいと願い、評価されたいと願ったシオンを狂わせた。
親に謝りたいと願い、親に会いたいと願った水原祈を狂わせた。
狂気が春秋の思考を蝕む。
「な――――春秋、お前は――――」
春秋は止まらなかった。
振りかぶったソーディアが躊躇いもなく振り下ろされ、意表を突かれた昂を袈裟に裂く。
噴出する血を眺めながら、昂は歯噛みする。
「ああ、そうか。成る程な。そうだよな。今のお前は『四ノ月』春秋だもんなぁっ!?」
「訳のわからん理屈を語るな。お前如きに俺は唆されたりしないっ!!!」
春秋の全身から黄金の炎が溢れ出し、内側から《ギア》を破壊する。
ソーディアを炎が呑み込み、レギンレイヴへ舞い戻る。
よろけた昂へ向け、春秋はトドメとばかりに刺突を放つ――――。
「世界よ、歪め」
春秋の奥の手がアルマ・テラムであるように。
昂にもまた、奥の手が存在する。
レギンレイヴが届かない。まるで空気が壁となったかのように、見えない何かに防がれる。
傷口を押さえながらも体勢を整えた昂が口を開く。
忌々しげに春秋を睨み、翠の瞳を黄金色に輝かせて。
「歪みよ、正せッ!」
見えない一撃が春秋を襲う。空気の弾にでも殴られたかのような衝撃。
春秋は吹き飛ばされるが、それでもアルマ・テラムは止まらない。
すぐさま体勢を整えて着地する。
「はー、はー、はー……あああああああめんどくせぇ。本当にめんどくせえ。ウサギちゃん相手の方がよっぽど簡単だよこれだからお前相手に喧嘩売るのは嫌いなんだよっ!」
「だったらさっさと黙って消えろ……!」
息も絶え絶えなのは昂だ。春秋にはまだまだ余力が感じられる。
昂はイライラしているのを隠そうともしない。
ここまで感情的な昂を見るのは初めてだ。
そこに、彼の本心を初めて感じ取った。
どちらかが倒れるまで戦いは終わらない。双方共にその覚悟を決めた時だった。
遠くで爆発するかのように魔力が解き放たれた。
春秋と昂が釣られてその方角を見つめる。その先にあるのは、西海岸。
「向こうは……茅見が向かったポイントか。あっちに水原がいるのか」
「……違う。水原祈はあっちじゃねえ。ったくもう本当にめんどくせぇ。おい春秋、水原祈はウサギちゃんとこだ。ほらほらさっさとそっちの援護に行きやがれ!」
「お前を放っておいていけるか!」
すぐにでも走り出そうとする昂の前に立ち塞がる。
ここで昂を足止めしておけば、これ以上の被害は拡大しない。
そしてアルマ・テラムが有効であるとわかった以上、自分が昂を倒すべきだ、と春秋は判断した。
黒兎ならば単身でも不測の事態に対応出来る。
仁、奏も救援に駆けつけるだろう。だからこそ、自分がここでするべきことは。
「じゃあ俺が撤退させてもらうっ! 行かなきゃいけねえ理由が出来た!!!」
昂がその手に漆黒の缶を造り上げる。おそらくは、前回と同じような閃光弾の類い。
爆発をさせなければ問題無いとばかりに、昂がそれを投げる前に春秋が一歩踏み込んだ。
「じゃあな春秋、また殺し合うぜっ!」
「――――っ!?」
缶が握り潰された。勢いよく溢れ出てきたのは白い煙。
咄嗟に鼻と口を押さえた昂を見て、春秋もまたガスの類いと予想して呼吸を止める。
その一瞬の出来事だった。
白い煙によって昂の姿が見えづらくなると同時に昂は手を離して駆け出した。
(ガス、ではない? だが奴だけ抗体を持っている毒かもしれない――!)
春秋はすぐに背に黄金の炎を灯し、翼のように振り払う。
白い煙を強引に吹き飛ばした時にはもう、昂の姿は何処にもない。
「……逃がしたか」
近くに昂の気配はない。隠蔽が得意な昂に一度姿を消されたら、すぐに見つけることは難しい。
アルマ・テラムを解除する。戦いが終わった以上、高出力のアルマ・テラムを維持するのは負担でしかない。
視界が揺れる。ぐらりとよろけた春秋は片膝を突いて大きく深呼吸を繰り返す。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
アルマ・テラムによる消耗と、もう一つ。
昂によって装着させられた《ギア》による精神汚染。
異常を異常だと認識出来なくなる呪いに近いもの。
これまでの自分の記憶を照らし合わせ、今の自分と何か一つでもすれ違いが起きていないかを確認する。
《ギア》の効果の詳細を、春秋は知らない。
思考を歪ませるという推測はしていたが、そこに『欲望を引き出す』という効果までは把握していなかった。
シオンは《ギア》を装着させられる前に、昂との会話で思考を誘導させられていた。だからこその推測だった。昂との会話で欲望を引き出されなければ、たとえ《ギア》を装着されようと狂気に堕ちることはないと。
春秋は、幸運だった。
春秋はもともと、自身の欲望が希薄だった。具体的な目的もないまま旅を続けていたのもあり、引き出され島を混乱に巻き込むほどの欲望など持ち合わせてはいなかった。
そして、もう一つ。
春秋はもう、欲しいものを手に入れていた。
頭を過ぎるのは桜花の笑顔。妻となった少女の笑顔を思い浮かべれば、自然と春秋の心は落ちついていく。
桜花の望みを叶えることが自身の幸福であると春秋は無意識的に考えている。
桜花の望みは、島の平和。それ故に、春秋が島を裏切ることは絶対に有り得ない。
「……落ちついた。ったく、めんどくさい物生み出しやがって……!」
アルマ・テラムによる消耗から完全に回復はしていないものの、動けるくらいには回復した。
昂は黒兎が向かった場所に水原祈がいると言っていた。
奏と黒兎、どちらの応援に向かうべきか。一瞬だけ思考を巡らせ、すぐにユリアに連絡を入れる。
「俺は黒兎の方へ向かう。朝凪が行けるのなら茅見の方へ回してくれ」
黒兎ならば大丈夫、ではある。
だが、春秋は知っている。
天獄の世界とは、生者の存在しない世界。
死者が暮らし、眠り、保存される世界。
その世界を支配する存在は、帝王の名を冠している。
天獄帝オリオン。
他の世界に干渉はしない。
けれど、同時に自らの世界を侵す存在には徹底的に容赦をしない存在。
だからこそ、不味い。
星華島に起きている異常事態は、どう見ても天獄からの《侵略》である。
いや、正確には水原祈を迎えに来た、とも連絡を受けている。
だからこそわからない。
天獄帝オリオンが、何を望み水原祈の願いに応えようとしているのか。
世界を支配する帝王の力は、七の帝王を大きく上回っている。
用心するに越したことはない。
旧本部へ向けて走り出した春秋の頭の中には桜花がずっと残っていた。
桜花の笑顔が、明るい表情を思い出す。
ずっと眺めていたい。悲しい表情をさせたくない。
胸に広がる暖かな想いについて、春秋はまだ答えに気付いていない。




