第七十話 新たな帝王
シルヴァ・ラグナロクより放たれし銀の炎が地面を走る。
しかし青年アケディアは銀炎をものともせず仁へ接近し足を払う。
炎を躊躇いもせず、刃すら気にせずの肉弾戦に気圧されるのは仁の方だ。
「どうした。何を驚いている」
「っ、だって――」
触れれば確かなダメージを与えることが出来る一撃だ。それだけの炎を込めて、それだけの力を込めて放ったつもりだ。
なのにアケディアは意にも介さない。それほどまでにアケディアは帝王の力が無くても強いのだろうか。
「殺意のない一撃など最小限の動きで充分だろうに。お前は"殺し合い"をわかっていない」
「っ!!!」
足を払われ体勢を崩した仁へ向けてアケディアが刺突を向ける。二本の指が狙うのは、仁の眼球。
咄嗟に地面に手を伸ばして自分の身体を吹き飛ばす。突き出された指が頬を裂いたが、仁はかろうじて距離を取ることに成功する。
「炎宮春秋、そして時守黒兎。その二人とお前の違いだ、少年」
「俺は……俺は、相手を殺したくて武器を取ったわけじゃない」
「だろうな。そしてその決意の甘さが、お前の足を引っ張っている」
「――――!」
アケディアは容赦をしない。帝王の力を失っているというのに、それでも仁を圧倒する。
高く振り上げた踵を振り下ろす。まるでギロチンのように振り下ろされた一撃。
仁はシルヴァ・ラグナロクで受け止める。
銀の炎の出力は、けっして春秋に劣っていない。
――けれど、シルヴァ・ラグナロクはいとも容易く砕けてしまった。
「な……え、なん、で……!」
「我も所有しているわけではない。だが、これだけは言える。その炎を扱うに、お前は未だに『覚悟』が足りんっ!!!」
アケディアの拳が腹部へねじ込まれる。骨の折れる嫌な音。内臓のどれかがやられたのか、こみ上げてきた血を吐いて仁は後ずさる。
「はー、はー、はー……!」
「お前は『人として』は強い。その炎を手に入れたことにより、並の人間よりは遙かに強いだろう。だが所詮は人並みだ。炎宮春秋には届かない」
「……!」
突きつけられる言葉が、痛い。
春秋と同じ力を手に入れたのに、届かないと断言されて。
敵の言葉だと言うのに、どうして仁は納得してしまう。
それほどまでに今の仁と春秋の実力は離れてしまっている――仁も確かに感じていたから。
昂との戦いを、シオンとの戦いを見て。
春秋は一戦を超える毎に強くなっている。戦いの中でより強くなっている。
では、自分は?
昂にも、シオンにも、挑めていない。
力が欲しくて、炎を求めたのに。
今の力に、満足していたのかもしれない。
「覚悟を持て、少年。この島を守りたいと言うのであれば、誰よりも強い思いを込めろ。我へ突きつけた幻想は、嘘であっても真であってもお前の『可能性』ではあるはずだ」
「俺の、可能性……」
仁は、炎に自らの可能性を捧げた。
魔法使いとして大成する未来を。その結果として、魔力の全てを喪失している。
けれどそれは『魔法使い』としての可能性だ。
銀炎を操る朝凪仁の可能性は、あの時から生まれた別の道。
「俺は……――!」
「いい表情だ」
アケディアが笑う。釣られて仁も笑う。迷いの晴れた表情で、折れたラグナロクを握りしめる。
「一つ、お前にアドバイスをしてやろう」
「……敵の言うことに耳を傾けたくはないんだけどな」
それでも、と仁は笑った。アケディアも口角を釣りあげ笑みを返す。
この感覚は、二人にしかわからない。こみ上げてくる複雑な思いに、仁はまたも笑いを零す。
「炎宮春秋と時守黒兎は『特別』な超越者だ。その二人に届きたくとも、お前は超越者には至れない。ならばどうすればたどり着けるのか。――愚直に、突き進め。己が見つけた可能性の最果てへ、たった一つの思いを抱いて邁進しろ」
「ご忠告どうも。とはいえ、参考程度にさせてもらう」
「構わぬよ。我とてここでお前を仕留め、彼女を迎えに行かねばならぬのだからな」
アケディアが構える。仁が構える。
武器も持たぬアケディアと、折れたカムイを握る仁。
次の一撃で勝敗が決まる。
勝者は生存し、目的を成就させる。
敗者は死に、志半ばで朽ち果てる。
圧倒的に不利なのは仁だ。武器を失い、血反吐を吐き、痛みを堪えていては集中しきれない。
アケディアは、だからといって油断しない。
前回の戦いで、この状況で幻覚を見た。最果てに至った仁の可能性を垣間見た。
最大の一撃を与えるべく、全神経を研ぎ澄ませる。
「……俺が、辿り着きたい場所。春秋や、黒兎先輩たちのいるステージ。俺が、出来ること……!」
仁は改めて、握っていたラグナロクを腰に差すように構えた。
居合いの構え。身を低くし、一歩踏み込む神速の一撃。
炎が集う。体内に眠る銀炎が、最大の一撃の為に身体を縦横無尽に駆け巡る。
「往くぞ少年ッ!!! 我が至玉の一撃、ここにあれ――――!」
「――――アルマ・テラムッ!」
仁は春秋のように炎のコントロールに優れていない。
仁は黒兎のように触れれば致命を与えることも出来ない。
結局のところ、仁は剣を振るうことしか出来ない。
ならば、それでいい。
余計なことを考えるのは、頭のいい仲間たちがすればいい。
自分はただ、成すべきことをするだけだ。
最大の力を込めて。
最大の意志を込めて。
最速の一歩を踏み込む為に。
炎は仁の望みに応える。
「俺は、戦う。島を守る為に。殺す覚悟とかは、まだわからないけど……。俺は、島を守る一振りの剣になる」
「……見事。見事だ、少年」
折れたカムイでは、アケディアに致命傷を与えることは出来なかった。
けれどアケディアは敗北を認めた。
最大の一撃はいとも容易く回避され、最速の居合いは確かにアケディアの腹部を裂いたのだから。
「元帝王として、お前に新たな帝の名を贈ろう」
「激しく要らないんだが」
「――剣の極地に至りし少年よ。いずれ超越者と肩を並べる貴公に剣帝の名を。ああ、素晴らしい収穫だ。あの時は【黄金の魔女】の介入である確信を抱いたが、ハハハ。いつの世も未来は明るいものだ。世界を閉ざした我らでは至れない境地。そもそも世界を滅ぼした我らが次のステージなど至れるわけがないのだ」
アケディアが腹の底から笑い声を上げる。致命傷を受けている訳でもないのに、体勢を崩して片膝を突く。
「っ! どうした、アケディアさん――――」
「ははははは。役目を終えたのだろう。どうやら我はお前の成長の為に呼ばれたようだ。ならば消失するは当然のこと。……少年よ。最期に名を教えて欲しい」
アケディアはなおも笑っている。満足したとばかりに、自らを倒し新たなステージへ進んだ仁を賞賛する。
笑った顔で、名を問うた。
複雑な思いだが、仁も笑って名を告げる。
「……仁。朝凪、仁だ」
「剣帝ジン。……ははは。いい名ではないか。――――極地へ至れよ、剣帝ジン」
アケディアの身体が崩れていく。それも粒子や土塊といった今までの崩壊とは全く違う。
文字。そう、文字だ。腕が崩れれば腕という文字が。足が崩れれば足という文字が。
口が口が口が口が髪が髪が髪が髪が目が目が目が目が鼻が鼻が鼻が鼻が。
名前の付く全てが文字となってそして虚空へ消えていく。あまりにも異質な光景に仁は言葉を失ってしまう。
悍ましい。
人が、こんな風に消えてしまうのが。
なぜ、どうして。
恐怖に思考が包まれ、仁の視界が真っ暗に染まった。
日はまだ高いというのに、光の届かぬ闇に包まれる。
――――お前は見てはならないよ。忘れなさい、愛しき子よ。
意識が薄れていく。
何が起こったか理解出来ぬまま、仁は意識を失った。




