第六十二話 お見舞いと、『外』
「ししょーししょーししょー!」
「いいから黙って飯を食え」
「もう元気ですよ!!! ししょーの暖かい愛のパワーで元気いっぱい百倍であいだだだだだだだ!?」
とりあえずシオンがやかましいので春秋はアイアンクローで黙らせることにした。
すっかり見慣れてしまった星華島総合病院の一室で、シオンは検査の為に入院措置となっている。
昂の言動と、普段からは想像出来ないシオンの豹変を前にユリアが判断を下したのだ。
とはいえ起こしてしまったことへの責任は取らざるを得ない。検査が終わったらシオンはしばらく謹慎となる。
「うぅ……謹慎なんてしてたら身体が鈍っちゃうじゃないですか~」
「長くはしないと神薙も明言しているんだから我慢していろ」
「そうですよ、シオンさん。少し休暇を貰ったと思ってください」
「休暇なんていりませんよ~。それよりも特訓したいです特訓!」
ベッドの上でシオンは今にも動きたくてうずうずしている。
けれどここは病院であり動き回る場所でないことくらい十分に理解しているから余計に歯がゆいのだ。
「大丈夫だシオン。謹慎が解けたら朝凪がいくらでも特訓に付き合うから」
「言ってないが?」
「それこそシオンの試したいことを徹夜で付き合うと言っていたぞ」
「言ってないが???」
「五月蠅い黙れ」
「お前俺の扱い酷くなってない!?」
「お前とシオンはこのくらいでいいと思えてきた」
「あの?!?!?!?!?!?」
とはいえ仁もシオンのことを気に掛けている。春秋が言わなくてもシオンの相手にはなるつもりでいた。
むしろ自分も鍛えて欲しいくらいだ。昂との戦いを見て自分の実力不足を痛感している。
昂は明らかに仁を敵として見ていなかった。春秋や黒兎の方がより脅威であると認識するのはわかるが、だからといってそれでいいと思うほど仁も楽観的では無い。
命の炎を手にいれ、人ならざる力を手に入れたからこそ。
その力に恥じない実力を身につけたい。
少しでも春秋たちと並んで戦えるくらいの力が。
「それでシオン、本題に入るが」
「……はい」
仁が耽っていると、春秋が話題を切り替えた。空気が引き締まる。
病室に来ているのは春秋と桜花、それと仁だけではあるが、春秋が何を聞きたいのかシオンはすぐに理解する。
「篠茅に何をされた?」
春秋は、シオンが洗脳されたと結論付けている。
カメラが壊され、ボイスレコーダーすらも壊されて記録が残っていないのだ。
どのような会話をし、どんな魔法を掛けられたのか。
昂の手口を少しでも知ることが、被害を抑えることに繋がる。
昂の出方を待っているだけではダメなのだ。昂の狙いを把握し、先手を打って止めなければならない。
本来であれば昂のことに詳しい奏にも相席して貰いたかったが、今はユリアと共に島を離れている。
神薙の本家に呼ばれたとのことだが、その真意は定かではない。
「会話は……すいません、詳細までは覚えていないんです」
「ならばその魔法に記憶障害を起こす副作用があったということだ。他には?」
「うろ覚えですが……その、とにかく不安を煽られました。ししょーたちと並んで戦いたい、って所を徹底的に突かれた感じです。話してる内になんか頭がぼーっとしてきて……」
「あの首輪を付けられた、か?」
「……はい。あれを付けたら、急に意識がスッキリした感覚がありました。それから後のことは、覚えてます。自分がしたことも、言ったことも、ぜんぶ」
「ならやはり問題はあの首輪だが……気に掛かるな」
「はい。首輪を付けられる前段階で、ボクは篠茅さんの言葉を否定しきれていませんでした。魔法を使ったかどうかまではわかりませんが……あの首輪で『完成した』って感じです」
シオンは当時の状況を必死に思い出す。
図星を突かれて、動揺して、言葉巧みに思考を誘導されてしまった。
だが普段のシオンならあの程度の会話で困惑はしない。
幼い頃からずっと黒兎と比べられてきたのだ。本心を見抜かれたとしても、敵に心を委ねるようなことはしない。
「篠茅の言動自体に効果がありそうだな。……やはり接触は危険だな」
「顔写真はありますので島民全体には知らせてありますので、多少は防げると思いますが……」
「多少は、だ。これから先……敵は篠茅だけではない。篠茅に巻き込まれた島民を守ることも予想される。正念場だな」
立ち上がり、窓から街を見下ろす。平穏な街並みは春秋たちが帝王の脅威から守り切った証であり、この街を、島を守ることこそが今の春秋の使命だ。
「四ノ月、【予言】が出たら頼む。戦力は十分あるが、誰かひとりは確実に篠茅を抑えなければならない。帝王よりよっぽど脅威だ」
「ししょーボクも!」
「お前は神薙の許可が下りるまで大人しくしてろ」
「きゃんきゃんきゃいん!!!」
意識を引き締めながら、守ると決めた街並みをもう一度眺める。
――守ってみせる、絶対に。
+
「……あの、神薙さん」
「黙っていなさい」
「うっす」
奏は困惑していた。突然ユリアに名指しをされ連れて行かれたのは星華島ではない場所だった。
星華島から船で一日、車に乗り換えて気まずい空気のまま数時間。
自分よりも背の高い『大人』が運転する車は、星華島で暮らしてきた奏にとって恐怖を感じてばかりだ。
ユリアが神薙の本家に呼ばれた。その護衛として、奏が指名されたのだ。
「奏」
「うっす」
重苦しい空気の中、ユリアが口を開いた。視線は窓の外に向けられており、奏のほうを向くつもりは無いようだ。
「あなたは、どうして自分が指名されたかわかっている?」
「え、と……俺が一番リベリオンで弱いから?」
「私は頼りにならない人を護衛には選ばないわ」
真っ正面から言われて思わず照れてしまう奏だが、本題は違う。
ユリアの視線が奏に向けられる。少し冷ややかな、冷徹な瞳。
思わず背筋を伸ばしてしまう。それほどまでにユリアからの圧が凄まじい。
「あなたを、篠茅昂と戦わせない為よ」
「……!」
「あなたの前世とやらに興味は無いわ。でも篠茅昂とあなたの因縁については考慮しなければならない。わかる、奏? あなたは島への脅威である篠茅昂を、殺すことが出来ない」
「……。それは」
「島を守る戦力が脅威の排除が出来ないというのであれば、私は判断を下さなくてはならないわ。あなたがクルセイダースを裏切ることは無いと思うけれど――今の脅威に、あなたは対応出来ない」
昂を止めたのは奏だが、ユリアの言葉通りだ。最初の交戦で昂を排除出来なかった上に、
拘束をしたというのに脱走され、さらにはシオンを巻き込んで被害を拡大させた。
奏の落ち度がない、わけではない。昂が奏の知識を上回ったのだから、咎める必要性はない。
けれど、だ。
奏も、昂も、互いが互いを親友だと言っている。
指揮官として、それは考慮しなければならない。
篠茅昂は、星華島の『敵』なのだから。
「昂は……昂は、意味も無く島を襲うような奴じゃない。そこには絶対に理由がある」
「そう。それで?」
「それで、って」
「彼自身が敵である、と宣言し、こうして被害も出ている。そこに彼の理由が必要なの?」
「……」
「だからあなたを島外に連れ出しているのよ。前回もあなたは救援が出されているのにこなかった。それも加味してよ」
「それは――――」
「理由は求めてないわ。言い訳も要らない。私は星華島を守るクルセイダース総指揮官として、あなたを信用できない、というだけ」
ユリアの意見は尤もだ。奏は何も言い返せない。あの場に向かおうとして、行けなかった理由は確かにあったのに。
あの日あの時あの瞬間。奏は昂を止める為に駆けつけようとしていた。
けれど、止められてしまった。向かってはならないと警告を受けた。
それ以上前に進むのであれば、と脅されて。
言葉を飲み込む。それを告げても何も変わらないし、告げてはならないのだ。
言葉に出来ないしていけない、脅威ではない脅威を前に奏は従うことしか出来なかった。
島を守る想いはある。
その為に昂と戦う覚悟もあるにはある。
だが、戦い、昂の命を奪えと言われたら首を縦には振れない。
結局のところ、奏は昂の為にリベリオンを、クルセイダースを裏切っている。
その事実だけは、変えようがない。
「それでも私たちは戦力を必要としているし、あなたのナノ・セリューヌの可能性には期待しているわ。その意味をよく考えて」
「……わかりました」
そこで話は終わりだと言わんばかりにユリアは再び窓の外に視線を移した。
長いトンネルを抜けると、急に世界が広がった気がする。
ユリアがはぁ、と小さくため息を零した。彼女にしては珍しい。
見えてきたのはあまりにも広すぎる屋敷だ。旧日本風建築とでも言えば良いのか、現代にしては珍しい平屋建ての屋敷だ。
重苦しい雰囲気を放っている屋敷を守るように黒服の大人たちが並んでいる。
ユリアと奏を乗せた車は誘導されるがままに庭園内へと入っていく。
入り口に設置されている看板には、強調するかのように『神薙財閥』と木彫りの看板が立てかけられている。
ここは、そう。
ユリアが設立した神薙コーポレーションの総本山。
ユリアの祖母・神薙マリアが構える本拠地。
世界を支える超巨大企業――――神薙財閥。




