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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第六十五話 四ノ月家の一日・前編




 四ノ月桜花の朝は早い。

 朝五時には目を覚ます。春秋の為に栄養バランスを考慮した食事を準備する為だ。

 一緒のベッドで眠っているからか、桜花が離れるのがわかると春秋もすぐに目を覚ます。


「……四ノ月、もう朝か?」

「はい、五時くらいです。朝ご飯の準備をしてきます」

「そうか。……少し、身体を動かしてくる」


 桜花の目覚めはいつも爽快だ。目が覚めて春秋の寝顔を眺められる特等席にいるのだから。

 一方起き抜けの春秋は普段と違って少しばかし反応が悪い。

 呆けている訳ではないが、覚醒に時間が掛かる。


「四ノ月」

「はい。ぎゅー、です」


 春秋の言葉に桜花が笑顔で頷くと、両手を広げてベッドに腰掛ける春秋を抱きしめる。

 桜花の胸に顔を埋めた春秋が背中に腕を回して抱きしめ返す。

 抱擁は一分にも満たない短いものだ。だがそれで充分なのか「……ん」と春秋が零すと桜花も離れる。


「それじゃあ俺はそこら辺を走ってくる」

「はい。味噌汁の具は何がいいですか?」

「ネギかワカメ」


 最近の春秋は以前よりもしっかり食事を摂るようになったからか、桜花の問いかけにも自然と答えてくれる。

 ジャージに着替えた春秋が外に出るのを見送ると、桜花も食事の支度を始める。

 手早く調理を進めていく。春秋は朝は和食が好みなようで、毎朝春秋のリクエストする具材で作る。

 しかし春秋は春秋でこだわりが強いのか、あまり具材の多い味噌汁を好まない。

 具材はシンプルに一種類。それでいて味噌の風味も損なわずに。

 桜花は桜花で春秋が喜ぶものを第一に作りたがるので別に困りはしないのだが。


「~♪」


 春秋を結婚をしてから桜花は毎日が幸せだ。生活はなにも変わりは無いが、確かな絆を春秋と結べたことが嬉しいのだ。

 ずっとずっと慕っていた。ずっとずっと想いを馳せていた。

 春秋の笑顔が見たくて。春秋に幸せになって欲しくて。その為ならいくらでも尽くせると断言するくらいに。


「ただいま」


 食事の支度が終わるぐらいに、タイミング良く春秋が戻ってくる。

 特に時間の指定はしていない。なのにこうしてピッタリタイミングが合うことが心の底から嬉しくて。


 自分が春秋の『特別』なような気がして、それだけで桜花は嬉しいのだ。


「すぐに並べますね」

「手伝う」

「はい、お願いします」


 本当なら春秋の世話を全てしたいのだが、春秋の意志も尊重したい。

 だから春秋が手伝うと言ってきたら極力手伝って貰うし、譲れない所だけは譲らない。

 それは春秋にとっても丁度良い距離感なのか、お互いに不満を抱いたことは一度も無い。


「どうですか?」

「丁度良い。目玉焼きの火加減、今日は完熟なんだな」

「春秋さん、今日は固いほうが好きかなって思いましたので」

「さすがだな。今日はそういう気分だった」

「えへへ、大成功です」


 起き抜けの春秋を見ていると、自然と春秋の気分が理解出来る。

 それを元に食事の支度を行うと、春秋の好みピッタリなものが出来上がる。


「今日も美味いな。四ノ月の食事以外何も食えなくなるな、こりゃ」

「当然です。春秋さんの食生活は全部私が管理します!」

「それもそうだな。四ノ月の料理は美味い」

「ありがとうございます」


 桜花も共に食事をして、手早く片付ける。

 食器を洗う音がリビングにまで聞こえてくる。春秋としては手伝いたいところだが、ここは桜花が譲らない。

 手持ち無沙汰となる春秋はテレビを起動し、島の外の情報を流し見する。

 とはいえ興味の無いものばかりで記憶するほどでもない。


「……お、これは良さそうだな」


 本国で特集が組まれている人気のアニメ、漫画の紹介がされる番組に切り替える。

 春秋は最近、出動の無い日のほとんどを屋内で過ごす。

 鍛錬は怠ってはいないが、それ以上に春秋はこの世界に馴染もうとしているのだ。


 星華島の文化は本土から受け継がれるものであり、本土での流行はいずれは星華島にも届く。

 だから本土の文化には興味がある。

 特にアニメや漫画といった創作物の文化には貪欲だ。


 過去の世界でも、その世界を知るには文化を学ぶことが効率が良かった。

 人の好みを知ることも出来るし、文化の水準も把握出来る。

 その点この世界は娯楽に溢れていて多種多様な文化が存在しており非常に興味深い。


「また神薙に頼んで新作を寄越して貰うか」


 この家は春秋と桜花の為に新しく用意されたものだが、二階には余った部屋がいくつかある。

 客間として利用も出来るが、一つはすでに春秋が書斎として利用している。

 書斎といっても蔵書の大半が漫画やライトノベルだ。


「春秋さん」

「終わったか。お疲れ様」

「今日は授業があるので、お傍にいられませんが……」

「俺はいつも通り家で過ごしている。まだ読み終わってない本もあるしな」

「お昼ご飯、お弁当で用意しておきましたので」

「いつの間に? 相変わらず手早いな」

「春秋さんの為ですから」


 桜花が花柄のハンカチに包まれたお弁当を手渡す。まだほんのりと暖かいお弁当を春秋はテーブルに置く。


 それから少しの間、二人してテレビを眺める。特に見たいテレビがあるわけではないが、この静かな時間を過ごすのが好きだ。


 ほどなくして桜花は学園の制服に着替え、鞄を持って玄関に立つ。


「それでは春秋さん、行ってきます」

「ああ、気を付けてな」


 授業に向かった桜花を見送り、春秋は一人の時間を過ごすこととなる。


 帝王たちの襲撃が終わってから、星華島は本来の在り方を取り戻そうとしている。

 その一巻として授業が通常通りに開かれるようになった。とはいえ教師となる大人は未だに星華島への上陸を拒んでおり、オンラインで本土から授業を行っている。


 とはいえこれまでずっと子供たちだけで過ごしてきた星華島だ。教育の水準は同世代の少年少女たちよりずっと高い。


 高い、と素直には喜べない。彼らはみんな、遊んで過ごすべき時間を戦いに費やしてしまったのだから。


「……っと、もうこんな時間か」


 読み終わっていなかった漫画と小説を片っ端から読んでいる内にいつの間にか十一時を回っていた。

 空腹感は全くない。が、今日は少しだけいつもと雰囲気を変えたくなった。


「学園、か」


 別に授業に興味があるわけではない。この世界における必要最低限の知識と常識は把握しているし、してはならないことは桜花から教えられている。

 だから特別桜花たちの学園生活に興味があるわけではない。


「学園生活に興味は無い、が」


 ――なんとなく、自分の知らない桜花の一面があるのが嫌だと思った。


「……四ノ月と結婚してからなんか違和感だらけだな」


 帝王たちとの戦いを経て、春秋は変わった。その時は自らの変化に気付いていなかったが、今は違う。

 自分の変化に気付いているし、そんな変化を嫌と思っていない。


「…………見に行ってみるか」


 そんな"気まぐれ"で、春秋は桜花手製の弁当を持って星華学園を目指すことにした。

 誰に対しての言い訳かもわからないのに、なぜだか春秋は気まぐれだと自分に言い聞かせる。


 家から星華学園は歩いて十分も掛からない。緩い坂道となっている桜並木を眺めながらのんびりと歩んでいく。


 相も変わらず桜吹雪が舞う中で、いつもと違う雰囲気に浸る。

 それは、もしもの話。


 もしも、自分がこの島に最初からいたら。

 この島で、仲間たちと共に戦っていたら。

 共に笑い、共に苦しみ、泣き、立ち上がっていたら。


 きっと今と、少し違って少し同じな生活をしていた。


 羨ましいとは思っていない。けれど、そんな『もしも』を考えるくらいには春秋は星華島を好んでいる。


 守りたい、この島を。

 守りたい、今の生活を。

 守りたい、桜花の笑顔を。


 それがどんな感情なのか、春秋はまだ自覚していない。


「あれ、ししょーだ!?」


 星華学園に辿り着き、さて何処に行けば桜花がいるのかと思ったところでシオンが声を掛けてきた。

 制服とも隊服とも違う、体操服だ。


「授業中だったのか、シオン」

「もうすぐ終わりでお昼ですけどね。それでししょーはどうして学園に? っは、もしかして愛弟子のボクに会う為に」

「四ノ月は何処にいる?」

「デスヨネー」


 がっくりとうなだれるシオンだがすぐに切り替える。

 あと少しで授業が終わるから待っていて欲しいと言われると、春秋も素直に応じた。


 終了を告げる鐘の音が聞こえると、シオンがすぐに春秋のもとへ駆け寄ってくる。


「桜花さん、中庭でご飯を食べる予定らしいです。案内しますので、ボクが着替えてくるまでお待ちください!」

「ああ」


 中庭にいる、と聞いた春秋はすぐに向かうことにした。図書館を利用する為に星華学園の構造は理解しているから案内の必要が無いのだ。

 それにシオンが気付いたのは春秋が中庭に到着してからの話だが。


「春秋さん、どうかしたんですか?」


 中庭に足を踏み入れると、見知った顔がいくつもあった。桜花だけではなく仁や奏といったリベリオンの面々に、ユリアと黒兎もいる。クルセイダースの隊員たちもちらほら見られる。


「暇すぎてな。四ノ月の顔を見ながら弁当が食いたくなった」

「そうですか? それでは一緒に食べましょうか」


 桜花はいつも通りの表情で応対する。だがその声色がいつもより上擦っていることに気付いたのは、ユリアや水原祈といった女性陣だけだ。

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