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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第六話 黒炎《ナラカ・アルマ》




「な、な、何故だ。何故俺の腕が落ちたッ!? 俺の、俺のカグツチは何故機能していない!!!」

「……お前、さっき大技出す時に『喰らえ』とか言ってたよな。わかる、ああわかるさ。炎とは酸素を消費して燃え盛るモノだ。だから喰らうって言いたくなるのはわかる。――でもな、そんなただの化学反応でドヤ顔してんじゃねえよ」

「何が言いたい、ガキィッ!!!」

「俺のナラカ・アルマは力を喰らって燃え盛る。お前如きの炎と一緒にするな」

「……ッ! 知らん、そんな炎知らん! 炎帝である俺が知らない炎など、あってたまるか!」

「知らねえよ。お前は世界の全てじゃない。お前は世界じゃない。世界のルールをお前が決めるな」

「ホムラミヤぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「黒炎――絶剣」


 炎帝イラが炎を吹き出し、右腕を作り出す。

 炎帝イラの炎は、酸素があれば尽きることがない。

 圧倒的火力を用いて相手を制圧し、身を焦がし炭化させる。

 こと炎の扱いに関して、炎帝イラを上回る存在はいないと言われるほどに。


 しかし春秋の炎は違う。

 その炎は果たして本当に『炎』なのか。

 否。

 その炎は酸素を必要としない。

 その炎はあらゆる『力』を糧とする。

 糧を喰らい尽くして激しく盛る。

 春秋はそれを――炎と形容しているに過ぎない。


 炎帝イラの炎が迫る。春秋は冷たい瞳で黒炎の剣を、只振るう。

 黒炎剣に触れた箇所から炎が消えていく。炎を喰らっている。炎を喰らい、黒炎が出力を増していく。


「俺の炎は――命を喰らう。たかが炎が、俺の炎を喰えると思うな」

「そんなわけ、そんなわけあるかッ! 俺は帝ぞ。炎帝イラぞ!!!」

「たかだか異界の大陸一つを燃やし尽くしただけで語ってんじゃねえよ」


 黒炎剣が振るわれる。炎帝イラはもう肉体の動きのみで回避することしか許されない。

 触れれば喰われる。炎帝イラは魔法によって自らの身体を炎へと変化させ、攻撃を回避する――だが、春秋の炎はその炎すら喰らう。


 回避するための魔法が、全て裏目となっているのだ。


 炎帝イラはギリギリのところで春秋の剣戟を避け続ける。

 しかしそれは起死回生の一手も何もない、ただの延命行為だ。

 苛立ちが募っていく。どうにかして逆転の一手を指さねばならない。


 だからこそ、炎帝イラは叫ぶ。

 己が真名を。己が力の全開放を。


「ッ――『覇王君臨(カイゼルドライブ)――――」

「――させねえよ」

「――――っ、が……!」


 炎帝イラが全ての権能を解き放とうとした刹那、春秋の炎が全てを喰らい尽くす。

 四肢を藻掻き、支えを失った炎帝イラが地面に倒れる。抵抗する力も残されていない炎帝イラの胸元を、力任せに踏みにじる。


「これで終わりだ。炎帝イラ」

「ふざ、けるな。ふざけるな。俺は負けない。負けてない。俺は、俺は炎帝だ。異界を、この世界を、そしてあまねく三千世界全てを焼き尽くす帝王だ――――――」

「そうか」


 ぐしゃり。

 春秋が胸板を踏み砕く。それがトドメとなったのか、炎帝イラの身体が灰となって崩れていく。

 血走った瞳は春秋を睨み付けたまま、炎帝イラの命が尽きる。

 崩れていく。もう身体の感触もない。灰を踏みにじり、それでもなお自らを睨んでくる炎帝イラに嘆息しながら、春秋は頭を潰そうと足を上げる。


「カナ、ワナイ」

「……なに?」


 抑揚のない声で、炎帝イラが呟く。いや、炎帝イラの声ではない。もっと高い、少女のような声だ。

 光を失った瞳が春秋を捉えている。感情の色を何一つ見せず、淡々と言葉を吐き続ける。


「 オマエノネガイハカナワナイ 」


「 オマエノタビハオワラナイ 」


「 オマエハエイエンニヒトリボッチデ 」


「 ダレモオマエヲリカイシナイ 」


「 ダカラ、マッテルヨ。ハルアキ 」


 呪詛のような呟きを聞き終わる前に、春秋は炎帝イラの頭部を踏み砕いた。

 全てが灰となり風に流されていく。炎帝イラの反応が完全に消えたところで、春秋は鬱陶しそうに空を見上げた。


「――わかってるさ。俺の旅はそう簡単には終わらない。いつか、いつか――俺は、旅を終わらせる。願いを叶える場所こそが、俺の旅の終着点だ」


 足を上げると、灰の下に真紅の宝玉が転がっていた。春秋は宝玉を拾うと、埃を払いながらポケットにしまった。







 炎帝イラを食い尽くしたからか、黒炎の火力は俄然昂ぶったままだ。

 ちょうどいいと折れた剣を黒炎に放り投げる。

 黒炎は新しい餌を与えられたかのように激しく揺らめき、剣を丸呑みにする。

 剣は瞬く間に黒炎の中に溶けて消えた。


「新しい剣でも用意してもらうか」


 激闘を終えた広場は静まりかえっている。

 どこからか視線が向けられていることに春秋は気付いたが、敵意も殺意も感じないので気にしないことにした。

 広場を出て寮の部屋に向かう。頭痛が響き、思わずよろめく。


「……疲れた」


 黒炎――ナラカ・アルマは命を喰らう暴虐の炎。

 ずっと昔から春秋が使える、特異な能力。

 『魔法』とは違う異質の力。どうして使えるのかもわからない、春秋自身にすら理解出来ていない力。


 けれど、春秋はそんなことを気にせずナラカ・アルマを使う。

 どんなに消耗が激しくても。

 自分の願いを叶えるために。長い旅を終わらせるために。


「あー……だっる」


 きだるい身体を引きずりながら部屋を目指す。足取りが重い。意識だけはハッキリしているのが幸いだ。


 寮が見えてきてもう少しのところで、春秋の進行を妨げるように黒塗りの車が目の前の道路に割って入ってくる。

 甲高いブレーキ音を響かせて、急停止した車から桜花が飛び出してきた。


「春秋さん!」

「どうした。《侵略者》は倒したことだし、部屋に戻りたいんだが」

「ありがとうございます。春秋さんのおかげで、最初の危機は回避出来ました。お怪我は……」

「もう治った。だから気にすることじゃない」


 桜花は不安げな表情を見せてくる。今にも泣き出しそうな表情だが、とにもかくにも今の春秋は普段以上に他人を気遣う余裕がない。


「さっさと部屋に戻らせろ。疲れた」

「あ、その……」


 桜花の歯切れが悪い。言いにくいことを言い出そうとしていることはすぐに察せた。

 だが聞くつもりは毛頭ない。

 何しろ桜花との契約は《星華島を滅ぼす敵を迎撃すること》だ。

 炎帝イラを倒した以上、春秋を拘束する意味はないし従う理由もない。


 車を飛び越えるかと思いついた矢先に、車の奥からもう一人少女が姿を現した。


「あなたが桜花が待っていた《英雄》ね。話を聞かせて貰いに来たわ!」


 つり目の少女は桜花を押しのけて春秋の前に立つ。

 金色の髪をかき上げて、碧の瞳が春秋を値踏みする。

 桜花とはまた違った、凜々しさを強調させる美少女だ。

 歳は桜花と同じ十七、八だろう。ほどよく実った肢体が健康さを覗かせる。


「私は神薙ユリア。クルセイダース開発局長よ」


 名乗る少女――ユリアが差し出した握手の手を、春秋は知ったことかと無視する。


「握手もしないなんて随分不遜じゃない」

「関わるつもりがないからな」

「そっちになくても、私にはあるのよ」

「あ、あの春秋さんもユリアさんも、喧嘩はしないでくださいね……?」


 オロオロする桜花を挟み込んで春秋とユリアの視線がぶつかる。

 一触即発の空気とまではいかないが、剣呑な雰囲気には違いない。


「そうね。桜花から聞いているわ。あなたにメリットがあればこちらの申し出を受けてくれるのよね?」

「……何が言いたい」

「あなたに武器を贈呈するわ。だから私に着いてきて」


 春秋が武器を失ったことは、戦いを見ていた者ならば周知の事実だ。

 春秋としても桜花に武器を頼もうとしていたのだから、そう言われれば断る理由がない。

 「ふふん」とふてぶてしい態度のユリアのことはあまり好ましくないが、ひとまず春秋は従うことにした。


「……四ノ月もそうだが、ここで下手に粘って断っても無駄に体力を消耗しそうだ」

「懸命な判断ね。賢い人は嫌いじゃないわ」


 にぱ、っとユリアが笑顔を見せる。言われるがままに春秋は車に乗り込み、桜花も後を追って春秋の隣に座る。

 ユリアは反対側に回り込んで助手席に座った。運転手に「出して」と指示を出すと、車はゆっくりと走り始めた。


「…………むぅ」

「どうした四ノ月、いきなり唸って」


 車窓から外を眺めていた春秋は桜花の唸り声に気付いて顔を向ける。

 春秋の視線に気付いた桜花は頬をほんのりと紅潮させると慌てて両の手で表情を隠した。

 「何だ」と問いかけようとする前に、か細い声が聞こえてきた。


「……………………春秋さんとユリアが最初から親しげで、ちょっと羨ましかっただけです」


 あまりにも小さくて聞き取りづらい言葉に、春秋は首を傾げる事しか出来なかった。

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