第六十九話 死者ノ使者
春秋、仁、黒兎、奏はユリアからの指示の下、一旦学園に集まっていた。
「神薙ユリアから話は聞いていると思うが、事態は想像以上に深刻となっている。四ノ月春秋、もう一度確認するが……《ゲート》を使用し、死者の世界に行くことは可能なのだな?」
「《ゲート》に繋がらない場所は存在しない。ありとあらゆる世界へ繋がるからこそ《ゲート》だ。まあ、俺だって使ったことはないけどな」
「水原祈は恐らくだが、それによって死者の世界――天獄へ向かい、亡くなった両親を求める。それによってどのような事態が引き起こされるかわからない以上、止める以外の選択肢はない」
黒兎の判断は冷静だ。仁や奏はいまいち事態の深刻さを理解していない。
両親に会いたい。だからこそ死者の世界に行きたいという祈の願いが、間違っていると思わないからだ。
「朝凪」
そんな二人の感情を察したのか、春秋が口を開く。諭すように、優しげな口調だ。
「死者と生者は相容れない。存在できる世界が違うんだ。その垣根を乗り越えようとするのなら、それは世界のルールを無視するってことだ」
「でもよ、四ノ月の【予言】はないんだろ? 島は無事ってことだし……」
「気が進まないなら家に帰って待機してていい。シオンの時もそうだったが、篠茅に操られた奴は想像以上に手強い。……迷っていたら、負けるほどにな」
春秋と黒兎は異世界の旅を経験しているからこそ、普通の異世界とそうではない異界の脅威を理解している。
いや、それ以上に――命と死について精通している。だからこそ、だからこそ、だ。
「俺はやります。昂がしでかしたのなら、俺が止めなくちゃいけない」
「篠茅昂は意図的に茅見奏との接触を断っているように見受けられる。ナノ・セリューヌに対してナノ・セリューヌが有効である以上、茅見奏には積極的に篠茅昂を抑えて欲しい」
「わかっています、時守先輩」
奏の目的はあくまで昂だ。同じ隊員である祈を止めたいが、彼にとってはそれ以上に昂の真意を知りたいようだ。
「魔力反応はこの校庭、東海岸、西海岸、そして旧本部。奇しくも四箇所であり、俺たちも丁度四人いる。恐らくだが、そのどこかに水原祈、斉藤拓哉が潜伏していると思われる。朝凪仁はこの場に待機し、状況をつぶさに本部へ連絡。残る三名は散開し各自捜索を。ターゲットを発見した際は速やかに報告し、神薙ユリアの指示を受けつつ臨機応変に立ち回れ」
黒兎の指示に三人が頷く。我先にと春秋は東海岸へ向けて走り出し、次いで黒兎が旧本部へ向かう。
「朝凪、昂が来たらすぐに連絡をしてほしい」
「わかってる。どんな関係があるかは知らないけど、茅見がそれだけ思い詰めてるんだ。少しくらいは手伝うからな?」
「ありがとう。でも大丈夫だ。俺はもう、間違えないから」
奏の言葉の意味を仁は詳しく知らない。誰も知らない。奏が誰にも語りたがらないから。
それが見えない溝になっていることに、誰も気付いていない。
「俺は西海岸に行く。ここは頼んだぞ、朝凪!」
駆け出した奏の姿が見えなくなり、校庭には仁一人だけが残される。
静かな雰囲気は嫌いではない。けれど、今日の星華島は平穏とはかけ離れた不穏な空気に包まれている。
何が起こるかわからない。だからこそ何かが起こる前に事態を収束させる。
「……親に会いたい、か」
仁は両親の顔を知らない。星華島は元々孤児も多く、仁もそんな孤児の一人だった。
だから水原祈のように父を求める気持ちは正直そこまでわからない。
でも、頼りたい人を求める気持ちはわかっているつもりだ。
四年前、大人たちがいなくなって。
当時の最年長の人たちが、必死になってクルセイダースの下地を作って。
そして、黒兎とユリアと桜花によってクルセイダースが完成した。
仁は島に育てて貰った。だからこそ島を守りたくて、クルセイダースに志願した。
強いて言うなら、この島が仁にとっての両親だ。
「水原……俺はどうしても、お前が間違ってるとは思えない。でも、篠茅に唆された選択は間違いだって、それだけはわかる」
シオンの暴走を思い出せば、どれほど危ないことか知っている。
だから、止めたい。仲間が間違った選択をしてしまうのを、止めたい。
腰に携えたカムイ・ラグナロクに手を掛ける。
胸に込み上がる銀の炎に問いかけた。
――――俺は、強くなりたい。
炎は何も答えない。
――――俺は、島を守りたい。
炎は何も答えない。
――――俺は、春秋たちと並んで戦いたい。
炎は何も答えない。
答えは最初から求めていない。これはただの決意表明だ。
力を求め、願いを求め、朝凪仁はその時を待ち続ける。
「……っ!?」
十分も経たない内に、違和感を覚えた。世界が歪む感覚。空にいくつもの罅が入る。
「まさか、もう!?」
ユリアからの連絡は何も来ていない。《ゲート》の反応があれば何よりも最優先で連絡が来るはずなのに。
慌てて本部へ連絡を入れる。だが通信は繋がらず、波音のような粗雑な音が聞こえてくるだけだ。
「通信妨害? というより、どうして《ゲート》からこっちに《侵略者》が来そうなんだよ!」
事前に聞かされていたのは、祈が《ゲート》を開いて異世界に行こうとしている、というものだ。
だから《ゲート》から《侵略者》が来るということ事態が異常事態で。
『――……仁! 応――して――《ゲート》――来る!』
ようやく聞こえたユリアの声は途切れ途切れで詳しいことは何ひとつわからない。
けれど異常が起きたのならば、仁は迷わずカムイを手に取る。
「目覚めろラグナロク、輝け、アルマ・シルヴァリオッ!!!」
銀の炎があふれ出す。
カムイ・ラグナロクは炎を纏いシルヴァ・ラグナロクへと昇華する。
そして《ゲート》より来たる《侵略者》を待ち構え。
仁の前に降り立った《侵略者》は、既知の者だった。
「……ほう、少年ではないか」
「お前、は」
仁はその男に見覚えがあった。あまりに鮮烈すぎて、忘れようがない人物だ。
濃い茶髪。筋骨隆々とした肉体。その立ち居振る舞いからすでに達人であるとさえ思わせる雰囲気を醸し出す青年。
異なるのは、以前の男は鎧を纏っていた。
岩石のような鎧を纏い、開口一番に島を滅ぼす力を行使した。
そして、結局仁は彼に一死報いることなく敗北した。
「地帝、アケディア……!」
「その名ももう久しい。我はもう帝王の力を失っている。死者として利用されているだけの老害よ」
アケディアは自嘲気味に笑い、そして構えた。かつて島を襲った帝王としてではなく、ただのアケディアとして仁の前に降り立った。
「武器を構えよ少年。天獄の帝王の命令に従い、死者を望む少女を迎えに来た。――島を守る気概に満ちた少年よ。傀儡となった我を越えてみせよっ!」
――――アケディアは、自ら志願して傀儡となった。
再び星華島を訪れ、知りたかったことがあるが故に。
朝凪仁。
彼の子供と相対した時に見た幻想の真実を、求めている。
それが真なる剣の帝王に至る者ならば、よし。
帝王の一人として、新たな帝王の誕生を見届けよう。
もしも仮に、違うのであれば。
それは己が求めた戦いを侮辱する存在がいたということだ。
どちらでもいい。どちらでもいいのだ。
前者ならば称賛を。後者ならば反逆を。
アケディアがすることは変わらない。
死者の使者として、朝凪仁と雌雄を決するだけである。




